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8.魔力と『私』

 


「…………」

「…………」


 マクスウェルと蘭子、二人の憐れむようななんとも居心地の悪い生温かい視線を受け、玲はさすがに泣きたくなった。


(……まぁ、わかってましたよ。わかってましたとも。どうせ私は【巫女】のおまけなんです。たいした能力なんてないとは思ってましたけど……)


 でも、と恨みがましい目でチラリと蘭子を見上げる。

 でも彼女の能力はマクスウェルから見てもかなり優秀だったのに、と。





 順番に能力を測ってみよう、ということでまずは蘭子が【スキャニングボード】なるものの上に手をおいた。

 一瞬ふわりとネイビーブルーの強い光がボードから発せられ、それが消えた時にはボード上に文字が浮かび上がっていた。


(……えぇと……これ、なんて書いてあるんでしょう?アラビア文字でもないし、ハングルともまた違うし。樋口さんは読めてるんでしょうか……)


 浮かび上がった文字を、マクスウェルは食い入るように読んでいる。

 蘭子も顔を近づけて神妙な表情をしているが、果たして読めているのかどうなのか。

 もし読めていないのが玲だけなのだとしたら、初っ端から出遅れスタートとなってしまうのだが。


「これは…………すごいね。浄化スキルはないから巫女ではないけど、魔法の素養があるのは素人目にもわかる。魔法師向きの能力だね。それ以外だと、言語理解スキル……これは恐らく、こちらの世界の言語がわかるものだし、精霊視スキルはその名の通り精霊をその目で捉えることができる。ここへ来るまでの間に、宙を漂う精霊を見なかったかい?」

「え?えぇ……その、あの物語に出てくるような羽の生えた小さな生き物でしたら、あちらこちらを飛び回っておりましたけれど」

「そう、それが精霊視の能力だよ」


(言語理解を持ってるってことは、やっぱり読めてないのは私だけってことですね……軽くショックです)


 能力を測る前から、自分がしょぼいことがわかってしまった。

 なんというかもう測りたくない、と項垂れていると、それに気づいたマクスウェルがおや、と首を傾げた。


「まぁ素養なんて人それぞれだ。君には君の、なにか特殊な素養があるかもしれないよ」

「…………慰めてくださってどうもありがとうございます。でも期待しておりませんので、無駄なフォローはよしてください」

「期待してないって……」

「だって私、そもそもこの文字読めませんし。ということは言語理解スキルは持ってない、ってことですよね」

「…………それは」


 すまなかったと言うべきか、困ったねと言うべきか。

 少し迷った挙げ句、マクスウェルはやれやれと肩を竦めた。



 読めないと玲が言ったことで、蘭子のそれは声に出して読み上げられた。


 魔力総量は一万、魔法の素養は火・風・闇で、所持スキルのうち開示されているのが『言語理解』『精霊視』『詠唱短縮』『状態異常耐性』そして『演説』。

『演説』スキルというのは、この力を意識して発言するとある種のカリスマを発揮できる……人目を引くことができる、というものらしい。

 魔力量や適性属性など、この世界の常識がわからない以上なんとも言えないが、確かに魔法寄りの能力であることは間違いないようだ。


「それじゃ、君も測ってみようか」

「…………そう、ですね。身の程を知っておいた方が、後でバカにされても腹が立ちませんから」

「また君はそういう……」

「高遠さん、言いたくはないけれどあまり卑屈にならない方がいいわ。能力はどうあれ、わたくし達がこちらへ喚ばれたのは事故なんですもの。この国、いいえこの世界には、わたくし達にそれなりの生活保障と償いをする義務がありましてよ」


 堂々と胸を張ってそう言い切る蘭子の姿は、さすが『演説』スキル持ちというべきかとても頼もしい。


(というか、樋口さんの中でも私の能力がカスなのは決定事項ってことですね。まぁいいですけど)


 測る順番を変えて貰えばよかったかなぁ、と埒もないことを考えながら玲は恐る恐るボードの上に手を置いた。


 ────── ボードは、光らない。


「ん、あれ?」

「……おかしいな。故障、のはずはないんだが」

「…………いいえ。文字は浮かんでおりますわ。ですから失敗というわけではないようですけれど」

「うん、確かに。……いや、でも」

「…………」

「…………」


 憐れむような、可哀想な子を見るような目で玲を見つめる二人。

 その視線だけでわかってしまった。

 玲の能力が、蘭子と比べても、この世界の平均と比べてもかなり低いということが。




 と、ここで冒頭に戻る。


 マクスウェルが渋々読み上げてくれた彼女の能力値は、蘭子が『百%原液』ならその『絞りカス』程度。

 アルコールに例えるなら蘭子が『アブサン』、玲は香り付け程度の『酒饅頭』か。


(いえ、酒饅頭は好きですけど。そういうことじゃなくてですね。……魔力総量が百……樋口さんは一万ですから、ゼロが二つ少ないです。魔法の適性がゼロ、使えるスキルも『速読』と『解読』って……なんか微妙ですね)


 精々役に立ちそうなのは『解読』くらいだが、これも『言語理解』がない以上何の役にも立たない。

 せめてもの慰めは、マクスウェルが「まだ開示されてない非開示スキルがいくつかあるようだ」と言ってくれたことだろうか。


 非開示スキルとはつまり、その個人に備わった能力でありながらまだ条件が揃っていないなどの理由から、すぐに使えない状態のものをそう呼ぶらしい。

 それらは能力検査の際に彼らでも読めない、所謂文字化けのような形で現れるそうなので、それで非開示スキルがあるのだとわかるのだという。


 予想はしていたが、あまりにあまりな結果に蘭子も気まずそうにしている。

 能力の高かった彼女が下手に慰めを言うと嫌味になってしまうとわかっているのだろう。

 星璃ならば必死で慰めを口にしていただろうが、今の玲はむしろこの蘭子の無言の気遣いがありがたい。


「……あー、でも……君の魔力はとてもいいね。質が高いというのかな、ここまで綺麗な魔力は稀に見るよ」

「……はぁ。魔力を褒められても微妙といいますか……自分ではわかりませんし」

「そうか、君達の世界には魔力という概念がないんだったね。まだ時間もある、少し説明しておこうか」


 魔力とは、とマクスウェルは話し始めた。


 魔力とは、血液のように普段は体内を巡っており、器と呼ばれるものからそれは常時作られている。

 器の大きさがイコール魔力総量の数値を意味していて、どれだけ体内に魔力を貯めておけるかが魔法を使う上で重要な要素になっている。

 この魔力は人それぞれ色々な性質を纏っており、互いの魔力の相性によって相手にかける魔法が効きやすかったり効きにくかったりするのだ。

 また、下世話な話になるが子供ができやすいかどうかというのも、この魔力の相性次第だという。

 故に高位の貴族や王族がする政略結婚というのは、魔力の相性をもって決められることが殆どである。



「ということでね、この世界では相手の魔力を褒めるというのは普通の褒め言葉と同義なわけだ。上っ面の皮一枚の容姿を褒めるより、魔力を褒められる方が喜ばれるくらいだよ」

「はぁ。それはどうもありがとうございます?」

「ここまで話して何故棒読み。しかもどうして疑問系なんだい」

「魔力がいかに綺麗だと褒められましても……所詮は魔力量百ですし」


 こうは言っても、嬉しくないことはない。

 どちらかというとクールで知的な顔立ちだと無理やり褒められたことはあったが、綺麗だの可愛いだのと言われたことはない。

 身長だけを捉えて可愛らしいと頭を撫でられたことならあったが、それは子供扱い故のことなのでノーカウントだ。


 とここで、蘭子が「あら?」と声を上げた。

 今のマクスウェルの話で、なにか思い当たることがあったようだ。


「先ほど、魔力の相性次第で魔法の効果が変わってくると仰ったでしょう?ということは、高遠さんと貴方の魔力相性はいい方なのではありませんの?」

「あ」


 そういえば、と玲はそこでようやく思い至った。


(私は瀕死の重体でしたよね?……それをここまで回復させるなんて、この世界の治癒スキルはハイレベルだと思ってましたが……相性の問題なら、話は変わってきますね)


 マクスウェルの治癒スキルレベルがいくつなのかはわからない、だがもし玲の魔力との相性が悪かったなら治癒の力が効果を発揮せず、彼女はあの場で命を落としていた可能性もある。

 そうならず、今普通に起き上がって話までできるのは、ひとえにその逆……彼と彼女の魔力相性が良かったということに他ならないのではないか、と蘭子はそう言っているのだ。



 その問いかけに、マクスウェルはあっさりと頷く。


「そうだね。私も実は症状を和らげる程度にはなるかと思って治癒を施したんだが、まさかここまで覿面に効くとは思わなかったよ」

「あら、それなら政略結婚の対象になるのかしら?」

「ちょっと、樋口さん」

「お黙りなさい。そういった危険を予め知っておいた方が、今後のためですわよ。魔力相性がいいからと、ほいほい政略の道具にされたくはないでしょう?」

「……あぁ、そういうことですか」


 一瞬、彼女が何を言い出すのかと頭を疑ってしまったことを、玲は恥じた。

 彼女は魔力相性が政略の条件になるのだとわかっていて、それをさせまいと庇いに立とうとしてくれているらしい。

 やっぱりわかりにくいけど世話焼きさんですね、と内心苦笑する。

 そしてマクスウェルもまた、こちらははっきりと苦笑を浮かべて軽く頭をかく。


「ここまでの話でいけばそうなるんだろうが、魔力相性が良すぎるというか……似すぎているんだよ、君と私の場合は。これはもう身内レベルでね」

「身内レベル?」

「そう。親子とか兄妹とか、そういうレベルの似方だ。君がもしこちら側に産まれていたなら、私達は親子か兄妹か、それくらい親しい間柄だっただろう」


 親子や兄妹は、血を同じくするだけあって魔力の質が似るらしい。

 全く同じではなくとも、あちらの世界で言うところの遺伝子レベルで似てしまうのだろう。

 それと同じくらい、マクスウェルと玲の魔力の質は似ているのだと彼は言う。


「…………でしたらいっそ、()()()とお呼びした方が?」

「それは非常に魅力的な提案だが、()()やめておこう。勝手に決めては、伴侶(つま)に叱られる」

「奥様、いらっしゃるんですね」

「ああ。機会があったら紹介しよう。きっと気に入る」


 それは『どちらが』『どちらを』なのか、玲はあえて聞かなかった。




酒饅頭、好きです。


なかなか話が進まなくてすみません。

十話で一区切りと考えてるので、次回ちょっと動きます(予定)

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