第二話6 錬金術と秘密兵器
城塞は戦争のような大騒ぎになっていた。正に戦争の最中であるのだから、それはナンセンスな言い種かもしれないが。
突如現れた巨大ゴーレム、その姿に兵たちが軒並み浮き足立っているのだ。あれほどの大きさは、誰も見たことが無かった。
前線はかろうじて保たれている。ゴブリンの軍勢は、ただの人間が戦えるギリギリの相手だ。異界人から見れば雑魚敵であっても。
だが、アレはもうどうにもならない。異界人に頼るしか、その敵を打ち破る手段は思い付かなかった。
「前線は崩すな、城塞が崩れれば街に被害が及ぶ! ゴーレムはこちらまで来ない、異界人の方々が何とか抑えてくれるはずだ!」
城塞を預かる兵団長として、ザックは兵たちに次々と指示と檄を飛ばす。
「西側の人員を強化しろ! 弓矢隊は今のままでいい! ここらの武器は持って行って構わん、出し惜しみは無しだ! 前線に届けてやれ!」
「いや兵団長、少し待ってくれ!」
だが、そんな指示を遮る声が一つ。この城塞にザックより立場が上の者は居ないはずだが――
「エドモンド様! 何故ここに!?」
怪訝な顔で振り向いたザックは目を剥いた。今正にゴーレムと戦っているはずの異界人、そのリーダーが目の前に居たのだ。
「安心しろ、あのゴーレムの動きは鈍い。そしてアイツを倒すためにソレが必要なんだ」
驚くザックを安心させるようにそう言いつつ、エドモンドが顎で示したのはたった今持ち出されようとしていた大量の武器たちである。
それが、彼が一度城塞まで戻ってきた理由らしい。
「武器――いや、『鉄』ですか?」
「ああ、それも大量にな。ありったけの鉄をかき集めてゴーレムの近くまで運びたい」
エドモンドの『錬金術』について、何度か戦場を共にしたこともあるザックは理解していた。
物質を自在に創り変える能力。エドモンドは『科学と魔法による技術』だと言うが、ザックからすると何のことやらサッパリだった。
分かっているのは、その能力が万能ではない、ということ。無から有を生み出すことはできず、一を十にすることもできない。
できるのは、ただ『組み替える』こと。それ故に、何かを創るのに同じだけの材料が要るのだ。
「対ゴーレム用の秘密兵器、ですか?」
「ああ、おったまげるぞ。ウチの新入りくんが提案してくれた」
訊ねるザックに、エドモンドはニヤリと不敵に笑ってみせた。その表情を見て、ザックはすぐに判断を下す。
「かしこまりました、すぐに荷車と運搬要員を準備させます。おい、手の空いている者をかき集めろ!」
「無茶言わないでください、どこも手一杯でさぁ!」
「どうにか捻り出せ! 気張りどころだ!」
歯切れの良い返事と共に、ザックは部下に向けて指示を飛ばした。文句を言う部下を適当にどやしつけ、エドモンドの要望に応えんと手を回し始める。
「助かるよ、ザック」
「いえ、助かるのはこちらの方です。我々ではあのゴーレムは倒せませんから」
エドモンドが礼を言うと、ザックは再びかしこまってお堅い口調で礼を返す。
彼は常にエドモンドたちに敬意を払い、そしてこうして手を貸してくれる。それだけに、その期待は重い。
「ああ、任せてくれ――核も度肝もぶち抜いてやるさ。秘策・奇策は錬金術師の領分なのでね」
エドモンドは、自信たっぷりにそう言ってみせる。
実際のところ、この作戦が上手く行くかはまだ分からない。だが、ザックの期待に応えない訳には行かないのだ。それが自分たちのためでもある。
それに、正攻法で敵わない相手を知恵と工夫で倒すというのは、何とも錬金術師らしいではないか。
エドモンドは、一人心の中で笑った。
ザックの指揮と兵士たちの尽力によって、武器や鎧を始めとした鉄製品は十分と経たずかき集められた。
量も十分、これだけあれば『秘密兵器』も創れるはずだ。
そのままエドモンドに付いて来た兵士に荷車を任せ、城塞の門扉で待っていたレンたち三人と合流する。
「よし、これで準備は整ったな。全員手筈通りに頼む。兵士諸君は運搬に集中してくれ、モンスターはこちらで処理する!」
「はっ!」というキレのいい返事をする兵士を確認し、レンたちの方へ視線を移す。
レンはこくりと頷き、バルトは肩を回して前方を睨んでいる。エレナは杖をくるりと一回転させると、ニヤリと笑った。
士気も十分、準備も万端。後は、作戦を実行に移すのみだ。
「よし、行くぞ!!」
門扉を開け放ち、エドモンドの号令と共に、一行は進軍を開始した。
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目的の地点までは、大きな問題なく辿り着いた。途中何度か敵に襲われはしたものの、バルトたちの敵ではない。
「レン、この辺りで大丈夫か?」
「たぶん……」
エドモンドがレンに向かってそう訊ねるが、レンも歯切れの悪い返事しかできない。
この作戦を提案したのは確かにレンなのだが、レンも知識としてしかソレを知らないのだ。実際に使う機会があるはずもなく、保証などどこにもない。
「ちっ、当てにならねえな。本当にコイツの策で上手くいくのか?」
そんなレンの煮え切らない様子に、バルトは苛立たしげにそう吐き捨てた。その疑問は誰よりもレンが感じていることで、返す言葉は何も無い。
「バルト、今はこれが最善だ。他に妙案があるなら聞くが?」
エドモンドは、レンをかばうようにバルトを窘める。ありがたいことだが、レンとしてはいたたまれない心境だ。
「ちっ、分かってるよそんなこたあ。愚痴らずにやれるかってんだ、こんな軟弱野郎の策に命を預けることになるなんてよ」
バルトの言うことはもっともで、レンだって逆の立場なら同じことを思うだろう。そもそもが手違いで来た、ド素人のド新人。そんな人物の作戦を信用できないのは当然だ。
「そう思うなら自分の役割をしっかりこなすことだ。それとも自信が無いか?」
「はっ、誰に向かって言ってんだエド! てめぇらこそ、しくじるんじゃねぇぞ!」
しかし、エドモンドは尚もレンをかばった。この作戦を実行すると決めた以上、各人のモチベーション維持に努めるのもリーダーとしての責務といったところか。
バルトに対しての煽るような台詞も、彼の性格を良く理解した上での気遣いだろう。バルトもそれを知ってか知らずか、エドモンドの狙い通りやる気を出したようだ。
「あの……ありがとうございます」
「ああ、いや、すまないな。アイツはああいうヤツなんだ、気にしないでくれ。……それより、早速準備に取り掛かろう」
レンがエドモンドの配慮に礼を言うと、彼は軽く答えてレンを労わる。
そして話を切り替えると、『準備』が始まった。
エドモンドは錬金術で『秘密兵器』の製作、バルトとエレナ、そしてレンの三人に城塞からの兵士たちで周囲の警戒に当たる。
周囲を警戒しつつも、レンは気になって横目でエドモンドの作業をちらちらと盗み見た。
彼は持ってきた鉄材を適当に地面にぶち撒け、何やら低い声でブツブツと唱えている。
すると、大量の鉄材たちが見る間に溶けだした。液状になったそれらはズルズルと動き、集まって徐々に『秘密兵器』を形作っていく。
(すごい……これが錬金術……)
レンが感動しながら見ていると、およそ十分ほどでそれは終わった。想像していたよりは時間が掛かったが、普通に作るのと比べればそれこそ魔法のような早さだ。
「レン、どうだ? 我ながら良い出来だと思うんだが。ほら、特にここのラインなんか芸術的だろう? 三日三晩は撫で続けられそうだよ」
時折挟まれる変態的な台詞はさておき、完成したそれをレンはしげしげと眺める。
もちろんレンも『それっぽい』くらいの判断しかできないのだが、問題なく出来上がっているように見えた。
「作りは問題ないかと。後は実際に使ってみないと……」
だから、レンは素直にそう答えた。使ってみたら全然駄目でした、ということも十分考えられる。
「だが、材料的にチャンスは一度しかない。ぶっつけ本番だな」
エドモンドの言う通り、材料はあらかた使い切っている。泣いても笑っても、全てを懸けた一発勝負だ。
「よし、後は実行するのみだ! 全員抜かるなよ!」
ここでぐちぐち思い悩んでも仕方がない。エドモンドは言い切ると、後半を全員に聞かせるために声を張る。
全員それに答えるように声を上げると、作戦の配置に就くために動き出す。
「ああレン、最後に一つ確認なんだが」
そんな中、エレナがレンを捕まえるとそう声を掛けてきた。
「はい?」
レンは作戦を前に緊張したまま、エレナに返事をする。
「本当に中級魔法でいいのか?」
そして訊かれたのは、事前にエレナに伝えておいたことの確認だった。
「はい。強すぎると……」
レンはその確認を肯定する。エレナの魔法の威力は既に見ていたので、全力の魔法では持たないと考えたのだ。
「そうか……いいだろう。最大級の中級魔法をくれてやる!」
「いや、だから強いのは……」
どうも意図を分かっていないような、そして何だか矛盾しているようなエレナの言葉に、レンはぼそりと反論する。だが、エレナは聞く耳を持たず、
「テラリアでは『大は小に勝てる』と言うんだろう?」
と、またも間違った諺をドヤ顔で言い放った。
やはりエレナは魔法をぶち込むことしか考えていないらしいが、中級魔法の範囲なら問題ないだろうと放っておく――というか、ツッコむのを諦めた。
エドモンドの話によれば、中級魔法は中距離でも使える小規模な魔法で、その攻撃範囲は精々が五、六メートルくらいらしい。
「エレナ、レン! 二人も準備はいいか?」
と、話している二人を見てエドモンドがそう声を掛けた。
二人はそれに答えて頷くと、各々ようやく持ち場に就く。
「なら、作戦開始だ。行くぞ!」
そしてエドモンドの掛け声と共に、不安要素だらけの作戦は始まった。




