第二話7 ぶち抜く一撃
目の前に立つ、余りにも巨大な敵を見上げる。岩でできた顔は表情など分かるはずもないが、こちらは精一杯の敵意を込めて。
「よう、デカブツ。そこはさぞいい景色だろうなあ。何もかもを見下ろせるんだからよ」
バルトは、ゴーレムに向かって声を張り上げる。
聞こえているかすら定かでないし、仮に聞こえたとして言葉が通じるようにも見えないが。
「だがよ、この世にはデカさじゃ計れねぇもんがあるんだぜ。今からソイツを教えてやるよ……お前を見下ろしてなぁ!」
だから挑発など、ゴーレムにとっては何も意味は無いだろう。それでもバルトにとって、その行為に意味はあった。
――具体的には、気分が良い、テンションが上がる、最高にハイになれるなどだ。
「うらぁっ、行くぜ!!」
雄叫びを上げ、バルトは駆け出した。
バルトの挑発が効いた訳ではないだろうが、敵意を持って迫ってくる敵は分かるのだろう。ゴーレムは彼を視線で追いかけると、その拳を振り下ろした。
エドモンドはゴーレムを鈍いと評したが、それはヤツが一般的なサイズであったと仮定した場合の話だ。
確かに、遠目から見ればその動きは鈍重極まる。元気なおじいちゃんの方がよっぽど機敏に動ける、というくらいの速さ。
しかし実際の速度で言えば十分に速い。地球が実は凄まじい速さで自転しているのと同じで、ゴーレムにとっての数センチの動きは人間にとっての数メートルに相当するのだ。
だが――
「ノロいノロい! 蝿どころかカメムシが止まるぜ!」
バルトにとっては、その速度は『遅い』部類だった。
地を蹴って加速し、ゴーレムの一撃を遥か後方に置き去りにする。そのまま足元まで一気に駆け抜けると、再びその巨体を登り始める。
ゴーレムの武器がその巨体なら、バルトの武器はその身軽さだ。筋肉が詰め込まれた小さい体は瞬発力に優れ、二回目の今なら目を瞑ってでも登れそうだった。
「おら、行くぞ!」
しかし今度は、脚の半ば程で登るのを中断した。そして空中で器用に体を捻ると、落下のエネルギーと満身の力を乗せて斧を振り下ろした。
「うぉらあっ!」
叫びと共に叩き込まれた一撃は――正確に、ゴーレムの膝をぶち壊した。
どんなにデカくとも、人の形をした生き物だ。膝を砕かれれば、立っていることはままならない。
崩れ落ちるように膝を着いたゴーレムは、そのままぐらりと前のめりに倒れ込む。バランスの悪い体のせいで、体勢を立て直すことができないのだ。
「おら、俺の仕事はこなしたぞ」
倒れる巨体に巻き込まれないようにその場を離脱したバルトは、誰に聞かせるでもなくそう言った。
バルトの役目はここまで。後は、祈るのみだ。
次の瞬間、遠くで爆音が聞こえ――
「ぶち抜けぇ!」
バルトは、思わずそう叫んだ。
*************
「大地に宿りし火の精霊よ。我にしばし力を貸したまえ――」
バルトがゴーレムの元へと向かった後、エレナはすぐに詠唱を始めた。
詠唱と共に魔方陣が構築され、魔力がエレナの中で満たされていく。
「レン、タイミングと狙いは君任せだ。頼むぞ」
エドモンドは周囲を警戒しながら、レンにそう呼びかける。
「……はい」
レンはと言えば、『秘密兵器』を睨んだまま強張った表情で一言答えるのが精一杯だった。
レンだって、これを使ったことはもちろんない。だがここに居る他の誰もが、これを見たことすらないのだ。だから、レンがやるしかない。
周囲のゴブリンは、エドモンドと城塞から来た兵士が何とかしてくれている。バルトは今正にゴーレムと戦っていて、エレナは魔法を放つ準備が既に出来ている。
(怖い……怖い、けど……!)
レン自身はもちろんのこと、エドモンドもエレナもバルトも。もし負けたら餌に――あのおぞましい場所で、死よりも辛いという苦痛を受けることになるかもしれない。
それに、この世界で暮らしている人だって居る。もしここでゴーレムを倒せなければ、街が襲われ多くの人が死ぬ。
(やるしかない……!)
この一撃に、全てが懸っている。レンはかつてない程集中し、『秘密兵器』とゴーレムを睨み付けた。
そして、その時は来た。
地面が大きく揺れ、轟音を響かせながら――ゴーレムが、膝を着いたのだ。そしてバランスを崩し、そのまま前のめりにこちらに向かって倒れてくる。
ここだ。ここを逃せば、次は無い。
「――今だ!!」
レンは叫んだ。ゴーレムの体勢と、レンのイメージしたポイントがぴったりと重なった。
「『エクスプロード・フレイム』!」
その声を待っていたエレナが、間髪入れずに魔法を放った。
狙いは一点、ゴーレムの核――ではなく。
『秘密兵器』――つるりと黒く光る、鉄で出来た長い筒。そのお尻の部分にある、丸い空間である。
そこから籠った爆音が聞こえ、エレナが正確に爆裂魔法を発動させたことが分かった。
そしてその爆発は、球形の空間に閉じ込められている。すると、どうなるか。
「行け!」
――こうなる。
具体的に言うと――筒に収まっていた重たい鉄球を、勢いよく発射させたのである。
レンの提案した『秘密兵器』――それは、テラリアでは余りにも有名な兵器。
その名も、大砲である。
アルーカでは火薬は開発されていない。もちろん、大砲など影も形も無い。
だがここには、エドモンドの錬金術と、エレナの魔法があった。
要は爆発の勢いで鉄球を吹き飛ばし、発射する方向を定める筒さえあれば大砲になる訳で、二つを組み合わせることでそれを実現できるとレンは思い付いたのだった。
おそらく、一生に一度の奇跡の閃きだったに違いない。
そうして生み出された大砲は、無事にその弾を発射させた。後は、命中するかどうかだ。
倒れ込むゴーレムに向かって、砲弾は真っ直ぐに飛んでいく。砲弾の飛び方などまるで知らなかったが、エレナの火力のお蔭で、相当な勢いで真っ直ぐに飛んでいた。
「ぶち抜けぇ!」
エレナも、エドモンドも、兵士たちも。そして実はバルトも。
全員が、砲弾に向かってそう叫んだ。そして――
「ははっ――やった!!」
砲弾は過たず、ゴーレムの胸のど真ん中をぶち抜いた。
核は粉々に砕け散り、ゴーレムの肉体は激しい音を立てて崩壊していく。その肩に乗っていた敵の指揮官は、落下した上にゴーレムの残骸が降り注ぎあっさりと死んだ。
エレナたちは、作戦の成功に快哉を上げる。まさかこれほど上手くいくとは、誰も思っていなかった。声を上げ、手を叩き、笑顔を交換する。
その功労者たるレンは、そんな光景を――虫の息で見ていた。
「あ、やば……」
ふと視線を下ろしたエレナが、ぽろりとそうこぼす。
「威力、強過ぎです……」
レンはエレナを見て文句を言ったが、一言喋る度に激痛が走った。どうも、喉が焼けているらしい。
エレナの放った魔法は、見事な正確性を以て大砲の内部で炸裂した。
――しかし、その威力は中級魔法の域を超えていた。強すぎる爆発に急拵えの大砲は耐え切れず、諸共に弾け飛んだのだ。
そんな状態でも弾が真っ直ぐに飛んだのは不幸中の幸いと言えるだろう。レンだけは不幸一直線だが。
大砲の狙いを定めるべく一番近くに陣取っていたレンは、その固い鉄材をぶち抜いた爆発に、思い切りやられたのであった。
全身に爆炎による火傷と、吹き飛ばされた衝撃による打撲。軽く大惨事だった。
エドモンドはエレナの呟きを聞き取ると、その事実にようやく気が付いたようだ。
「おい、エレナ!」
そして目を剥くと、怒気を纏った声でエレナを呼ばわる。
(そうです、そこの脳筋(魔法)に一言言ってやってください……!)
レンは期待を持ってエドモンドを見る。声を出すことすら辛いレンに代わって、エレナに文句と弾劾を――
「どうしてくれるんだ、俺の芸術作品が台無しじゃないか! もっと威力を考えろ!」
(――違う、そこじゃない)
レンはかろうじて心の中でツッコむと、そこで意識を失った。
*************
目が覚めて最初に見えたのは、石の天井だった。
「おお、気が付かれましたか」
声を掛けてきたのはザックだ。顔をそちらに向けて視界が傾き、レンは自分がベッドに寝かされているのだと理解した。
彼が居るということは、クエストはまだ終わっていない。終わったらボックスに帰還するはずだ。
「皆は……」
レンはザックにそう訊ねる。ざっと見た限り、部屋にはザックしか居ない。
「ゴブリンの残党を殲滅されています。間もなく終わるころでしょう」
「そうですか……」
彼の説明に納得の声を上げて、レンは一つ気が付いた。
気を失う直前はあれ程辛かったのに、今は難なく声を出せている。というか、全身の痛みが綺麗さっぱり消え失せていた。
「ああ、怪我なら私が治療させていただきましたよ。こう見えて、回復魔法を心得ておりますので」
むくりと起き上がり、不思議そうに自分の腕などを眺めているレンに、ザックはそう言い添えた。
なるほど、流石は異世界だ。あれだけの怪我をしても、魔法であっさり治ってしまうのだから。
もしかすると、エドモンドたちはそのことを知っていたのかもしれない。彼らは元々ザックと顔見知りのようだったし、それならあの時の態度も理解はできる――全然納得はいかないが。
いくら治る怪我だと言っても、痛いものは痛い。
「ありがとうございます」
そう思考に耽ったところで、慌ててレンはザックに礼を言う。よく考えなくとも、命の恩人だ。
「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」
ところが彼は、逆にそう言ってレンに深々と頭を下げた。
何のことかと訝しげな顔をするレンに、彼はこう続けた。
「ゴーレムを倒すことができたのは、貴方のお蔭だと伺いました。あれが倒せなければ、今頃我々はやられていたでしょう」
確かに、今回の作戦の発案者はレンだ。だが実行できたのはエドモンドとエレナが居たからだし、材料はこの砦から頂戴している。もちろんバルトの奮戦も大きい。
深く感謝を感じているらしいザックは中々頭を上げず、レンとしてはどうにも座りが悪かった。
元々レンは間違って来た身で、ここまで無我夢中で這いずり回って来ただけである。
「レン!」
と、部屋の扉が開けられると三人分の足音がドコドコと聞こえてきた。
一番に入ってきて声を上げたのはエドモンドで、三人とも一仕事終えた顔をしていた。
どうやら、ゴブリンたちは殲滅されたらしい。
「よくやってくれた。全て君のお蔭だ」
入って来るなりレンのもとへ歩み寄り、肩を叩いてエドモンドがそう言った。ストレートに褒められ、レンはまたも居心地の悪い思いだ。
自分は大したことをしていない。ただうろ覚えの武器の構造を何となく説明しただけで、後は周りの力があってこそだ。
そんなレンを他所に、エドモンドはレンと大砲を褒めそやしていた。途中から大砲の素晴らしさしか語っていないが。
「その、すまなかったな。いや、我ながらあれは会心の一撃で……」
エドモンドはそのまま語らせておいて、エレナは彼とレンの間に割り込むとそう言った。
苦笑いを浮かべているつもりらしいが、口の端が微妙に嬉しさを堪えきれていない。どうやらあの時、本当に気持ちよく魔法を撃っていたらしい。
「いえ……生きてるので」
正直言いたいことはあるが、たぶん言っても無駄だろうと諦めてレンはそう流す。
過ぎたことだし、別に怒る気にもならなかった。何と言っても、今こうして生きていることだし。
エレナはもう一度謝罪をしたが、その後はエドモンド同様自分の魔法の語りに入ってしまった。
「ケッ。あれくらいの爆発で気絶たぁ、やっぱり軟弱な野郎だぜ」
その向こう、バルトはその場から声だけをこちらに寄越した。相変わらずの憎まれ口だが、遠目に見たその表情は今まであった険が抜けていた。
「だがまぁ、手柄は認めてやる。今回ばかりは礼を言っとくぜ」
果たして、バルトはそう続けた。鼻をこする典型的な照れ隠しの仕草に、レンは思わず笑ってしまう。
どうやら、認めるべくは認めてくれたらしい。
「だからって、間違っても二度と防衛クエストなんかに来るんじゃねぇぞ! 次は助けてやらんからな!」
レンの緩んだ表情を見てバルトは再び憎まれ口を叩くが、むしろ心配されているようにしか聞こえなかった。
というか、実は最初からレンのことを気に掛けてくれていたのだろう。最初にゴブリンに襲われた時に助けてくれたのもバルトだ。
悪ぶってみても、根っこの優しさが滲み出てしまっていた。
一通り話をしたところで――不意に、自分の体がぼんやり光っていることに気が付いた。
よく見ると他の三人もそうで、彼らは特に慌てた様子も無くそれを受け入れている。
「クエスト終了だ。これで帰れるぞ、レン」
「ふう、流石に私も疲れたよ。帰ってゆっくり休もう」
「全くだぜ。酒飲んで風呂入って寝るに限る」
彼らが口々にそう言うのを聞いて、こちらに来る直前のことを思い出した。あの時はだいぶパニック状態だったが、確かに同じように体が光っていた。
つまり、間もなくボックスへ帰還するということのようだ。
「……あの!」
レンはふと思い立ち、ベッドから急いで立ち上がった。
「ありがとうございました!」
何事かと三人が振り返るのと入れ違うように、レンは勢いよく頭を下げるとそう言った。
この三人が居なかったら、レンはどうしようもなかっただろう。こうして無事クエストを終えることができたことは、感謝してもしきれない。
「こちらこそ。一緒に戦う機会はもうないだろうが、ボックスでは仲良くしてくれ」
エドモンドはレンに歩み寄ると、笑顔でそう言って手を差し出した。
「……はい!」
レンもまた笑顔を浮かべ、その手をガッチリ握り返す。「あ、痛い痛い」とエドモンドが声を上げ、慌てて手を離すことになったが。
続いてエレナもこちらに歩み寄り、手を差し出してくれた。今度は慎重に力加減をしてその手を取ると、エレナは今までで一番柔らかい笑顔を浮かべた。
ここだけ見ればうっとりするほど美しく可愛らしい表情で、レンは少しどぎまぎして手を離す。
そして最後、バルトをちらりと見ると。
彼は頭を掻きながら近寄って、無言で拳を突き出した。
レンは笑って、同じように拳を突き出す。大して加減をせずともバルトはそれを受け止め、ニィッと歯を剥きだして笑みを浮かべた。
「皆様、ありがとうございました」
ザックが四人に頭を下げながらそう言うのを聞いて――
四人の体は、眩い光に包まれた。
唐突に始まったレンの初めてのクエストは、こうして無事に終わりを迎えたのだった。




