6.異世界と『私』
4/13 旧三話目を大幅加筆&改稿しました。
なんかもう初期設定以外は別物な感じがします。
全体的に書き直した方がいい気がしてきました。
目を覚ましたら、三十代とおぼしきイケメンと涙目の同期が目の前にいた。
でもって、「高遠さん」と呼ばれたので「はい」と返事をしたら、同期に力いっぱい羽交い締めに……もとい、抱きつかれた。
(え、えぇっと…………とりあえずけしからんサイズのメロンはまぁ柔らかいです、が。そうじゃなくて。なんでこうなった?)
ことの成り行きを時系列をおって思い出してみる。
年末最終営業日だったこの日、支社全体で慰労会が催されていた。
その慰労会の最中、勝ち気お嬢様系の同期と健気ヒロイン系の新人が揃っていなくなり、探したところ二人は非常階段で言い合いをしていた。
そこに玲が割って入ったところで勢い余って同期の手が彼女を突き飛ばし、もうダメだと思ったタイミングで白い光に包まれた。
で、意識を取り戻した玲は自分の体が動かないことに気づく。
そんな彼女を、恐らくコトの主犯であろう男……『若様』(仮)があからさまに軽視した発言をした、というところまでで玲の記憶は途切れている。
(声は出る。息もできる。現状、どこも痛くない。ついでに感覚も戻ってて、多分寝かされてるのは床じゃなくてベッドの上。……あれは自然回復するようなものでもなかったようですし、手術後とかそういう感じもしませんけど……)
もしかして、彼女にとっては一瞬のことでも現実には途方もない日数が過ぎているのか。
だとするなら確かに蘭子のこの憔悴ぶりもわからないではない、が…………それにしては、彼女の着ている服があの慰労会の日と全く同じだというのが引っかかる。
更に、そんな蘭子の隣で「良かったね」とニコニコ穏やかに笑っているイケメン……と呼ぶより美形と呼んだ方がしっくりくるが、この美形の男の存在もとてつもなく胡散臭い。
「きみ、なにか失礼なことを考えなかったかな?」
おや鋭い、と感心しながらも勿論そんなことは顔には出さない。
「いえ別に。見知った同期の隣に見知らぬ美形がいたので少々驚いただけです。私は高遠玲と申しますが、どちら様ですか?」
「誰何する前にまず自分が名乗る。確かに褒められた行動だが、見知らぬ相手に対して迂闊すぎやしないかい?」
「樋口さんが貴方と一緒にいた段階で、警戒の必要を感じませんでしたから」
玲も【樋口蘭子】という同期のことをよく知るわけではなかったが、それでも彼女が生粋のお嬢様だということ、知らない相手……特に男性に対しては殊の外警戒心が強いことは知っている。
その原因が、幼い頃は親の地位や資産、ある程度成長してからは彼女自身を狙って近づいてくる邪な輩をたくさん見てきたからだ、ということも。
今ではほとんど条件反射的に出る彼女のその刺々しいまでの警戒心、それを社内で何度か目撃したことのある玲だからこそ、今の蘭子に全く警戒されていない様子のこの男が少なくとも邪な思想をいだいていないのだとわかったのだ。
(ただまぁ、胡散臭いことには代わりありませんけどね)
その、警戒対象ではないが胡散臭いことには代わりがない美形の男性は、マクスウェルと名乗った。
「正式名称はもう少し長いのだけど、ここではそう名乗っているし、名前の一部には違いないからそう呼んでくれて構わないよ」
と、そう断ってから彼は一部先に蘭子にも説明したらしいことを、今度は玲向けに説明してくれた。
この国はルシフェリアという名であること、この大陸にはこの国以外にも『シルフィード』『ディーネ』『サラーナ』という三つの国があり、現状は互いに国交を持つほどの関係性であること。
この世界には【魔法】という概念があり、魔力と素養があれば身分・種族の隔てなく誰でも使えること。
他にその個人特有の【スキル】というものがあり、これは生まれた時から持っているため後天的に取得するのは難しいのだが、何らかの理由があってスキルを持っていても使えない状態にあった者が、その後スキルを開放させるという稀な事案もあるにはあるということ。
「私は【治癒】という固有スキルを持っているから、この王城内にある医局にスカウトされたんだ。【魔法】でも治癒スキルに匹敵する属性はあるけど、スキルは魔法の素養に関係しないから重宝されるんだよ。有用なスキルがあれば、魔法を使えない種族でも魔力次第で活躍できるからね」
「そうなんですか。それで、マクスウェル様はどの種族なんですか?」
と問いかけた玲に、マクスウェルは「おや」と目を見張った。
そう聞かれるとは思わなかった、という顔だ。
「驚いたね。どうしてそう思った?」
「特に根拠はないですが……魔法の素養よりもスキルの方が有益というような口ぶりでしたし、マクスウェル様自身魔法の素養がないのかな、と。だとするともしかして他種族の方か、と思っただけです」
「…………なるほど。言い方は悪いが、君があの場で話せなくて幸いしたな」
「どうしてですか?」
「あの場の責任者は良く言えば率直、悪く言えば直情的な方だ。多分、君とは根本的に合わない」
「そうね、それについては同意しますわ」
(あぁ、うん……樋口さんまでそう言うなら、そうなんでしょうね。私も、熱血というか脳筋というか、そういう体育会系は苦手ですし)
営業職、といっても当然色々な性格の人がいるわけで、玲が相棒として組んでいた京極顕は『対話』を好む穏やかな気質だったが、中には体育会系の悪ノリそのままに「押せ押せ」で仕事をゴリ押しするタイプもいた。
たまに京極の出張などでそういった熱血タイプと組まされることもあったのだが、彼女が良かれと思ってあれこれ忠告してもうざがられてしまい、結局うまく行かなかった。
それどころか「女は黙ってニコニコ笑ってりゃいいんだ」「賢しい女は嫌われる」と暴言を吐かれた彼女は、それを速攻女性の先輩に相談した上でさりげなく女性社員の間で広めてもらい、憂さ晴らしをしたことがある。
蘭子もその噂を知っているからこそのしたり顔なのだろう。
「そうそう、私の種族についてだったか。この世界には数種類の種族がいて、その中でも純血種と混血種に分かれてる。混血と言っても父母どちらかの種族になるわけだから、区別されるのはポテンシャルの高さかな。純血種の方が力は強いからね。で、その種族はというと『人族』『エルフ族』『ドワーフ族』『妖精族』『獣人族』『人魚族』『魔族』『竜族』だ。私はこの『魔族』の純血種になる」
「魔族」
「そう」
(なんというか……もうなんというか、ファンタジーって感じです。でも定番のファンタジー小説と違って、魔族もひとつの種族として共存してるんですね……)
魔族の純血種、と聞いただけでも力が強いのはわかる。
その上に治癒という固有スキルを持っているとなると、彼は魔族の中でもかなり上位にある存在ではないのだろうか?
……だがその割には普通に医局の職員として働いているらしい、ということが引っかかるが。
「まぁ種族のことに関しては、これから追々教育がされるだろうからそこで学ぶといいよ。今はひとまず、君たちが最も知りたいだろう現状を説明しておこう」
いつ、あの殿下に呼び出されるかわからないしね、と彼は悪戯っぽく片目をつぶった。
そういったキザっぽい仕草も、この華やかな顔立ちの美形にはよく似合っている。
「まず、最も肝心なところから。君達は、君達の住んでいた世界からこの世界へと召喚された。つまりここは、君達にとって『異世界』だ。ここまではいいかな?」
「はい」
「わたくしも、大丈夫ですわ」
「うん、それじゃ続けるよ。どうして異世界にいた君達が召喚されるに至ったか……それはね、この大陸が今魔物の大発生時期を迎えているからなんだ」
同じ『魔』とついても、ひとつの種族である『魔族』と違い、『魔物』は他に害を及ぼす悪しきモノであるという。
魔物の発生原因は詳しくはわかっていないが、どうやら瘴気と呼ばれる淀んだ気に長時間触れることで魔物化してしまうらしく、長きにわたる研究の結果定期的にこの瘴気が強まる時期があるとわかったそうだ。
瘴気を晴らす事ができるのは、浄化という固有スキルを持つ者……浄化スキルの持ち主は治癒スキルよりも更に希少で、このスキルを持っていると判明した者は必然的に神殿へと保護されることになる。
が、いくら浄化のスキルを持っているといっても簡単に瘴気を晴らすことなどできるはずもなく、ちまちまと各地を巡って瘴気を浄化しているうちに体や心を病んでしまう者も多いのだとか。
「そこで、神話の時代に立ち返って人々は考えた。まだ神がこの世界を直接見守ってくださっていた時代、魔物の大量発生に心を痛めた光の神ルーシェリアが、【巫女】と呼ばれる穢れなき乙女を通じて力を分け与えてくださった、という神話さ。その【巫女】は異世界からの来訪者であったらしいという伝説も残っていることから、藁にもすがる思いで異世界より【巫女】を召喚してみたところ、その女性は浄化の高位スキルと光の魔法素養を持っており、あっという間に瘴気を浄化してくれたのだそうだ」
「…………【巫女】……なんでここにきていきなり和風要素……」
「コホン。高遠さん、今問題にすべきはそこではありませんわ」
「……ですよね」
すみません、と素直に謝った玲をやれやれという目で見ながらも、蘭子自身話についていくのがやっとだという様子で、深々と溜息をついている。
ちょっと休憩しようか、とマクスウェルが席を立ったところで、蘭子が不意に顔を寄せてくる。
「……今更ですけれど……体の方は本当になんともありませんの?」
「えぇっと……今の所特に不都合はないですね。あの時は多分瀕死状態だったと思うんですけど……治癒スキルって怖いくらいに効きますね」
玲としては、大丈夫ですよアピールをしたつもりだったのだが、蘭子はなぜか顔を曇らせる。
「…………その……わたくしの所為で、申し訳ないことをしてしまったと反省しておりますの。あの子にも、別になにかするつもりとかではなかったんですのよ?言い訳にしかなりませんけれど」
「わかってますよ。樋口さんがそういう意地悪を好まない、真っ直ぐな人だってことは」
「ま、っ…………その、そういうわけでは。ただ、卑怯なことは許せませんの。それだけですわ。ええ、それだけです」
「ですからわかってますって。そういうの、ツンデレって言うんですよね」
「違いますわ!もう、誤解しないでちょうだい!」
言葉と裏腹に真っ赤になって声を上げる蘭子を見て、玲は「あぁ、可愛い人だったんですねぇ」と妙にほのぼのした気持ちになっていた。