表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死ねない鬼の異世界道中  作者: nomaD
黒の章
2/42

in the dark.


 世界は終焉を迎えた……はずだった。


 威焔は死んだはずだった。

 彼が意識を取り戻した時、その視界は暗闇に閉ざされていた。


 黒。


 一切の光のない空間は、ただただ黒く塗りつぶされていた。

 地面があるわけでなく、空気があるわけでなく、何かに引き付けられるわけでもない。

 無と呼ぶに相応しい虚空。

 彼はそこで目覚め、呼吸ができない苦痛の中で、予測していた絶望を噛み締めた。

 無数の殺戮に明け暮れたのだから、天国に行けないのも当然か、と。


 どれくらいの間その苦痛が続くのか、彼には見当も付かなかったが、沙汰を俟たずに投げ込まれた地獄で刑の終わりを待とうとした。


 しかし、そこで彼はおかしな事に気付く。

 生前と同じように、いや、まるで未だ呪いは解けていないとでもいうかのように、体が再生し続けるのだ。

 身悶えすれば衣摺れの感触が訪れ、腰には生前帯刀していた愛刀の存在も伝わってくる。


 滅びる前の世界では、様々な人々が死後の世界について語っていた。

 ある者は天国と地獄があると言い、ある者はそんなものはなく無に帰すのだと主張した。

 語られた天国と地獄には無数のバリエーションがあった。

 今の彼の状態を言い当てた地獄はなかったと彼には思えたが、そういうことも有るのだろうと考えることを辞めた。

 再会を夢見た妻と会えないという絶望、その苦痛の前では、肉体の苦痛など些細なことで、地獄がどのようなものであろうと意味を見出せなかったからだ。



 (死んで、会いたかったなぁ……)



 彼は泣いた。

 溢れた涙は溢れ出るままに闇に溶けて消え、音を伝え得ぬ虚空は彼から叫びを奪った。


 掻き乱れた思考が再び落ち着きを取り戻すまで、どれほど時間が経ったことだろう。

 肉体の再生が、真空が苦痛をもたらす速度を上回り、乱れた精神――神経にまで及んでから暫し。

 無理やり泣くことすら適わなくなった彼は途方に暮れ、未だ訪れず、訪れる気配すらないお迎え(・・・)を待つよう頭を切り替える。

 それが訪れる確証など無かったが、落ち着いてしまっては仕方がないと、持て余した暇の潰し方を考え、実行することにしたのだ。


 彼は、まず刀を振った。

 無心に素振りでもしていればいいと軽く考えたが、支えるものが何もない空間でのその試みは至難を極めた。

 重さを感じるための重力すらないのだ。

 刀を振れば慣性は感じ取れたが、刀を振っているのか、刀に振られているのか、闇の中ではそれすら判別がつかない。


 手応えを得られない試みを一旦諦め、魔法で光を灯してみることにする。


 音を発し得ない真空でのその試みは、無詠唱での魔法の行使を必然として彼に課した。

 光を灯す魔法の記憶を掘り起こし、可能な限り魔力の流れを思い起こして、何度も発現を試みる。


 数百、数千と失敗を重ねた末にようやく発現した光は、肉体の再生のために魔力を吸収し続ける呪いによって、瞬く間に消し去られた。



 (魔法は発現した。ならば……)



 彼の次の暇つぶし(・・・・)は、魔法の効果時間の延長の試みに移る。


 光も空気もない闇には、魔力だけは無尽に存在し続けていた。

 その無尽の魔力を際限なく使って、光を灯す魔法の試行錯誤が繰り返される。

 込める魔力量の調整に始まり、発現する距離や大きさの調整にまで工夫が繰り返される。


 瞬きのように無意識に光の魔法のコントロールを可能にした頃、彼の興味は記憶にある自他の魔法の修得に移っていた。

 彼と闇、無尽の魔力、魔法で生み出した光、他に何もないその場所で、修得を図れる魔法には限りがあったが、ゆっくりと薄れ行く記憶に縋るように、縫い止めるように、思い出せる限りの事物の再現を試みた。


 魔力によって土を生み出し、水を生み出し、炎を生み出し、大気を生み出した。

 生み出された何もかもが瞬く間に消え去ったが、無限の時間の中で夢中になって――必死に、追体験を追い求めた。

 しかし、純粋な魔力だけによる生命の創造だけはとうとう適わなかった。

 切り落とした自分の腕を媒介に生命の創造を試みて、ほんの一瞬、人に似た生命の創造に成功したが、それは目覚めの時を迎えることなく、ぼろぼろと崩れて死んでしまった。


 当たり前になっていた孤独が一瞬、ほんの一瞬だけ癒され、それを死なせてしまった後悔が彼の心を押し潰した。


 彼はまた泣いた。

 泣きながら、死なせてしまったのが妻でなく、父でもなかったことに安堵している思考に気付き、自身の卑しさを嘆いて泣いた。




はじめまして、nomaDです。

小説執筆初心者ですが、本編完結を一つの目標に、手を着けてみました。

書き溜めるでなく、思いつくままに執筆を始めたので、次回更新は来週明けを予定しています。

第一章の構想は固まっていますので、お付き合いいただければ幸いです。


本文中で触れてあるように、管理者のような存在は今後も登場することはない……と思います。たぶん。


・文中の半角スペースを全角スペースに置き換えた他、記号関係の調整を行いました。(2009/06/30)


このページは近々大幅な改修が行われます。

基本的な流れは変わりませんが、加筆、修正により、読者によっては全く別物と感じられる内容になる可能性を否定できません。

ご了承ください。 (2017/08/06)


加筆、修正の結果、原型が僅かに残っている別物になってしまった気がします。

基本的な軸に変更はありませんので、本編への影響はございません。

(2017/08/08)


旧プロローグを2話に分割しました。

(2017/08/10)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ