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神にガチャられたんだが頑張らないと餌にされるらしい  作者: 白井直生
第三話 女神に呼び出されたんだがよくあることらしい
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第三話4 ボックスの休日・エレナの場合①

 エレナの朝は遅い。ボックスでは標準的だが。


 朝起きると、ボサボサに寝乱れた頭を何とかするべく、とりあえず水浴びをする。

 エルフィニーナに居た頃は、冬場は億劫で仕方なかった習慣だ。しかしボックスでは常に水浴びが「気持ちいい」と感じられるくらいの温度に調整されるので、毎朝気分よく浴びられる。


 魔法的な力の籠った水が、寝癖をすぐに治してくれる。特に石鹸の類を使わなくとも体はピカピカ、髪の毛サラサラ、お肌ツルツルと大変ありがたい代物だ。

 しかも魔力まで補給されるという至れり尽くせりっぷりで、エルフィニーナでは希少過ぎてまずお目にかかる機会は無い。だが、ここなら無尽蔵に手に入る。もう元の生活には戻れないというものだ。


 そういうわけで、身も心もサッパリしたエレナはとりあえず部屋を出る。


 エレナの部屋はバルトの部屋と似たような木製の小屋だが、大きく違う点がその位置取りだ。何しろ、大きな樹の枝の上にある。

 エルフィニーナは地上に強力な魔物が多数棲み付いており、人間は樹上で暮らしている。生まれてこの方樹の上で生活していたから、エレナとしては高いところの方が落ち着くのだ。


 テラリアには『バカとヘンリーは高いところが好き』という諺があるらしいが――ヘンリーって誰だ――、別にエレナもエルフィニーナも、バカでもヘンリーでもない……はずだ。



 さて、その高いところにある我が家から出て、その辺をぶらぶらと散歩するのがエレナの日課である。

 目的はあるが目的地のない散策。目的の達成率は、体感で二、三割といったところだ。


「居ない、か……」


 そして、今日はどうやらハズレの日らしい。世間一般でいうお昼の時間より少し経ってから、エレナはそう結論付ける。

 朝食を基本的に食べないエレナは、空きっ腹を抱えて『食堂』へと向かった。


****************


 席は当然ガラガラなのだが、選択肢が多いと却って悩むのが人間というものだ。


「あ、エレナさん」


 そんな理由で、食堂でエレナが席を決めあぐねていると、不意に声が掛かった。


「ああ、ピノンか。久しぶりだな」


 呼び掛けに応えながら、エレナはこれ幸いと声の主の前の席へと座る。


 エレナと同じ銀色の髪に、尖った瞳。瞳の色はエレナとは違う透き通るような青だが、整った目鼻立ちと色白の肌もエレナと共通している。


 彼の名前はピノン、エレナと同じエルフィニーナから来た少年だ。エレナよりも年若く、美しい顔にはまだあどけなさが残り、声も比較的高めである。


 エルフィニーナは魔法文明がかなり発達しており、それなりに召喚の人気は高い。美形揃いということもあってハイジもお気に入りらしく、エルフィニーナからの異界人はそれなりの数が召喚されていた。

 もっとも、「若い美形はすぐに飽きちゃう」とかで相当数が合成素材として消えていっているが。何とも酷い話である。


「ええ、一昨日だったかな。魔法クエストをクリアして戻ったばかりで」

「そうか。こっちも昨日、防衛クエストがあったよ」


 知力が高めなピノンは、基本的には魔法クエストに喚ばれることが多い。魔力極振りなエレナが防衛クエスト担当なのは言わずもがなで、上手く棲み分けができていると言えよう。棲み分けができないと容赦なく餌にされる危険があるので、真剣に死活問題になる。


「大変ですねぇ、武闘派は」

「私はこっちの方が性に合ってるからな。というか、研究とか無理だ」


 同情とも感心とも付かないピノンの言葉に、エレナは苦笑して答える。


 二人は元々エルフィニーナで面識があったわけではないが、同郷のよしみということで偶に会えばこうして世間話をする程度の仲だ。


「あ、そう言えば聞きましたよ。テラリアから召喚された人が、防衛クエストに参加したんですって?」

「ああ、レンのことか。まあ、それは噂にもなるか……」


 基本的に変化の無いボックスでは、刺激的なニュースは歓迎される。テラリアからの召喚というだけでもビッグニュースなのに、さらに防衛クエストへ参戦と来れば、それはもうボックス史上初の出来事だ。噂にならないはずがない。

 レンは一躍時の人だな、なんて微笑ましく思っていたら――


「無事に帰ってきた上に、見事にお気に入りの座を射止めたって。しかも防衛クエストの」

「は?」

「え?」


 続いたピノンの言葉に、エレナは完全に面食らった。

 お互いに疑問の声をぶつけ合い、目を合わせて同時に首を傾げる。


 寝耳にミミズ、とはこのことだ。寝ている耳にミミズが入ってきたら、なんて想像をするとはテラリアの民は中々発想がえげつない――などという、埒の無い考えは置いておいて。


「そ、それは本当なのか……?」

「ええ、本当だと思いますよ。さっき見ましたし」


 愕然としながら問いかければ、ピノンはあっさりと頷いて答える。まあ、話で聞くだけならそこまで驚きもしないのかもしれないが――


「見た?」


 ふとその言葉尻に引っかかって、彼の言を繰り返す。

 ――見た。さっき。

 そもそも噂で聞いたと言っているような相手、それを見たというのはおかしな話だ。見たところでそれと分からないだろう。


 それに、レンは昨日今日ここに来たばかりで、おいそれと出歩くとは思えない。彼は、相当に無口だったし。


「ええ、ここで食事してました。見知らぬ人に赤い星が付いていたので、まず間違いないかと」


 しかしピノンはまたもやあっさりとそう答える。

 なるほど、そもそもこのボックスに赤い星を付けている異界人は四人きりしか居ない。バルトもエドモンドも古顔だから、消去法でまあ当たりは付けられるのだろう。


「随分ガタイのいい人ですねぇ。防衛クエスト行きも納得できるような。ガブリエルさんと並んでも、一回り大きいくらいでしたし」


 そして続く彼の言葉で、もう一つの疑問にも答は出た。

 と同時、エレナは忸怩たる思いを抱える羽目になる。


「……待て。レンはガブリエル様と一緒に居たのか?」

「? ああ……はい、そうです。一緒にお昼を食べていたみたいですよ? レンって名前なんですね」


 ピノンは何かを察したように生暖かい目でエレナの問に答えるが、エレナ自身はその視線には気付いていない。そも、人の視線を気にするようなタイプではないが。

「それを早く言え!」


 理不尽なエレナの憤懣の声も、ピノンはささやかに笑って受け流す。


「二人はどこへ?」

「修練場へ行く、って言ってたと思います」


 ピノンはエレナのせっつく声を予想していたように、その問いかけに即答した。


「そうか――ありがとう!」


 一転して満面の笑みを浮かべ、昼食をものすごい勢いで掻き込んで颯爽と駆けていくエレナを見守り、


「……ホント、好きだなあ」


 そう言って、ピノンは穏やかに微笑んだ。


*************


 勢い込んで走り出したエレナは、修練場に辿り着き、奥の砂地まで駆け抜けて――


「……なんだ、バルトか」


 ガッカリした声を上げ、膝に手を着いてため息を吐き出した。

 当て・・が外れて居たのが毛むくじゃらのオッサンなのだから、それはガッカリもするというものだ。


「いきなり来てご挨拶だな」


 彼は彼で何やら不機嫌な様子で、エレナの突然の無礼に憮然としてそう言い返した。


「ガブリエル様……と、レンが居ると聞いたんだが」


 何気ない様子を装って、エレナはそう訊ねる。

 実は何も装えていないが。言うなれば何も身に着けられていない剥き出し、生身、裸一貫だが。


「ああ、居たな。ついさっきまで」


 いつものことなので気にも留めないバルトが、しかし気は晴れずぶすっとしたまま答えた。


「と、言うと……」

「ハイジ様の呼び出しだとよ。最初にエド、次にレンだ。ガブリエルはレンの付き添いだな」


 ――あのガチャ廃神、本気で余計なことしかしねぇな。

 心の中で口汚くハイジを罵りながら、エレナは改めてガッカリと肩を落とした。


「お気の毒さん。俺もそのせいで色々と中座されて散々だけどな」


 そんなエレナに、バルトが同情のような愚痴のような台詞を吐いた。


 ――ガッカリ具合は絶対にこっちの方が上だ。

 八つ当たり気味、というか完全に八つ当たりでバルトをじろりと睨み付ける。


「ほう、そうか。なら今から、憂さ晴らしに私と模擬戦でもするか?」

「止せよ、女を殴る趣味は無ぇ」


 そして言い返した提案の体を取った挑発の言葉だったが、バルトはすげなくそれをあしらう。

 まあ、確かに魔法職のエレナは一対一タイマンの勝負でバルトに勝てるはずがない。

 だが――刺し違える覚悟があれば話は別だこの野郎。


「あん?」

「……燃やされる趣味も無ぇ」


 という気持ちで投げつけた言葉と視線に、バルトは「おーおっかねぇ」と言わんばかりに肩を竦めてそう言い足した。


 魔法は近距離で放つこともできる。ただし、近すぎると自分の魔法に焼かれるという笑えない状況に――そう言えば最近、味方を巻き込んだばかりだな。エルフィニーナでやったら非難囂々の大ポカだ。


 しかしまあ、それはそれ。


「そうか。なら丁度良い、今日は氷結魔法の気分だったんだ」

「お前、肩書き魔法使いから狂戦士に変えたらどうだ?」


 自分の諸々は棚の上にぶん投げ、エレナはバルトの揚げ足を取る。彼の返す刀の方が、随分と切れ味がいいようだが。


「ふん、本物の狂戦士バーサーカーがよく言う。脳みそまで筋肉で出来てるくせに。テラリアではそういうのを脳筋と言うらしいぞ」

「そういうお前の脳みそは魔力の塊だろ、脳筋(魔法)」


 物理と魔法、違いはあれど火力至上主義の二人である。実のない軽口を叩き合い、ああなんて不毛な時間かと心の中で嘆いていると――


『あ、もしもしエレナたーん?』

「げ」


 より不毛な時間の到来を告げる、悪魔の声が頭に響いた。漏らした一音だけで、どうやらバルトも察して顔をしかめている。


『今からマイルームまでおいで? 今夜も、寝かさないぜ』

「嫌だ」


 無駄に良い声を出そうとしているらしいハイジの言葉を聞くともなく聞き、にべもなく率直な返答を打ち返す。


『あ、ガブちゃん。エレナたんの好きなお菓子用意しといて?』

「……しょうがないなあっ」


 しかし続いた台詞を聞いて、あっという間にエレナは折れる。語尾が弾むのを抑えられない当たり、ぶっちぎって単純なエレナである。


「じゃ、そういうことで。ハイジ様がお呼びだ。すまないなバルト!」


 形だけの謝罪をバルトに投げ、エレナは踊るような足取りで修練場を出て行く。



「……バレバレだよ」


 せめてもの気晴らしに呟くバルトの声は、誰に届くこともなく修練場の砂に落ちた。

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