第二話5 無口と変態と脳筋と脳筋
レンたちは大いに困った。あれは何だ、という話である。
ひとまず敵の陣から離れたレンたちは、作戦会議の真っ最中だ。突然現れた強敵、ゴーレムを打倒する手段を考えなければならない。
まずもってゴーレムというだけで厄介な強敵らしいが、更に輪を掛けて厄介なのが――
「魔力耐性……一部のモンスターが持つレア特性なんだが……」
「何だってそんな奴が出張って来てるのかって話だな」
エドモンドの呟きに、バルトが愚痴のようにそう重ねる。
魔力耐性。あのゴーレムは、ありとあらゆる魔力に対して耐性を持っているのだ。
『耐性』と言いつつ、それは実質魔法が効かないと言い換えて問題ない。何しろ、半径二十メートルくらいを薙ぎ払う爆裂魔法を受けて全くの無傷なのだ。
「本当にな。全く――」
そんな強敵が突然現れるのは、レン以外の三人でも想定外らしい。
エドモンドがため息を吐いていて、レンはその心情を慮るが――
「美しい……見たかあのゴツゴツとしたライン? それにエレナの魔法を受けて傷一つないざらざらの肌! 美しさの権化だ……俺がオスゴーレムなら放っておかないね」
エドモンドが続けて口にしたのは、レンの予想の斜め上の内容だった。いや、斜め下と言うべきだろうか。
彼は何故かうっとりとした表情を浮かべて、ゴーレムのことを褒めそやしたのである。その口調は何と言うか、好きなアニメに関して語るオタクと言うよりは、男が集まってAV女優について語っているようだった。
要するに変態臭い。あとゴーレムに性別なんてあるんだろうか。そしてアレはメスなのか。
「え、あの……」
「コイツのコレは気にするな。錬金術師の性らしい」
戸惑うレンに、バルトがため息と共にフォローのような言葉を吐いた。
性というより性癖な気がするが、触れない方が吉とレンは判断した。エドモンドは『渋くてカッコいいオトナの男』だと思っていただけに、レンとしては何と言うか裏切られた気持ちである。
「で! 結局どうすればいい! 燃やしてダメなら凍らせるか?」
「エレナ。話を聞いていたか?」
話をぶった切って意気軒昂に問いかけるエレナだが、エドモンドが普通に戻って冷静にツッコむ。
「炎だろうが氷だろうが雷だろうが、魔力そのものに耐性があるんだ。属性を変えたところで効果は無い」
そして彼は改めて説明を加える。要するに、どんな属性だろうが魔法は全て効かないのだ。というかそれくらい、言葉の響きでレンにも分かったのだが。
しかしそれに対するエレナの返答は――
「なら、効くまでぶち込み続けるだけだな!」
その言葉に、レンは察する。
(あ、この人何も考えてない人だ)
おそらく、自分の魔法を相手に叩き込むことしか考えていないタイプの人間だ。そう言えばさっきチラ見したステータスも、知力はレンよりかなり低かった気がする。
「あのな?」
「なんだ」
うなだれて額に手を当てるエドモンドの言葉に、エレナは冗談でもなく問い返す。さっきの言葉はどうやら本気で言っているらしく、その残念さがレンの視線を生温かくした。
「……そういう話じゃないんだ。いくらぶち込もうが無駄だ」
怒鳴るのを必死に我慢しているらしい表情で、かろうじて冷静な声音を保つエドモンド。
しかしエレナはそんなエドモンドに対して、曇り一つないドヤ顔でこう言い放った。
「知らないのか? テラリアの諺にあるだろう。『馬鹿たれ石を穿つ』と言ってな。これは馬鹿みたいに同じところをを突いていれば、いつかは固い石にも穴が開くという意味で……」
(……意味合いは割と合ってるな)
――意味合い以外は致命的に間違っている気がするが。流石にそれは指の方が先に折れるだろうと、レンはそんな感想を抱く。
と言うか、ガブリエルと言いエレナと言い、テラリアの諺はアルーカで好まれているのだろうか。
ドヤ顔で間違った諺の解説をするエレナの姿は、そこだけ見れば微笑ましいものかもしれない。かもしれないが、エドモンドの堪忍袋の緒は限界だった。
「――馬鹿たれはお前だ、この脳筋(魔法)! 今回あのゴーレムに対してお前はポンコツだ、分かったらポンと鳴けポンコツ!」
「ぽ、ポン……」
それなりの剣幕で真っ向から叱られ、エレナも思わず言いなりになる。
(エレナさん……もっとカッコいい人かと思ってました)
男勝りなクールビューティー。そう思っていた時期がレンにもあった。
「全く……こうなったら、エレナには周辺の敵の一掃に回ってもらおう。バルト、お前の方の感触はどうだ。ヤツは倒せそうか?」
エドモンドはため息を吐くとエレナをそう片付け、今度はバルトに話を振る。
「刃は通るんだ、倒せねえこたねえだろうよ」
バルトは軽くそう答えるが、その答はエドモンドを満足させるものではないようだった。
「いや、相手はゴーレムだぞ? 胸の核を破壊しない限り再生を続けることくらい知っているだろう。特にここは荒野で材料も豊富だ」
(そうなのか……)
エドモンドの口ぶりからすると、それはどうやらこの世界――もしかしたらテラリア以外――では常識らしい。
しかしそう言われればなんとなく分かる。ゴーレムは石で出来ているのだから、材料の石やら土やらがあれば再生するのだろう。核を破壊する必要がある、というのも再生系の敵の鉄板だ。
「知らん!」
対するバルトの答は明快だった。
ちなみにこの時点で、エドモンドの片頬はぴくりと引き攣っている。
「だがそうしろってんならそうするさ。アイツの体をぶち抜きゃいいんだろう」
「だから、それが可能か訊いてるんだ。核は体の中心だ、そこまで攻撃が届くのか?」
更に頬をひくつかせながら、エドモンドは短絡的な言葉を吐くバルトに辛抱強く問いかける。
「だから、刃が通るんだからできないこたねえだろうよ。削り続けりゃいつか辿り着く」
「ええい、話を聞け! 再生すると言っているだろう!」
段々口調が荒れてくるエドモンドである。まあ、話を聞いてもらえなかったらそれは苛立ちもするだろう。
たとえ敵の体を削っていったとして、再生するのであればそれより速く削らなければならない。そして、その間敵が黙ってやられる訳がないということくらいはレンにだって分かった。
「へっ、根競べなら負けねぇよ。エレナもさっき良い事言ってただろ、『馬鹿たれ石をぶち割る』だったか?」
「ははっ、俺はお前の石頭をかち割りたいがね」
抜群に良い顔でそんなことを言うバルトに、エドモンドは一周回って笑顔を浮かべた。お手本のような乾いた笑いである。
流石のバルトも、その笑顔の裏から漏れる殺意めいた怒りに表情を凍らせた。これ以上の無駄口を叩くと、本気でかち割られそうである。
(というか根競べも何も、それゴーレム側は労力無いのでは……?)
最早原型を見失った諺や、静かに燃え滾るエドモンドはさておきレンは心の中でそうツッコむ。再生するのに苦痛や消耗を伴うのかは分からないが、どちらにせよ圧倒的に不利な条件だと思う。
「全く――」
結果、今度は怒りを爆発させずにただ力なく言葉を吐き出すエドモンドである。
どうも、堪忍袋の緒を結び直す時間がなかったようだ。怒りは漏れ出る一方だったし。
そして――
「脳筋しか居ないな、このパーティー」
(脳筋しか居ないな、このパーティー)
吐き出された残念な台詞は、レンの心の声と綺麗に被った。
*************
「話を整理しよう」
とりあえずバルトとエレナの頭を一度ずつしばいてから、エドモンドはおほんと咳払いをしてそう切り出した。「いてぇ!」「何をするんだ!」と文句を言うバルトとエレナだが、エドモンドの一睨みできゅっと黙る。
「敵はゴーレム。サイズは特大の十メートル級。ゴーレム全般の特性として、放っておくとすぐに再生する」
そして何事も無かったかのように、エドモンドは状況を整理し始めた。
最初にエレナも言っていた通り、あのサイズはゴーレムとしても巨大なようだ。
「そして魔力耐性を持っていて、エレナの最大火力でも傷一つ付かない。かと言って物理攻撃でも胸の核に届く有効打はなし」
(……詰んでないか?)
それを聞いたレンの感想はシンプルにそれだけだ。
魔法は効かない、物理は威力が足りない。そもそも、あの巨体を殴って倒そうという方がどうかしているだろう。
「……以上を踏まえた上で、誰かヤツを倒す方法を思い付くか?」
エドモンドの問いかけに、しかし誰も答を持たなかった。そもそも、脳筋コンビに召喚されたて異世界知識皆無のお荷物という三人である。エドモンドに思い付かない攻略法を思い付くはずがない。
「だよな……」
エドモンドもそれが分かっていて、近くにあった岩に腰掛け、遂に頭を抱えてしまう。
「エレナが強化系の魔法を使えればな……バルトの攻撃力を上げて何とかなったかもしれないんだが」
そしてその体勢のまま、首を僅かに動かしてエレナにじとっとした視線を送る。
「攻撃系以外の魔法を習得する気はない」
「知っているよ……」
しかしエレナはきっぱりと言い切り、エドモンドは答と共に盛大に嘆息する。
「何か……何かないか? ヤツの体をぶち抜く、高火力な物理攻撃は……俺の錬金術には火力なんか無い……」
エドモンドは考え込みながら、うわ言のようにぶつぶつと呟く。しかし、いい案は全く思い付かないようだった。
だがその言葉が、レンの頭に奇跡的な閃きをもたらした。
ゴーレムの巨体をぶち抜く、高火力な物理攻撃が必要。
エレナの魔法は通じない。バルトでも生身でそんな火力を出すことはできない。エドモンドの錬金術に火力は無い。
(でも……組み合わせれば……?)
「あの……」
唐突に声を上げたレンに、全員が驚いた顔で振り向く。
「一つ、思い付いて……」
そしてレンは、説明を始めた。
あのゴーレムを倒せるかもしれない、作戦の内容を。




