第三話6 ボックスの休日・レンの場合②
ガブリエルに連れられ、なんとなく見覚えのある道を歩いていく。
(前にここを通った時は、驚いたな……)
ちょうど、大量の異界人を目の当たりにした辺り。その数や姿形に、それは圧倒されたものだ。主にトカゲとか。
しかし、あの時も大概ドキドキしていたが、今も負けず劣らずといったところである。
何せ、今度は名指しで神に呼びつけられたのだから。その緊張は、学校で先生に呼び出されたときの二十七倍くらい。分かり辛いだろうか。
見た目にも分かりやすいところで言えば、今正に右手と右足が同時に出るどころか、ついでに右大胸筋がぴくんと跳ねている、と言えば分かってもらえるかもしれない。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ、レン。よくあることだから」
それを指摘して、ガブリエルがそう苦笑した。
そんなことを言われても、緊張するものは緊張する。大胸筋は小躍りを続ける。
「一体、何の用なんでしょうか……」
緊張のあまりげんなりしながら、レンは暗い声でそう吐き出す。
考えれば考えるだけ、嫌な想像が膨らむ。やっぱりお気に入り外すわねとか、今すぐ餌行きねとか。
「何を考えてるか大体想像は付くけど、別に悪い話じゃないと思うよ? うちの女神様は、気に入らない奴は問答無用で餌行きだからね。呼ばれるのは気に入られてる証拠だとも」
「はあ……」
ガブリエルがそう太鼓判を押してくれるが、それすらも美辞麗句、巧言令色の類に聞こえてくる。あ、この表現ガブリエル好きそう。
「まあ、きっと防衛用のお気に入りに関する話じゃないかな。これからどういうポジションになってほしいとか、気をつけて欲しいこととか」
「はあ……」
なんだか面談みたいだな、とレンは思う。ガブリエルも居るから三者面談か。とすると、ガブリエルは保護者ポジション。ここでの名付け親ではあるから、保護者と呼んでも差し支えはないかもしれない。
そして結局、緊張することには変わりない。テラリアに居た頃は、親子揃って大層緊張したものだ。
などと言っている間に、気が付けば召喚の間がある建物まで来ていた。外からしっかりと見たのは初めてだが、ここも『強化合成の塔』と同じような塔だった。
その扉を開けると、召喚の間に続く階段は下りず、そのまま壁沿いに歩く。
その先に待ち受けるのは、木製の重厚な扉だ。
「ハイジ様、レンを連れてきましたよ」
ガブリエルは何の迷いも無く扉をノックをすると、そう声を張った。
(いや、まだ心の準備が……)
レンの心の声も虚しく、中から「入ってー!」というハイジの呑気な声が聞こえてくる。
「失礼します」
止める間もなく、ガブリエルが扉を開ける。
「し、失礼します……」
スタスタと中に入っていくガブリエルに続いて、恐る恐る中に入ったレン。
そんな彼に、早速二つの声が掛かった。
「いらっしゃい、レン」
「よく来たな」
にこやかなハイジの声と、落ち着いたエドモンドの声。
そう言えば、彼もハイジに呼び出されたとバルトが言っていた、と今更思い出す。
「ああ、エドモンドさん」と安堵と共に言おうとしたレンだったが――
「さて……」
「それじゃあ、」
という二人の声に先を越される。
そして、戸惑うレンに告げられたのは。
「「まず服を脱ぎます」」
――我が耳を疑う、意味不明な世迷い言だった。
*************
「……え?」
レンは戸惑い、かろうじて一音疑問の声を上げる。
(聞き間違いか? 聞き間違い……だよな……?)
きっと緊張していたせいだ。仮にも神様の部屋に呼び出されて、最初に命じられるのが脱衣な訳がない。
――それにしては、綺麗なユニゾンで聞こえたが。男声と女声の見事なハーモニーだったが。
きっと気のせいだ。そう、気のせい。
「「え?」」
「え?」
そしてハイジとエドモンドは、おかしいな、という表情をしてこちらを見る。
おかしいな、と思っているのはこちらの方なのだが。オウム返しに音を返すが、二人の表情は変わらない。
「「「……」」」
そうして三人、しばらく不思議そうな表情で見つめ合った後。
「「まず服を脱ぎます」」
「いえ、聞こえてます……」
もう一度正確に唱えた二人に、レンは虚ろな声で答えた。どうやら聞き間違いじゃなかった、という絶望を覚えながら。
「ほら、早くー」
「そうだぞ、レン。仮にも神様の言うことだ」
「仮にも言うな」
「女神(仮)」
「テラリアのゲーム名っぽく言ってもダメ」
(なんだ、このコント)
下らないやり取りをする二人を遠い目で見ながら、レンは茫然と立ち尽くした。これは一体、何をどうしたらいいのか。
「「で?」」
いつまで服を着ているんだ。と目線で訴えかけてくる二人だが、服は常に着ているものです。
しかしエドモンドの言う通り女神(仮)の言うことなので、無碍にしていいものかとレンは思い悩む。
困窮してガブリエルに視線で助けを求めるが、
(神よ――!)
彼が「諦めろ」という表情で頭を振ったのを見て、レンは思わず心の中で叫んだ。
実際目の前にどうしようもないのが居るので、全く虚しい叫びなのだけれど。うん、今度から別の何かを考えよう。
*************
――結局、脱がされた。
問答無用でパンツ一丁である。
(もう、お嫁に行けない……!)
なんて、ベタなことを思ってみる。
いや、実はそこまで抵抗は無いのだが。何のために日々鍛えていると思っているのか。いつ見られてもいいようにだ。それは嘘だ。
今のレンの心境を正確に言い表すならば、「見られてもいいくらいに体は鍛えているが、だからと言ってお前たちに見せるために鍛えていた訳ではない」である。
要するに腹立たしい。
あと、でもやっぱり恥ずかしい。一応ハイジは、見た目だけなら完璧な美女なので。
「うん、やっぱり良い筋肉だわー」
「そうですね。とても美しく練り上げられた肉体だ。これでまだ十五歳だと言うのだから末恐ろしい」
そんなレンを、まじまじと舐めるようになめ回して――もとい、ながめ回して――、二人はその筋肉を賞賛する。
筋肉を褒められること自体は嬉しいが、二人の視線はとても気持ち悪い。
「そう、そこなのよねー。これで年上なら言うことなかったー! 見た目は完全にドンピシャのイケてるオジサマなのにー」
そこで「いや、アンタ一体いくつだよ」、などという無粋な問を掛けないのがエドモンドである。彼女が「永遠の十七歳☆」と宣っているのは黙認しているので。
「そこで思考の切り替えができないようではまだまだですね。ギャップこそ真の萌えですよ」
代わりにそう言って、上から目線で説教を垂れる。
「いやいや、そこは拘ってこそでしょ!」
憤然として言い返すハイジだが、エドモンドは欠片も動じず反論を返した。
「そうですか? ほら、想像してみてください」
そう言って、ハイジの後ろに回り込む。
そして彼女の両肩に両手を置き、後ろから耳元に顔を寄せて、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「こんなに渋い見た目の、強そうな男がですよ? 実は初心な童貞男子」
「ふむふむ……」
何を納得しているのか知らないが、甚だ失礼なことを言われている気がする。事実だけれど。
「しかも」、とエドモンドは無駄なイケボで囁き、
「実際は、俺ですら組み伏せられるほどひ弱なんです。彼は必死に抵抗するも、為す術無く蹂躙され、遂にはあられも無い姿に……ほら、こう、ゾクゾクしてきませんか……?」
「なるほど……!」
本当にゾクゾクしてくる。普通に恐怖で。頼むから目を閉じて鮮明に想像しないでほしい。
なんだかテンションが上がっている彼らからするとその会話は歓談なのだろうが、レンからすればただの怪談である。
今後の防衛クエストでは、前よりも後ろを気にする必要があるかもしれない。背後からブスリ♂とやられる可能性すらある。命以外の大切な何かを失いかねない……!
「ハイジ様、お戯れはそろそろ十分ではないでしょうか。いい加減、レンを呼びだした本題に入ってください」
ようやく挟まれたガブリエルの言葉に、そうだそうだ、と心の中でレンは激しく同意する。欲を言えばもっと早く助けて欲しかったが。
というか、だいぶホッとした。流石にこれのために呼び出されたと言われたら、心が折れてしまうところだ。
「え? これが本題だけど?」
――心が折れた。
*************
「んー、まあだから結局? 指揮官補佐、的な?」
「はあ……」
その後ガブリエルの奮闘により話題は真面目な方向へと軌道修正――と言うよりは土台から作り直したのだが――され、レンの防衛クエストでの役割についてである。
それを問われたハイジの回答が上の言葉だったのだが、曖昧と適当が狂喜乱舞している。
「それで、レンはこれからどうすればいいんです?」
「だからぁ、そこはほら、こう、うまいことさぁ。なんかブレーンみたいな、そんな感じの。ね?」
ガブリエルが重ねて問いかけるが、ハイジの答は相変わらず。
なんなんだ。ここまで来ると、逆に感動するけれど。人間――もとい、神とは、ここまで中身の無い言葉を吐けるのかと。
「ま、いいじゃない。これからも頑張ってねってことで。そう簡単には餌にしないから安心しなさい。いくら石突っ込んだと思ってんのよ」
ハイジはレンに向かって極力優しくそう言った。ただし、最後の一言だけはだいぶドスの利いた声だったが。
なんだか話を無理矢理締めようとしているのが気になるが、餌にされないのであればまあいいか、という結論にレンは至る。
「……約束、ですよ」
そこだけ念を押し、ハイジの「もちろん」という答に安堵して頷いた。
安堵と共に、果てしないため息が漏れる。なんだか酷く疲れた、いや当たり前か。
「レン……君も苦労人みたいだね……」
疲れ切った顔のレンを見て、ガブリエルがすさまじい同情の表情でそう呟く。
なんというか、そう言われるとそんな気がしてきた。
「まあまあ。仕方が無い、これから目の保養を用意してあげよう」
その元凶は他人事のように笑いながら、そんな台詞を吐いた後。
「あ、もしもしエレナたーん?」
そう言って意気揚々と、二人目の被害者を呼び出したのだった。




