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神にガチャられたんだが頑張らないと餌にされるらしい  作者: 白井直生
第二話 初めてのクエストだがいきなりピンチらしい
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第二話2 パーティーメンバー

 薄暗い石造りの通路で、息を潜める。ここは城塞の最下層、戦場である荒野へと続く通路。

 荒野と通路を隔てる扉の向こうからは激しい怒号や悲鳴、金属のぶつかり合う音が聞こえ、戦場のヒリついた空気が扉を突き抜けて伝わってくる。


(なんでこんなことに……)


 動悸は激しく、胃袋が不自然に揺れ、脚が震えて冷や汗が背中を濡らす。

 緊張・オブ・緊張状態のレンは、バイブレーションする石像のような状態で目の前の扉を睨みつけていた。

 その手には派手な羽根を使った巨大な団扇があり、彼はそれを命綱のようにしっかりと握りしめている。


「緊張するな、というのは無理だろうが……そんなに怯える必要はないぞ。こう見えて俺たちは結構強いから」


 そんなレンを見かねたように、エドモンドが声を掛ける。

 どう考えても足手まといでしかないレンに気を遣ってくれる彼には感謝の一つも伝えたいのだが、まずもって口を開くことすらできなさそうだった。


 代わりに目を見て頷こうとも思ったがそれすらままならず、目線を向けて目を見開くのがやっとだった。おそらく酷い顔になっていたのだろう、こちらを覗き込んでいたエドモンドが一歩引いた。


「おいおい、頼むから足を引っ張ってくれるなよ? せめて自分の脚でついて来るくらいはしてくれや」


 レンの脚を後ろからパシッと叩きながら、バルトが横を通り過ぎた。叩かれた拍子にレンは危うく尻餅をつきかけるが、壁に手を着いて何とか持ちこたえる。


「そうだな。初めての戦いとあればさぞ怖いだろうが、考えてもみろ。『強化合成の塔』に比べれば全然マシだろう」


 レンのすぐ横で杖を弄っているエレナが、煽るようにそう言った。

 それを聞いて、レンの脳裏に『強化合成の塔』の様子が浮かんだ。耳にはあの時の悲鳴が蘇り、体を一際大きな震えが襲う。


 それを最後に、レンの震えは止まった。エレナの目論見通り、目の前の恐怖を更に大きな恐怖が吹き飛ばしたのだ。

 ここで怯えて足を引っ張り、クエストに失敗しようものなら、レンにもあの地獄が待っているかもしれない。


 ガブリエルは『操作ミスだ』と言っていたのだから、レンがどれだけ足を引っ張っても合成素材行きはないはず――というのが、レンを除く三人の意見である。

 しかしその言葉に確証は無く、本当に操作ミスだったのかは分からない。もし操作ミスでない場合は、一発で素材行きになる可能性が捨てきれないのだ。


 だから、レンも戦闘に参加せざるを得なかった。万が一でも素材行きだけは勘弁だ。

 すると作戦担当のエドモンドは、なんとかレンでもできる役割を考えてくれた。であれば、レンはそれに全力で応えるしかない。


「じゃあ全員、準備は良いか?」


 エドモンドが、全員を見渡してそう訊ねる。

 バルトは勝気な笑みを浮かべ、エレナは凛とした面持ちで、そしてレンも強張った顔ではあるが、全員がしっかりと頷く。


「よし。行くぞ!」


 エドモンドが、掛け声と共に扉を勢いよく開け放ち――レンの初めての戦いが、幕を開けた。


**************


 城塞から荒野に躍り出ると、早速数体の敵がこちらに気が付いた。

 しわくちゃに潰れた醜悪な顔面。尖った耳に頭頂部に生えたぼさぼさの髪。牙が無造作に突き出た口を歪めて笑い、色とりどりに濁った体色をしているそれらは、小さな体で粗雑な棍棒を振り回している。


「ゴブリン――」


 思わずレンが呟いたのは、ファンタジー世界ではお馴染みの雑魚敵である。敵の見た目はレンの知るそれと完全に一致していた。


「ああ、雑魚は蹴散らして進むぞ! 大将のところまで一点突破だ!」


 そしてそれは正解だったらしい。エドモンドは吠えながら、右から近付いてきた一匹を手にした剣で一刀のもとに斬り捨てる。

 その反対側では、バルトがやはり武器を振るってゴブリンを倒していた。彼の得物は斧で、ぐしゃりと肉塊を潰す嫌な音が辺りに響く。


「レン、後ろだ!」


 エドモンドに唐突に呼ばわれ、レンは慌てて振り返る。すると目の前に、レンに向かって躍りかかるゴブリンの姿があった。


「おら、ボサッとしてんじゃねえ!」


 しかしそいつはレンを襲う前に、横からバルトの斧に叩き潰された。

 先程同様ぐしゃりと音を立て、生臭い血が撒き散らされ――レンは、まともにそれを被ってしまった。


「おろろろろろろ」


 無理だった。こんなもの、普通の高校生が耐えられる訳が無い。

 鉄のような臭いも、生暖かい感触も、目の前で潰された残骸も、全てがレンの胃袋にクリーンヒットだ。当然の如く、レンの胃袋は「無理っす!」とその中身を返却してきた。


「レン、吐いてる暇なんて無いぞ! グロ死体を見るのが嫌なら働け!」


 スパルタな言葉がエレナから飛び、一行は敵陣に向かって駆け出す。

 置いて行かれては敵わないと、レンは胃袋とどうにか折り合いをつけて後を追う。



 作戦は至ってシンプル――敵陣に突っ込み大将の首を取る、それだけだ。

 敵の数は膨大だが、一体一体は弱い。この場合、頭を潰せば後はじわじわと削って勝てるらしい。

 そして戦場は身を隠す場所の無い荒野。となれば、大将まで最短距離で、一直線に突き進むしかない。


「行ってくらあ! 後ろは任せたぞ!」


 バルトは叫び、速度を上げて敵陣を突き進んでいく。その行く手を阻もうと、湧き出るようにゴブリンが群がって来た。


 ゴブリンの得物は棍棒だけではなく、剣や盾を持つものも居る。


 そのうちの一体が剣を振りかぶれば、その隙を横薙ぎに振るわれたバルトの斧が襲う。

 真っ二つになったそれに奇怪な叫び声を上げた数体が、瞬く間に同じ末路を辿った。


 盾を構えた比較的大柄な個体には、目にも止まらぬスピードで回り込んで背後から一撃。

 数体で同時に取り囲んでも、次の瞬間にはそこにバルトの姿は無く、襲った数と同じ数の死骸が転がった。


 バルトは敏捷性と腕力に優れた、近接戦特化のアタッカーだ。その強さは折り紙付き、ゴブリンなど相手にならない。

 今回の彼の役割は、とにかく早く大将を倒すこと。故に、手の届く範囲の敵だけを適当に蹴散らして、彼は一直線に進んで行く。


「――任された。目には目を、弓兵には弓兵を、だな」


 エドモンドはいつの間にか弓矢を手にしており、そう発しながらぎりりと弦を引き絞った。


 エドモンドの出身地アルキルでは、『錬金術』が発達しているらしい。科学と魔法がミックスされたそれは、金属に限らず様々な物体を創り変える力を持っていた。

 例えば、木材を変形させて弓矢にするのもお手の物だ。

 エドモンドはその能力を使って、臨機応変に立ち回るサポーターである。今は一人突貫するバルトの援護に回っていた。


 エドモンドは、弓矢に溜められた弾性力を解き放つ。

 狙い過たず、エドモンドの放った矢はバルトを弓矢で狙っていたゴブリンに命中した。


「さて、エレナ、レン。そろそろ仕事の時間だな」

「もちろん――派手にかましてやる」


 エドモンドが二人に語りかけ、エレナはニヤリと笑う。


 バルトは前衛、エドモンドはその援護。そして、エレナは。


「――大気に宿りし氷の精霊よ。我にしばし力を貸したまえ」


 立ち止まったエレナは、杖を掲げると静かに唱えた。

 呪文の詠唱――魔法の発動準備だ。目を瞑り囁く彼女は美しく、その足元には魔方陣が描かれ始める。


 エレナはその見た目通り、魔法使いだ。強力な攻撃魔法を操り、敵を遠距離から一網打尽にする。


「霧満ちる水面みなも、影落ちる山脈。うつろに開くつの花弁」


 エレナの詠唱が続くと、魔方陣は次々と書き足されその様相を変えていく。

 静かに満ちていく魔力が、周囲の空気に揺らぎを生む。


 それを察したのか、周囲のゴブリンのうち何体かがこちらに向かって駆け出してきた。

 ゴブリンも魔法のことは知っているのであろう、エレナを襲って阻止するつもりなのだ。


 詠唱中の魔法使いは無防備だ。となれば、戦場で魔法を使うにはその間彼女を守る人間が必要になる。


「おおおおっ!」


 今回その役割を担うのが――レンだった。

 手にした『団扇』を、向かって来るゴブリンに向かって思い切り振り下ろす。


 エドモンドが創り、エレナが風の魔力を込めた特製の団扇だ。扇ぐと旋風が巻き起こり、その範囲に居る敵を吹き飛ばす。

 制動力1を誇る超絶不器用なレンでも扱え、命を奪う経験を得ていない彼でも躊躇なく振るえる――エドモンドの配慮のお蔭で、レンはその役割を遂行することが出来た。


 武器の力と鍛え上げた上腕二頭筋の力が合わさり、レンの発した旋風は見事にゴブリンを吹き飛ばす。


(よし!)


 役割を果たしたレンは、心の中でガッツポーズだ。


「集え、廻れ、刹那に消えよ。嘶く天馬が七里を駆ける!」


 その間にも続いていたエレナの詠唱で、魔方陣は少し離れていたレンにまで届く。

 次の瞬間、その魔力は魔法に触れたことのないレンですら感じ取れるほど膨れ上がった。


「白き静寂を! 『ブレス・オブ・ボレアス』!」


 エレナの叫びと共にその魔力は解き放たれ――前方に、激しいブリザードが巻き起こった。

 触れた物を等しく凍てつかせる冷酷な白い嵐が、群がるゴブリンを一息に呑み込んでいく。


 数秒の後に虚空に消えたそれは、物言わぬ氷像を大量に作り出していた。辺りに居たゴブリンの軍勢は壊滅状態で、バルトの背中の安全は約束された。


(すごい……強い……カッコいい……!)


 初めて間近で見た魔法の威力と美しさに、レンは大いに感動していた。

 思わず頬が緩み、最初の恐怖はどこへやら、今や興奮に胸が高鳴っている。

 誰が何と言おうと、魔法は男の夢なのだ。そして氷結系というのがまた、つい最近まで中学二年生だったレンの心をくすぐって止まない。


「何を呆けてる、レン! ここからが本番だぞ!」


 動く気配の無いレンを見て、既に駆け出していたエレナが立ち止まってそう叫んだ。

 慌てて強く顎を引き、レンはその背を追って駆け出す。


(これなら、勝てるかもしれない……!)


 敵を薙ぎ払うバルト、冷静で的確な判断を下すエドモンド、そしてエレナの大魔法。

 パーティーメンバーの強さと頼もしさを感じ、レンは大いに期待を抱いた。



 ――しかし、そう簡単に行かないのが防衛クエストなのでだった。

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