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1.相棒と『私』

4/6少し短めにして書き直しました。

大筋は変わってませんが、加筆部分がほとんどです。


 


「だから!貴方には関係ないって言ってるでしょ!いいからそこをどきなさいったら!!」


 ドン、と肩を強く押される。

 小さな体はそれだけで、バランスを崩して非常階段の踊り場から下へ ──── 鉄製の階段の上で一度大きくバウンドし、コンクリートの地面へと落ちていく。


(あぁ、月が綺麗ですねぇ)


 落ちていく彼女の視界には、顔を青くして踊り場に蹲る同期も、そんな彼女の半歩後ろで「誰か!」と叫ぶ後輩もない。

 見えるのは、ぽっかりと夜空に浮かぶ、チェシャ猫の目のような細い三日月。





「えー、では。準備も整ったようなので、各自グラスを持って集まってください。おっとそこ、まだ飲まないように。支社長の挨拶が終わってからですよ?それじゃ支社長、お願いします」


 その場を取り仕切っていたやや頭髪の寂しい総務課長からマイクを受け取ったのは、この支社の最高責任者である支社長。

 実力四割コネ六割という実に微妙な割合でこの支社の責任者に就任した彼は、やや緊張した面持ちで話し始めた。


「皆、年末の繁忙期をよく乗り切ってくれた。我が支社の今年の業績は皆の頑張りのおかげで現状黒字で推移している。このまま来年、期末まで気を抜かずに各自の仕事に精を出してもらいたい」


『現状黒字』と聞かされ、ホッと安堵する顔がちらほら。

 年末の最終日にする話じゃないだろ、と呆れたような顔になっている者もいる。



 そう、この日は年末の最終営業日。

 いつ誰が始めたのかわからないが、毎年年末最終営業日は業務を早々に切り上げて、都合のつかない社員以外は全員参加で慰労会を開催することになっている。

 今年もその例にもれず、年内の仕事にキリをつけた者からまずは一年間世話になった自分のデスク周辺を掃除し始め、それが終わるとオフィスの掃除を手伝い、切れた蛍光灯の交換やら慰労会のための場所確保やらで奔走し、定時終了のチャイムと共にセッティングされた部屋に集まった。


 会場として提供されたのは、これまた毎年恒例で使われる総務・経理課エリア。

 ここには個人情報が数多く転がっているが、逆を言えばそれさえ片付けてしまえばスッキリ広々としたフロアであるため、料理を並べたり多くの社員が集ったりするのに適しているのだ。


 立食式であるため余分な椅子は別室に片付けられ、電源の落とされたパソコンにはカバーをかけられ、空いた場所にはデリバリーの和食・中華・洋食がずらりと並んでいる。

 飲み物は好き嫌いがあるため各自で準備し、参加可能な全員が集まったところで冒頭の課長の仕切りとなったのだった。



 支社長は業績の話をしてからぐるりと周囲を見渡し、そしてようやく表情を緩めた。


「とまぁ、業績の話はここまでとしよう。今日は年末仕事納めの日だ。いくら自社ビルとはいえあまりハメを外しすぎるのはいただけないが、近所迷惑にならない程度なら大いに飲んで食べて騒いでもらって構わない。ただし!いくら普段一緒に仕事しないキレイどころがいるからといって、セクハラやパワハラはしないように。いいな?」

「支社長ー、その『キレイどころ』って言い方自体がセクハラですー」

「そうなのか?……あー、なんだ。最近はなんでもかんでもセクハラ認定されるから、おっさんには辛いな」


 わはは、と主に男性陣から笑い声があがる。

 話題が話題だけに女性社員は苦笑い、といったところだ。


「では改めて、今年一年の皆の働きに感謝を込めて。乾杯!」

「かんぱーいっ!!」


 ようやくかかった『慰労会開始の合図』に、社員たちは思い思いにフロア中に散る。

 早速食事に手をつける者、飲み物をグイッとあおる者、交流のある相手を探して移動を始める者、点数稼ぎとばかりに支社長に挨拶に向かう者までいる中、女性社員がチラチラと視線を向ける男が一人。


京極(きょうごく) (あきら)】二十七歳。

 一流広告代理店に入社し、この支社へと配属されて以降ずっとトップの成績を取り続けているというエリート営業マンである。

 如何にも営業マンといった爽やかな外見と、学生時代からずっと続けているというアーチェリーの影響で引き締まった体格、そして気さくな性格ということで友人が多く、独身女性からの人気も高い。


 そんな彼が営業課長への挨拶の次に向かったのは、背の高い彼からするとまるで子供のように小柄なアシスタントのところだった。

 わいわいと騒がしい人混みからはずれ、紙皿を片手にデザートを物色していたその小柄な彼女の頭を、彼は容赦なくグシャグシャと撫で回す。


「わ、ちょっとなにするんですか!」

「ったく。毎年毎年なんでこんな隅っこにいるんだよ、お前は。課長に挨拶くらいしてこい」

「帰るまでにはご挨拶しますけど……人混み苦手だって、京極さんだって知ってるでしょう?」

「ああ、まぁ埋没しそうだもんな、(おまえ)は。小さすぎて」


 む、と口をへの字にして睨みあげてくる後輩の頭を、彼はおかしそうに笑いながらぽんぽんと軽く叩いた。



 エリート営業マン京極顕に絡まれるこの小柄なアシスタントは【高遠(たかとお) (あきら)】といい、こんななりでも今年二十三歳になった立派な社会人である。

 肩先で揺れるワンカールボブの髪、オーバルフレームの眼鏡の奥に潜むちょっと色素の薄い琥珀色の瞳は知性を湛え、美人とまではいかずともクール系の知的な女性という印象を与えている。

 ただ身長が中学卒業時から全く伸びず未だ152cmと小さく、華奢とまでいかずとも痩せ型の体格もあって、実年齢より五、六歳は幼く見られるのが彼女の悩みだ。

 下手をすればまだ高校生です、と言っても通用する……とは年の離れた姉の一人娘に言われた言葉だが、姉もその旦那様も否定はしなかったのできっと似たようなことは思っていたのだろう。


 そんな外見であるからか、同じ会社で働く先輩や年配者には妙に可愛がられることが多く、アシスタントとはいえ営業職にある手前、お付き合いのある得意先にも時々お菓子をもらったりすることすらある。

 逆に、同期や後輩にはすっかり舐められてしまい、本人に聞こえるような場所であれこれと悪口を言っているのを、彼女自身何度も耳にしていた。

 その原因のひとつが、彼女が入社時からアシスタントをつとめる相棒……四歳年上のエリート営業マン京極顕の存在だ。


『へぇ、お前の名前って俺と同じ読み方するのか』


 きっかけは、名前の読み方が同じということだった。

 そこからアシスタントについてはや二年すぎ、すいすいとなんでも器用にこなす京極と物事の二手も三手も先読みする玲のコンビは相性がよかったらしく、途中何度かコンビ変更の横槍も入ったそうだが、他ならぬ営業課長が『稼ぎ頭コンビ』としてその解消を認めなかったらしい。

 最初はそれでも遠慮がちに『高遠さん』と呼ばれていたのがあっという間に『さん』が取れ、いつの間にか業務外でも食事に誘われるようになり、そして気がつくと『玲』と呼ばれていた。

 といってもそこに男女の色めいたものはまるでなく、兄妹のようなじゃれ合いの延長線上であると営業課の者達はそう理解してくれていたが。


 彼に本気で想いを寄せる女性社員にとっては、玲はただの邪魔者という認識でしかないらしい。


(私なんかを敵認定するなんて、見る目ないですねぇ……京極さんには本気のお相手がいるっていうのに)


 京極が玲に構うのは彼女を妹のように思っているからだ、というのは大前提として……それ以外にも彼は己の想い人の隠れ蓑として玲を利用している、という側面がある。

 その想い人とは、今年入社してきたばかりの短大卒の新入社員。

 玲の下についてアシスタント業務を学びながら、最近になって京極の仕事に同行することも増えてきた期待の新人だ。



「ところで、お前年末はどうするんだ?」

「どうって、まぁ概ねいつも通りですよ。大晦日まではアパートの掃除とか買い物とかして、それから姉のところで年越しして。姪と初詣行ってから三日までに帰ってくる感じです。京極さんは?」

「んー……あんま帰りたくないけど実家に戻るくらいか?あとはまぁ初詣に友達と出かけて…………そうだ、お前も行くか?」

「はい?」

「初詣だよ。別に元日に一回だけって決まりもねーだろ?ダチの後になるけど、一年の始まりってことで行っとかないか?」


 ああこれは、と玲は思い当たった。

「他の奴らに妙な誤解されるだろ」と言い訳しつつ誘ってもこなかった彼が、今年になって誘ってくることの意味に。

 自然と、ニヤリという意地の悪い笑みが口元に浮かぶ。


「…………いいですね。営業に験担ぎは大事だって聞きますし、ここはせっかくなので七瀬さんも誘っておきましょうか」

「……っ、!……そうか、そうだな。それじゃ頼む」

「はい。予定が決まったらメールしますね」


 七瀬さん、というのが例の新人さんの名前だ。

 魂胆をまるっと見透かされたことに少し驚いた様子の京極も、己の想いを知られていることはわかっていたのか、バツが悪そうに頭を掻きながら「悪いな」と一言告げてきた。


「まぁ、利用されるのは今更ですし?」

「お前なぁ……俺が悪いのはわかってるが、そういう言い方はやめとけ。卑屈に聞こえる」

「そうですか?別にそんなつもりもないんですけど。そうだ、せっかくですから今からでも七瀬さんに予定を聞いて…………あれ」

「ん?あぁ、そういえばさっきから姿を見ないな」


(おかしいですね。律儀な彼女なら、こっちにも挨拶に来るかと思っったんですが)


 おかしいな、とフロア中を見回してみて気づいた。

 最近になって新人に絡み始めていた同期の迫力美人……彼女の姿も見当たらないことに。




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