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死ねない鬼の異世界道中  作者: nomaD
赤の章
16/42

サリィの家出

本文の加筆修正を行いました。(2017/07/13)

 夜の森はとても静かで、乱れた呼吸の音と足音がとてもよく聞こえる。

 蜘蛛の巣を手で払い、行く手を遮る枝葉を掻き分け、道無き道を必死に駆ける。




 一人になりたかった。



 止め処なく湧き上がる感情のままに走り続けていたかった。



 見ないようにしていた、忘れたふりをしていた、ぽっかり空いた胸の穴。

 そこにあったはずの大切なものが、失くなってしまったのだと突き付けられて、悲しくて、悔しくて、腹が立って、居た堪れなくなって。

 そんな感情が消えて無くなるまで叫びたい、走りたいと思い立ち、人目を盗んで家を出た。

 家を出た時は、すぐに帰るんだと思っていた。




 ――なのに――


 ――どうしてこうなったんだろ――



「おやおや、どうしたんだいお嬢ちゃん? 考え事かい?」


「ヒィ………ッ!」



氷槍(アイシクルランス)



 瞬間、血に濡れた父の表情が、鉄の杭を口に納めた母の顔が、脳裏を過ぎり、胃に穿刺痛を走らせる。



 ――ダメだ! 殺すのは嫌だ! ――



 キンッと音を立てて地面から突き放たれた氷の刃は、あらぬ方向に出現し、空を覆う枝葉に穴を穿つ。




 少女はこんなことを何度繰り返したのだろう。


 家を出て間もなく、人目に付かないようにと平野を避け、近くの森に駆け込んで、足が動かなくなるまで森の中を走り、倒れ伏して眠り込んだ。

 目が覚めれば森は暗く、濃い闇に包まれていた。

勢いに任せて走り続けていたせいで、現在地の見当など付かなかったし、方角さへも分からなくなっていた。


 それでも、特に不安はなかった。

 自分には魔法がある、魔術が使える。

 少し前までは少しの運動ですぐに悲鳴を挙げていた細い体も、ほんの少しだけど、太く頼もしくなった。


 自分の成長を振り返った少女の意識に、再び後悔と虚無感が去来する。


 あの時、自分がこの力を持てていたならば、失うことはなかったんじゃないか。

 それが適わなくても、あの叫びを終わらせてやることはできたんじゃないか。


 耳に張り付いた苦悶の声を拒絶するように耳を押さえ、目に焼きついた光景を否定するように頭を振った。

 まるでそこに穴が穿たれ、未だなお零れ落ちる何かを留めるかのように、両腕で胸を押さえ閉じ、堪え切れずに慟哭した。



 その慟哭の声が決定打になってしまったのだと、少女は後に悟ることになる。


 少女がいた場所はたまたま運悪く(・・・・・・・)野盗の通り道に程近く、仕事(・・)を終えてアジトへの帰路に着いていた野盗の群れがたまたま運悪く(・・・・・・・)その声に気付き、そんな不運に不運を重ねた結果、少女は野盗に獲物として追われることになってしまった。

 襲い掛かる野盗に対し、少女は魔法を放って抵抗してみせ、野党たちも最初は腰が引けた。

 だが、魔法を使ってみせたことも、結果的には良くなかった。

 野党たちは相手が小娘であると最初から侮っていたし、放たれる魔法も当たらなければ全く問題はないとタカをくくってしまった。

 その上で、放たれる魔法が自分たちを傷付けないと悟ってからは、小娘は極上の獲物だとしか思えなくなっていた。



「おー……怖い怖い………当たれば死んじまう」


「わざわざハズしてくれるから避けなくてもいいんだけどなぁ!?」


「「「ギャハハハハハハ!!」」」


「ほれほれどうしたどうした? 早く逃げないと捕まっちゃうぞ?」



 男たちは明確に少女を弄ぶ。

 付かず離れずの距離を保ち、獲物が逃走を諦める瞬間を確信しながら追い立てる。



 ――なんなんだ、こいつらは? どうして私を恐れない? 圧倒的な力を見せつけ、武器も壊してみせたじゃないか! ――



 少女は混乱の極みにあった。

 どこをどう走っているかも分からず、男たちが最初に見せた恐怖の表情すら消え、今では嫌悪感を催す笑みすら浮かべている状況に、言い知れぬ恐怖と焦りを募らせて行く。



「帰れ! 近寄るな!」



水撃(アクアシュート)



「へぶっ! ……ヒャー! 目覚ましに丁度いいや!」


「「「ハハハハハハ!!」」」



 相手を殺せる魔法を放とうとすれば恐怖と嫌悪感が的を外させ、相手を殺せない魔法では男たちを止めることができない。

 混乱で思考が掻き乱れる少女は、心まで追い込まれて行く。




 ――なんで? どうして? 私ばかり……なんで!? ――




 そして、前触れもなく



  ガッ



「ああッ!」




 逃走劇に幕が引かれる。




 ―― なに? なにが起きたの? なんで回ってるの? なんで!?――



 跳ねるように、立木に体を打ち付けながら地面に転がった少女に、男たちは息も切らさず余裕の笑みすら浮かべ、ゆっくりと歩み寄る。



「お嬢ちゃん、ここがゴールだ……コース通りに走ってくれてありがとよ」



 追いかけてきていた男は3人だったはずなのに、見れば5人に増えている。

 増えた2人はロープを手にして、何を考えているのか隠そうともしない下卑た笑みを顔に張り付かせていた。




 ―― ハメられた ――




 男たちを正面に見据え、しかし体は痛みを訴え立ち上がることを許さず、座り込み、ようやく僅かな平静を得た少女の頭は男たちの言葉とその意味を理解させる。


 静かに、急速に、絶望が心を蝕み始める。

 



「来るな! 来るなああああ!!」



氷槍(アイシクルランス)


水撃(アクアシュート)


水撃(アクアシュート)



 放った魔法は森を裂き、男たちの顔を打つが、その歩みを止めるに至らない。



「いいねえ、実にいい! かわいいパンツを晒して、お尻フリフリおじさんたちを誘惑しながら走る後ろ姿は実に美味しそうだったぜ?」


「ちょっと細いが見た目はいい、歳も若いし魔術も使えるときたら、高く売れますねアニキ!」


「ああ………たっぷり楽しませてもらいながら買い手を選ぼうじゃねーか……ッ!」



 背後には既に回り込まれ、退路はない。

 正面から、背後から、股間を膨らませた粗野な男たちが、耳障りな笑い声を挙げながら躙り寄る。



「大人しくしてりゃ優しく可愛がってやるぜ? 気が強いのを力付くでヒィヒィ鳴かせてやるのも大好きだけどな!!」



 無精髭の男の太い腕が近付いてくる。

 絶望的な未来を携えて、まるで、あの地下室での光景を再現してみせるかのように。



「いや………いや……たすけてッ!」



 ――ご主人様――



「ヒヒヒヒヒヒ! やっぱ堪んねーな! この瞬間が最高だぜ!」



 歓喜して吼えた野獣の腕が勢い良く放たれ、汗に濡れた白いドレスが、無残に引き裂かれ






「がヒュッ」






 なかった。







「………セーフ?」



 突如現れた人影は自信なさ気に口を開き、少女は安堵の中で意識を手放した。






―――





「うーん………」



 状況はなんとなく分かる。

 だいたいぼくのせいだ。

 とりあえず片付けよう。



「なッ! なんだオメェ!」


「よくもアニキを!」


「なにしやがった!」



 時間をかければ色んなテンプレートの台詞をたくさん聞いて楽しめそうな気はするけど、たぶんそういう状況ではない。

 きっとそういう仕込みはない。



「うん。犬に噛まれたとでも思って諦めてくれ」



 片手を立てて腰を折り、ごめんと一言告げて、背後の1人の胸部に右脚で蹴りを放つ。

 そのまま踏み込んで倒れた少女を躱し、残った左足を引き込み、右ストレートを放ってくる男の拳に自分も右ストレートを打ち込む。

 嫌な音が聞こえたけど聞かなかったことにして、アニキと呼ばれた男の両脇を抱えて逃走を図る2人の男の片方、手近な右側の男の背中にドロップキックをお見舞いする。

 受身を取って転身、吹き飛ぶ男に巻き込まれる形でバランスを崩し倒れた男の顎先を軽く蹴り抜き、意識を刈る。



 うん。手際は悪い。

 ただし手加減はできてるはずだ。

 リーダー格は、召喚された直後に反射的に顔面に膝入れちゃったし、窒息する前に応急処置だけはしておこう。

 一番重傷なのは3人目かな。


 違う。そうじゃない。



「サリィ!」



 振り返ると、サリィは仰向けに倒れていた。

 駆け寄ってその脇にしゃがみ、手を取って脈拍を確認する。

 胸部の浮き沈みから呼吸も確認できた。

 体のあちこちに小さな擦り傷や切り傷はあるけど、大きな出血は見当たらない。

 頭部と頸部に治癒魔法を施し、体を横向けにさせて外傷を探すけど、大きな傷は見当たらない。



「呼んでくれて助かった……」



 大事ないことを確認できて安堵の息をこぼすと、ついでに涙が出てきた。





―――





「さて………」



 ここは何処だ。



 眠るサリィを背負って、足跡や破壊の痕跡を頼りに森を歩いてみるものの、自分がどこにいるのか全く見当も付かない。

 ヘルマシエ国内なんだろうとは思うけど、現在地はおろか、ガバンディ邸の方向も分からない。

 極め付けは、今が夜で、出歩く人との遭遇も期待できないことだろう。


 最初に居た5人は野盗だと思う。

 でも、野盗が出没しそうなポイントは予想できても、夜間なら拠点の近くで見張りに引っかかるくらいだろう。

 そうすると、野盗が拠点として好む場所に心当たりがないという結論に至って行き詰まる。



 とりあえず街道に出よう。

 道を歩けば人里に辿り着けるはずだ。

 さっきの男たちからは慰謝料と治療代で有り金は全部巻き上げたし、その金で道案内を頼むことができるかもしれない。

 最初の人里で怖がられて逃げられたら、角を切り捨てて次の人里で再挑戦すればいい。

 それでもダメなら、そん時に考えよう。


 で、街道はどっちだ?



 堂々巡りだなぁ。

 高いところダメだし、魔法で足場作って空から確認するってのは避けたい。

 空が見えんから方角も分からんし、魔力感知使っても感知可能な範囲で森が途切れる場所がない。

 枝の張り方と木目で方角分かるんだったか?

 えーと、太陽は南に登るわけだから、日光を求める側に枝伸ばすよな。

 枝が多い方がだいたい南って考えでいいか。

 目指したいのは北、ついでに東を目指せばいいかな。

 でも、こう鬱蒼としてると背の低い木じゃ当てにならんし、背の高い木の枝を何本か確認すりゃ精度も上がるか?



 光球を飛ばして枝を確認し、ガバンディ邸から捜索が出てる可能性を考慮して、そのまま上空で維持、追従させる。

 野盗からの不意打ちを警戒して物理障壁も展開し、50歩ごとに枝を確認しながら、北東だと当たりを付けた方角に進む。


 物理障壁を張っておくと、進路を妨げる蜘蛛の巣や枝葉を手で掻き分けなくて済むから楽でいい。

 風も遮ってしまうので体感温度が下がらないことが欠点だけど、幸か不幸か夜なので、背中のサリィが風邪でも引かないかと心配する必要もない。



 そうしてどれくらい歩いただろうか。

 森の切れ目に辿り着き、満天の星空が出迎えてくれた場所は、やっぱり見覚えのない草原だった。


 月は登ってないのか沈んだ後か、それすらよく分からなかったけど、森から少し離れた場所で腰を下ろし、一息つくことにした。

 起こさないように気を付けながら、サリィを地面に降ろして寝かせようとする。


 が、首がキュッと絞められる。



「グェッ」


「あっ! 申し訳ございません!」



 いつの間にか起きていたらしい。

 足場悪かったし仕方ないか。

 慌てて手を離したせいでバランスを崩すサリィを、腕を掴んで支え、ゆっくりと地面に降ろす。



「寝心地悪かったろ? 少し休むといい」



 ここで鍛え抜かれた紳士なら、ハンカチの一枚も取り出して尻の下に敷くんだろうが、残念ながら持ち合わせがない。



「いえ……ありがとうございました」


「どういたしまして」



 頷いて、隣に仰向けに寝転がる。

 相変わらず星空が綺麗だ。



「サリィ?」



 声をかけると、緊張したような声で、短くはいと返ってくる。



「あんなになるまで一人でよう逃げ切ったな。よく頑張った。お疲れさん」



 同じような経験をしたことはあるけど、その時ぼくはどうしただろうか。

 自分と同等以上の化け物が(ひしめ)くあの世界でのことばかりが思い浮かび、参考にならんと諦めて、思い返すのを辞めた。

 ぼくはぼく、サリィはサリィなのだ。

 今のサリィが自分なりに最善を尽くそうとしたことがぼくは嬉しいし、その努力を評価しているのだ。


 しかし、サリィは僅かに驚きの表情を見せ、しばし考え込み、答えが出なかったのかゆっくりと首を横に振る。



「…………ご主人様は、叱らないんですか?」


「なんで?」



 即答してしまった。

 ぼくが怒られる理由ならすぐに思い浮かぶけど、ぼくがサリィを叱る理由は見当たらない。

 いや、なくはないのか。



「一人で森に入って野盗に襲われるだなんて準備が足りませんよ! 次からは護衛を200人引き連れて行きなさい! ……とか?」



 騎兵を300騎も引き連れといて全滅することだってあるのに、現実味はない。

 せっかく失敗しても生きて帰れる機会に恵まれたんだから、次がないように、次があってももっと上手く対処できるように、学んでくれれば何も問題はない。



「ぼくは、ぼくがサリィに怒られても仕方ないと思ってる。サリィが屋敷飛び出したのは、ぼくのせいでもあるから」



 体を起こし、サリィを向いて正座する。



「ぼくの我儘に強引に付き合わせてしまって、悪かった」



 地面に額を着けて土下座しようとすると、角でつっかえた。

 思わず顔だけ仰け反る。



「グェッ」


「ブフッ!」



 うん。分かる。

 このタイミングでこれはない。

 ぼくなら反射的にツッコむ。


 慌てて謝ろうとするサリィを手で制して、周囲をキョロキョロしながら、人差し指を立てて口元に翳す。



「今見たことはみんなには内緒な!」



 ちゃんと変顔でダメ押しした。

 サリィは笑ってくれたので、良しとしよう。

 ぼくも口元が緩む。


 角に着いた土を水球の水で洗い、綺麗に土が落とせたか確かめてもらって、人心地ついた。




 二人で横並びに寝転がり、ぼんやりと星空を眺める。


 静かな夜だ。

 何度もこうして夜空を見上げてきたけど、そんな記憶を振り返ってみても、余裕の上位入りを果たせると思えるくらい心地好い。

 そう感じることができる理由は理解している。


 出会ってまだ1週間とちょっとしか経ってないのに、面倒事に巻き込んで、ずいぶん無理を頼んできたサリィ。

 本人なりに精一杯応えてくれてとても助かっているし、借りばかりが増えているので申し訳ないとも思う。

 感謝の気持ちが増すにつれ、不安もまた膨らみ続けていたのだ。

 ほんの数時間反応が途絶えただけで押し潰されそうな不安に駆られ、生存を目の当たりにして涙が溢れるほど喜び得る程度に。


 今日の出来事は、そんな自分の気持ちに気付かせてくれるには十分だったと思う。




 だから、これは本心なのだ。




「ぼくを呼んでくれて助かった。生きていてくれて、ありがとう」




 サリィは泣き出してしまった。


 ぼくも、もらい泣きしてしまった。



 心配だったんだ。

 本人にとってキツいことやらせたわけだし、アントンさんに伝言は頼んだけど、もう二度と呼んでもらえないんじゃないかと思ったし、一人で大街道の脇で待ちながら、もう二度と会えないんじゃないかとか、もしかしたら死んでるんじゃないかとか、グルグルグルグルと考えてた。


 生きて会えて良かった。

 間に合って良かった。

 生きててくれて、本当に助かった。



 抱き締めて、しがみ付かれて、二人揃って声にならない声で、何度もありがとうと言い合いながら、夜の闇に涙を光らせた。

棉100%(白)です。

ゴムは高級品なので、前面で紐を引き絞ってサイズを調整し、結んで固定します。

赤い紐がスタンダードカラー。

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