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3.若様(仮)と『私』

4/7 旧二話目をベースにして加筆しました。

 

(うーん、眩しい……(りん)ちゃんったらまた電気つけっぱなしで……もったいないですねぇ)


 鈴ちゃん、というのは玲の姉である凜香(りんか)の娘、つまり玲にとって姪にあたる十三歳のJC……女子中学生のことである。

 明るく前向きな姉の写し鏡であるかのような鈴はしかし、忙しい両親の間に生まれた一人娘であるからか、夜遅くまで平気で夜更かしはするし、美容のためと言いながら長風呂は当たり前、基本壊れたものは使い捨て、と『贅沢は厳禁』な生活をしてきた玲とはほぼ真逆の『贅沢に慣れた』生活を送っている。

 そんな彼女のこと、たまに玲のところに泊まりに来ても普段と同じように無駄遣いしようとするので、そのたびにこまめに電気は消し、流しっぱなしの水は止め、お風呂も時間制限を設けるなどして、どうにか出費を抑えようと頑張ってはいる、のだが。

 どれだけ言っても本人は素知らぬ顔、というのが憎らしい。


(とにかく電気……消さなきゃもったいないです)


 電気を消す、その一心で体を動かそうと力を入れたところで、突然耐え難い激痛に襲われる。


(いぃっ!?な、なんですかこの痛みっ!!体、体が、動かないんですけどぉ!?)


 ついでに、息もし辛い上に声も出ない。

 ぱくぱくと口を動かすことはできても、悲鳴すら上げられないのは呼吸器系をやられているからか。



 声は出ずとも動いたのがわかったのか、慌てたような甲高い声が「先輩っ!?気がついたんですか?大丈夫ですか!?」と至近距離から叫んできた。

 次いで、肩を掴んでガクガクと揺さぶられる。


(ちょ、やめて、揺らさないで!痛い、痛いってば!怪我人なんだからもっと優しく!っていうか、怪我人は揺すっちゃだめです!)


 その痛みと気持ち悪さで、彼女は思い出した。

 会社の非常階段で、同期が後輩を一方的に責めていたこと。

 二人の間に入って上手く中に誘導しようとしたが、勢い余って突き飛ばされてしまったこと。

 落ちる途中でしこたま背中を打ち付け、そのまま地面に落下するかと思いきや何故か白い眩しい光に包まれて意識を失ったこと。


(あー、うん。なんとなく思い出しましたよ。……オーケーオーケー、ビークール。ちょっと落ち着きましょう。息は……うん、どうにかできますね。肋骨が折れてるくらいはあるかもですけど)


 相変わらず声は出せないが、息をしようと思えば痛みはあるが出来る。

 ということは少なくとも肋骨損傷はあるかもしれないが、直接的に呼吸器をやられた可能性は低くなった。


 とはいえ、体が動かせないというのが不安を煽る。

 以前、好奇心で潜り込んだ大学医学部の公開授業で聞きかじったことだが、脊髄を損傷していると息はできても体が動かない状態になることがあるという。

 これはもしかしてそういうことなのか、だとしたらこれからどうやって生活していけばいいのか。

 十三歳にして早々と人生の目標を決めた姪を応援すると決め、それならと心機一転海外へついていく方向で考えていた矢先、もし体が動かなくなってしまったらまた姉やその家族に迷惑をかけてしまう。

 それになにより、仕事の引き継ぎがまだ充分に終わっていない。



 こんな時でも考えるのは家族や仕事のことばかり、ということにはもう我ながら呆れるしかできないが。

 とにかく揺さぶるのをやめてもらえないか、と思っていた矢先、呆れたような少し怒っているような声が上から降ってきた。


「貴女ねぇ……その子怪我人だってわかってるの?怪我人揺さぶるなんて、非常識にも程があるわよ」

「す、すみませんっ!!」


 ゴチン、


(あ、あのー……掴んでる肩を離したら、そりゃ頭打ちますよねー。すっごく痛かったんですけど?)


「…………追い打ちかけてどうするのよ。馬鹿なの?殺したいの?」

「ふぇぇぇ、せんぱぁい!死なないでくださーい!」


 力いっぱい後頭部を強打した玲の方が泣きたい。

 むしろ「ふぇぇ」とか意味不明の泣き方されたら、社会人としての自覚云々と反射的に説教したくなってしまって非常に困る。

 ついでに、今注意されたばかりなのにまた体を揺さぶられた。地味に痛い。


 もうこの子どうにかしてください、と泣き言を言いたくなったところで、あの呆れたような声が降ってきた。


「そこで縋らない!抱き起こそうとしない!いいからもう離れなさい!」


(あれ、なんか樋口さんが頼もしいです。……ってそりゃそっか、彼女元々しっかり者さんですもんねぇ。ちょっとツンツンデレなとこあるだけで)


 樋口蘭子という女性は、とかく誤解を招きやすい性格である。

 思い込んだら一直線で難問にも果敢に挑んでいく性格は羨ましい限りだが、言葉を飾らず気が強いというところが傲慢に映ってしまい、特に女性には嫌われる傾向にあるらしい。


 同期として最低限の付き合いしかなかった玲だが、蘭子がそういう『誤解されやすい性質』だということがわかってからは、嫌味を言われてもさらりと流せるだけの余裕は持てるようになった。

 なんだかんだと口では厳しいことを言っているが、よく考えてみると彼女の言うのは大体が正論だからだ。





「さて、と……その者の()()がわかったところで、そろそろ話をしたいのだが」


(……私達の他にも誰かいたんですね……言い方からしてお医者様ではなさそうですけど、誰、でしょうか?)


 玲の知らない、第三者の声。

 病院かとも思ったが、硬い床の上に寝かされている段階でその可能性は消えた。

 シンと静まり返っていることから救急車の中という可能性もない、考えられるのは玲が既に死亡したと考えられた末の解剖台の上とか、もしくは手術室か。

 しかしそうなら、そもそもこの二人が傍にいるはずがない。

 更に、声だけ聞いた限りでは医者と言うには若すぎる声の主が、明らかにこの場の主導権を握っているだろうことが不思議に思える。


(うーん……現状、わかることはいくつかありますが)


 とにかくここが病院ではない、というのを大前提としておく。

 今の声の主は『その者』と、あまり普段は聞き慣れない呼び方をしていた……この言い方は自分が目上であるという自信がないとできないだろうと考えて、ならば彼はそれ相応の身分があるかもしくは権力者の後ろ盾があるか、ということになる。

 あくまで声の印象だけだが、年齢はまだ二十代前半か下手をすると十代後半、若々しくて張りがあり命令することに慣れた感じだ。

 更に、女性二人の反応を見ただけなのかそれとも遠目で確認したのかは不明だが、玲のことを『無事』だと断じたということは、医療関係者の可能性がグッと低くなった。


(無事、ですか。床に寝っ転がったまま、起き上がることも目を開けることも声を出すこともできない状態を『無事』……ねぇ)


 嫌な感じです、と玲は眉をしかめ……ようとして、うまく表情をつくることができなかったのでやめる。



 この目上らしき若い男、仮に『若様』としておく。

『若様』はこの二人に「話がしたい」と持ちかけたが、恐らく玲の生死がわからなかったためこの二人はそれどころではなく、故に話を聞いてもらえなかったのだろう。

 しかしどうやら生きていることがわかり、それならもういいだろうと再び話を切り出そうとしている。

 当の対象である玲が、動くことも声を出すこともできない瀕死の重傷患者であるにも関わらず、だ。


 つまりこの『若様』、玲のことなどどうでもいいということなのだ。

 ここがどこで、彼がどういう立場なのか、自分達はどういう状況下にあるのか、それは全くわからないが……今の言葉でわかったのは、少なくともこの場の責任者であろうこの『若様』が話をしたいのは蘭子と星璃の二人だけで、玲のことなど眼中にないということ。

 もっと言えば、二人を別室にでも連れて行った後で、玲だけこっそりどこかに捨てさせることくらいはやってのけそうな、そんな印象すら受ける。


(どうして、こんな目にあわなくちゃいけないんですか。まだ、なにもできてない。まだ読みたい本もあって、まだ行ってみたいとこもあって、まだやりたいことだってあるのに。こんなとこで見殺しにされるなんて、あんまりです)


 見頃にしされる、というのはあくまで勝手な憶測でしかなく、この『若様』は話が終わった後からでも医者を手配してくれるかもしれない。

 もしかすると他にチラホラと気配だけはある他の誰かが、救急車を呼んで病院に連れて行ってくれるかもしれない。

 その可能性は、ないとは言えない。

 だけど。


(…………あぁ……なんか、痛みを感じなくなってきました、ね……頭もぼーっとします)


 もしかして死ぬのかな、と玲はそんなことをぼんやりと思った。

 不思議と、怖いとか不安だとか怒りだとかは感じない。

 ただ己の体が、緩々と機能しなくなっていくような、そんな感覚がじわじわと強くなっていく。


 そういえば、と彼女はふと思い出した。

 酷くどうでもいいことだが、死ぬ間際に強い憎しみや恨みの感情を持ったまま亡くなった人は、地縛霊となってその場に縛られるのだと聞いたことがある。


(憎しみに縛られるなんてまっぴら、ですけど……でも)


 怪我人をいつまでも硬い床の上に転がしっぱなしで、生きてたならそれでいいじゃないかというような言い方をしたあの『若様』(仮)のことは、ちょっとだけ恨んでもいいような気がした。




途中何度も『バカ様』と打ち間違いしました(笑)


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