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笑うバーツラフ  作者: 深瀬静流
8/14

キャワキャワちゃんは、お父ちゃんが大好きです

「パパはずるいよ。どうしていつも、そうやってママのことをいうの。ぼくの命とひきかえにママが死んじゃったって、なんど言えば気がすむの。いつもいつもそうやって、パパはぼくを責めるんだ。ぼくなんか、生まれてこなければよかったんでしょ」

 泣くのをこらえていたが、こらえきれなくなって両こぶしを目に当てて泣き出してしまった。バーツラフがつかつかと千早に歩み寄った。

「なんという親だ。我が子に罪はないものを、わざと心に負担を与えて苦しめるとは。よし。このような親ならおらぬほうがよほどよい。やはり余が首をたたっ切ってやる」

「黙れバーツラフ。親子喧嘩に口を出すな。ツムグはいま、子供として間違ったことを言ったから叱ったんだ。紡は子供を育てるのは親の義務だといった。そこが間違いだ。義務というのは国が勝手に作った法律だ。義務で子供を育てる親はどこにもいない。親は、子供がかわいいから夢中で子供を育てるんだ。二つ目の間違いは、産んでくれって頼んだわけじゃないといったことだ。親が、生まれてくる子供の誕生を待ち望むことのどこが悪い。子供がのぞむ、のぞまない、にかかわらず、親が子供の誕生を待ち望むからには、生まれてこなければいけないんだ。だから、一生懸命子供を育てている親に対して、そんな憎まれ口をきいてはいけないんだ。わかったか。ツムグ」

 うっうっ、としゃくりあげながら、紡は内心首を傾げていた。なんだかまたパパに丸め込まれたような気がする。なんかへんだ。どこかちがう。でも、なにがどう違うのかはよくわからない。もっと大きくなって、いっぱい知恵がついて、物事の本質がわかるようになって、理屈を理屈で負かせるくらい賢くなったら、このもやもやもはっきりするのかもしれないけど、パパのいうことももっともだとおもうから言い返せない。だけど、なんかへんなんだよな。ごまかされているみたいだ。

 紡がそんなことを考えてめそめそ涙を拭っていると、ガブニとボナがおろおろと紡のまわりを回りはじめた。

「ケラケラ。ああ、もう、いやになっちまうぜ。どうして子供を泣かせるんだよ、もう」

「キヨキヨ。子供の扱い方を知らないから、どう慰めていいかわからないわ。お願いよ。ツムグ。泣きやんでちょうだい。わたしまで悲しくなってしまうわ。キヨキヨ」

「ツムグよ。こんな親は親と思わなくてもよいぞ。これからは、余を頼るがよい」

 バーツラフまでが紡の肩を持つので千早のへそが曲がりだした。

「ああそうかい。そうやってみんなしてツムグを甘やかして、ツムグをだめな子供にするつもりなんだな。子供は幾多の苦難を乗り越えておとなになるのに、よってたかって甘やかして、ろくでなしの子供にするつもりなんだろ」

「ろくでなしの男というのは知っておるが、ろくでなしの子供というのは初めいて聞いたぞ」

 バーツラフが馬鹿にしたようにフンと鼻をならして、「さあ、みなのもの。憐れな柵の中のものたちを助けにゆくぞ。余の後に続け」と、いって、砂山の急斜面をぐんぐん上りだした。

 バーツラフのあとをみんながぞろぞろついていくのを砂山の麓から眺めながら、ミレーゼは髪に止まっているエルリラに声をかけた。

「エルリラよ。わたしたちは祈りの里に帰らなければなりません。柵の中の人々を助けると言っていましたが、そんな回り道はできません」

「さよう。しかしながら、この砂山をのぼって四方を見渡すのは良い考えかと。まずは知ること」

「それもそうですね。では、そうしましょう」

 頷いてミレーゼも砂山をのぼりだした。つま先を砂に突き刺すようにして階段を上るようにのぼっていく。先に頂上に着いた紡と千早が歓声をあげていた。

「うわああパパ。みわたす限りの砂の平原だよ」

「きれいだなあ。真っ白な砂がキラキラ光って眩しいなあ」

 額に手をかざして日陰を作って眺めている千早の横で、バーツラフは眉間にしわを寄せてじっくり砂の平原を観察していた。

「この世界はおもしろい成り立ちをしておる。我らが歩いて来た森はどこにも見えぬ。本のページをめくるように、新たな土地が出現するようだ」

「そう言われればそうだね。ぼくはジャングルのような森が歩きづらくて、早くこの森を出たいとおもっていたら、いきなりポンと砂漠に出たんで驚いたよ。ね、パパ」

「うん。でも、これまでのこともよく思い出してみると、いつもそんな感じだったかなあ」

 千早は首をひねりながら腕を組んだ。はじめにこの世界に放り出されて、何もない乾燥しきった大地に不安を覚え、こんなところから抜け出したいとおもっていたら、緑の草原が出現した。

 動かざるものを通りぬけて森を前進し、蔦や木の枝が邪魔でなんとかならないかとおもっていたら砂漠の世界に転がり出ていた。

 千早は腕を組んだまま、頭の中でしきりに考えた。もしも、考えたとおりになる世界だったら、この世界は思いどおりになるのではないか。いやいや、その考えは安易過ぎる、と思い直して空を見上げた。

「やっぱり太陽が」、出ていないといおうとして、慌てて口を閉じた。

 この世界に転がり込んだときは、昼だか夕暮れだかわからない曖昧とした明るさだったが、草原の地に入ってからは陽光の眩しさと温かさが続いていた。それなのに、太陽が出ていない。その不自然さに千早は早くから気がついていたが、そのことは心に納めてけして口には出さなかった。口に出したら、なにか恐ろしいことが起こるような気がしたからだ。

 遅れて頂上に到着したミレーゼは、見渡す限りの砂の平原にがっかりした。

「これでは、どこに向かって歩いていったらいいのか、見当もつきません」

「たしかに。しかし、ここで立ち止まっているわけにもいかぬでしょう」と、エルリラ。

「ええ。動かなければ世界も変化しないのかもしれません」

 でも、とミレーゼは銀色の眉を寄せた。行き当たりばったりで適当に歩いてみようかと思ったが、むやみに歩いても仕方がないような気がする。そう考えて、はじめて疲れを覚えた。いったいどれほど歩けばいいというのだ。どれほど、どこまで、どれくらい。そのとき、バーツラフがはるか先を指さして声を張り上げた。

「見よ。あそを。砂が動いておるぞ」

「え? どこどこ。見えないよ」

 紡がバーツラフが指さす先に目を凝らした。

「おいバーツラフ。お前の目は確かなのか」

 千早も遠くを見ながらいった。

「王様といわぬか。無礼者めが。動いておるではないか。よく見よ。かすかではあるが砂が流れておる」

 バーツラフにそういわれて、よくよく見ると確かに砂が動いているような気がする。気がするだけかもしれない。まぶしくてよく見えない。紡は額に手をかざして目を見開いた。

「パパ。見える?」

 千早がポンと手を打って、わざとらしく「いま見えた!」と叫んだとたん、百メートル先のほうで砂が動きだし、川の流れのように流れ出した。しかも急流だ。

「うわあ。パパが見えたといったら、ぼくにも見えたよ。どうなっているんだろう」

「余が言ったとおりであろう。ワッハハ」

「けど、王様が指さしたときは、よく見えなかったんだけどなあ」

 首をかしげている紡の横で、千早はいきなり出現した砂の川に見入っていた。あの砂の川は僕が見えたといったとたんに現れた。バーツラフが先に言い出したことではあるが、そのときの砂の流れはかすかすぎて判別できなかった。バーツラフの思念では、あの程度で限界なのだろうか。この世界に強い影響を及ぼすことができるのは、本物の闖入者である僕と紡だけなのか。

「パパ、どうしたの。行こうよ」

 紡に声をかけられて千早は我に返った。見ると、バーツラフたちは先に砂山を下って行きつつあった。ミレーゼの後ろ姿がやけに小さく弱々しく見える。紡は自分と同じ年頃のミレーゼを追いかけて走り出した。

「ミレーゼちゃん、だいじょうぶ? 疲れちゃった?」

 追いついて声をかけると、ミレーゼが冷たい視線でちらりと紡を振り向いた。

「馴れ馴れしく呼ばないように。わたしのことは姫でよい」

 紡としては、けっこう勇気を出していったのに、取りつく島のない言い方にひるんでしまった。

「あの、でも、ぼくたち、友達になったんでしょ。だったら、友達らしい呼び方でもいいんじゃないかな。年も近いんだし。姫なんて、なんだか、よそよそしくてさびしいよ」

「そなたのいうことは、ほんとうに理解できません。年が近い? 年とはなんです。友達がなんなのかはわかってきました。そなたとガブニとボナのように、何かあれば助け合う間柄のことなのでしょう。一番理解できないのは、“さびしい”です」

「ええとね。まず年というのはね、生まれてから何年たったか、とうことで、ぼくは生まれてから十年たったから十歳なの。で、ミレーゼちゃんは何歳?」

「知りません。この世界のはじめから存在しています。そなたの世界では何年という表現をするようですが、この世界ではそのような考え方はありません」

「ただ存在するのみ」

 ミレーゼの髪にとまっているエルリラが、薄羽を揺らしながら言葉を添えた。

「ふう~ん? ということは、ぼくよりずっと年上なのか。ということは、ちゃんづけは失礼だよね。じゃあ、やっぱり姫なのかな。でも、王様と姫じゃ、ぼくとパパは家来みたいでいやだな。どうしようかなあ。悩むなあ」

 エルリラがそよりと羽を動かした。

「ツムグとやら。あなたはこの世界では闖入者です。何者にも支配されてはいないし、たとえるなら、招かれざる客人のようなもの。姫のことは、敬意をこめてミレーゼと呼んでいいのではないだろうか。ちなみに、私のことはエルリラでよい。バーツラフという王が授けてくれた“名前”というものを、私は気に入った」

 エルリラが重々しくそう言うと、ミレーゼもそれでよいというように頷く。紡は、髪飾りのように美しい銀色の光を放つ蝶のエルリラに笑いかけた。

「うん。ミレーゼにエルリラ。確かに二人ともいい名前をつけてもらったよね。もう寂しくなくなったよ」

「だから寂しいとはどういうことです」

 ミレーゼがもどかしそうにいった。

「もう、いいんだ」

 うれしくなって、紡は大きく笑うと一気に砂山をかけおりた。

「エルリラよ。闖入者のいた世界と、わたしたちの世界の在り方は、どれほど違うのでしょうか。あのものたちと一緒にいると、わからないことばかりで不安になります。わたしは、祈りの里の、祈りの姫です。この世界の中心にあって、この世界の生きものたちの敬意の対象です。でも、その自信が、あの者のたちを見ていると揺らぎはじめるのです。確かだとおもっていたことが、確かなことなど何もないとおもえてくるのです。このようなことははじめてです」

「闖入者がこの世界に紛れ込んできたことによって、変化が生じたのかもしれません。考えてみれば、この世界の生きものは、流れ着いた種が祈りの里のものたちの祈りによって成長し、生きものが生まれて、瞬時に姿を消して、定着するべき場所に現れる。祈りの里と祈りの姫の存在は、伝説として語り継がれ、その伝説がこの世界に生きる生きものたちの共通の記憶となり、世界を一つにまとめています。姫は祈りの里の限界域を越えてしまわれた。ディジュとロージェも、本来なら乾いた地より先には進めなかったはずなのに草原の地へ突入することができた。ガブニとボナもそうです。これらは、闖入者とかかわったせいではないでしょうか」

「では、動かざる者は?」

「あのものは、目覚めなければただの洞窟。目覚めさせたのは千早という闖入者です」

「なるほど」

 ミレーゼはぐったりと肩を落とした。

「このまま闖入者たちと行動を共にしていいものでしょうか」

 エルリラが答えようとしたとき、前方で紡が大声を上げた。

「わあああああ。たいへんだあ。王様が!!」

 ミレーゼは何事かと首を伸ばした。

「いったい、どうしたのです」

 驚いてミレーゼが駆けつけると、バーツラフが流れる砂の川に頭だけ出して、浮いたり沈んだりしながら、どんどん流されていた。

「足元の砂が動いていたんだけど気がつかなかったんだ。アッと思った時には足から砂の流れに持っていかれちゃって」

 紡が焦りながら答えていると、足の下の砂がさらさら動いてずぶずぶ沈んでいく。

「うわああ。下がって。ここも危ないよ」

 じたばたしている紡の腕を、ミレーゼが引っ張って安全なところまで下がった。千早はどうしているのだろうおもってミレーゼが首を巡らせてみると、流れからずっと離れたところを、流れに沿って全力で走っていた。

「バーツラフ。大丈夫か。泳げ」

 自分は泳げないものだから、助けに飛び込む気はもうとうないらしい。しかし、バーツラフの身が心配なのは本当らしくて、声だけはかけている。紡は千早に向かって叫んだ。

「パパ。王様を助けてよ。王様が溺れちゃうよ」

「だってツムグ。僕は泳げないんだってば」

「何とかしてよ。パパはおとなでしょ」

「おとなだってできることと、できないことがあるんだよ。ツムグは学校の授業で泳ぎ方を習ったんだよね。泳げたよね。ツムグが助けに飛び込んでよ」

「ウソ! だって、ぼくは小学四年生なんだよ? こんな子供が、おとなを助けられるわけないでしょ」

「ツムグならできるよ。だって、ツムグは奇跡の子供なんだから」

「ちょうしいいこと言わないでよ!」

「早くしないとバーツラフが砂に溺れちゃうよ」

 千早が急かすが、紡にだってそんな勇気はない。

「ケラケラ。どうするボナ。王様を助けに行くか?」

「キヨキヨ。どうしようかしら。あの闖入者はツムグと違って、わたしたちと同じようなものだから、ほおっておいても平気なのよね」

 ガブニとボナの冷めた会話が聞こえたわけでもないのだろうが、だいぶ先を流れていくバーツラフの大声が届いた。

「者ども! 余を助けぬか。砂が耳の穴や鼻の穴に入ってたまらん。ぐずぐずするでない」

「ケラケラ。オレ、やっぱり助けに行くのやめる」

「キヨキヨ。わたしもやめておくわ。そんな気になれない」

「うわああ。助けてあげてよ。ガブニとボナ。王様が死んじゃうよ」

 ん? 王様が死ぬ? まてよ? 王様って、千八十年前に死んでいたんだったよね、と思い至って、紡は肩を落とした。一度死んだ人間は、ふつうは二度は死なない。でも、ここは自分たちがいた世界とは違う。ということは、もしかしたら、王様はこの世界でも死ぬかもしれない、と思い直して、ふたたび慌てだした。

「いやいやいや。やっぱり助けてよ。ガブニとボナ」

 紡が頼むので、ガブニとボナはどうしようかというように顔を見合わせた。すると、今度は千早の大声が聞こえてきた。

「わあああああ――! なんだ、あれは」

 声に驚いてそのほうを見ると、砂の川の中からクジラほどもある巨大なナマズが大きな頭をもたげて空中におどり出たところだった。

 ナマズの鼻の両脇の長いひげが鞭のようにしなってびゅんびゅん音をたてている。コククジラ(体長十三メートル)ぐらいありそうなナマズの体は、群青色のピカピカ光る鱗で全身を覆われていて、その鱗は金属のように硬そうだった。

 頭部が異常に大きくて、人間でいうと唇に当たる部分が分厚くて、しかもその唇は耳まで(ナマズに耳はないのだが)裂けていて、目は小さく、目と口の真ん中に釘で開けたように小さな点が二つあるが、それはどうやら鼻の穴のようだった。

 見た瞬間は恐ろしかったが、「ひゃあああ。闖入者じゃないか。珍しいなあ」と高音のキンキン声でいわれて、恐怖はいっぺんに消えてしまった。ガブニとボナが走り寄ってナマズに声をかけた。

「ケラケラ。おれ様はガブニってんだ」

「キヨキヨ。わたしはボナよ」

 ナマズが砂の川から身を乗り出して、川でいったら浅瀬にあたるところに顎を置いた。

「ガブニとボナ? 変わった名前だな。おいらは砂の川のものってんだ。おまえたちは砂の大地の生きものじゃないだろ。どうしてこんなところにいるんだい」

 砂の川のものが二本のひげを楽しそうにくるくる宙に舞わせてガブニやボナ、紡、ディジュ、ロージェ、ミレーゼと順に見まわす。

「ぼくは桃井紡といいます。お願いです。砂を流されていく王様を助けてください」

「王様?」

「ほら、あそこ。流されている人がいるでしょ。あの人を助けてほしいんです」

 紡が指さすほうを見た砂の川のもののひげが、さらに楽しそうにくるくる踊る。

「ひゃあああ。まだいたのか。おや、あそこを走っているのも闖入者じゃないか。へえええ。ほんとうに珍しいなあ」

「走っているのはぼくのパパですけど、気にしないでください。それよりも、王様を」

「慌てなくてもいいさ。流されている闖入者は、おいらたちと同じようなものだから、ほおっておいてもいいだろう」

 それよりも、といって砂の川のものは、顔を上下で二分割するような大口をパカッと開けた。肌色の口の中が丸見えになった。上顎と下顎の内部は、白い骨が船のキールのように規則正しく並んでいて、喉の奥はぴったり閉じているので、口の中全体が球形のホールみたいだ。その口の中に、たくさんの子ナマズたちがひしめいていた。子ナマズの鱗は親ナマズのような金属的な群青の鱗ではなく、柔らかそうな水色をしていた。子ナマズたちが、紡たちを見ていっせいに騒ぎ出した。

「キャワキャワ。お父ちゃん。この人たちって、闖入者なの?」

「キャワキャワ。お父ちゃん。闖入者ってなあに?」

「キャワキャワ。ねえねえ、お父ちゃん。どうして、この人たちには鱗がないの」

「キャワキャワ。でもさ、お父ちゃん。あの赤い小さな生きものの体の横には四本のひげがついているけど、あのひげは短くてかっこわるいよね」

「キャワキャワ。でもでもお父ちゃん。こんな生きものは砂の川にはいないよね」

「キャワキャワ。お父ちゃん。見てよ。この小さい生きものは、ピョンピョン跳ねてケラケラいってるよ。かわいいね」

「キャワキャワ。お父ちゃん。お口の外に出てもいい? お外に出たいよ」

 子供たちは、てんでに囀りだして、外に出たいと騒ぎ始めた。

「お口から出たらだめだよ。おまえたちの鱗はまだ柔らかくて砂に負けて傷ついてしまうから、お父ちゃんみたいに硬い鱗になってから、お口から出してあげるよ」

「キャワキャワ。つまんないなあ」

 つまんないなあ、と騒がしく合唱する。紡は砂の川のものの口のそばに歩み寄って、子供たちを覗き込んだ。

「こんにちは。ぼくはツムグっていうんだよ。かわいいねえ。君たちは、お父さんの口の中で大きくなるの?」

「キャワキャワ。そうだよ。ぼくたちは、お父ちゃんのお口の中で大きくなるんだよ」

「そうなんだ。お父さんが子育てしてるんだ。ぼくのところと同じだね。ぼくのお父さんは、あそこにいるよ。ほら、必死に走っているでしょ。あれがぼくのお父さん」

「キャワキャワ。どうして走っているの」

 一番前にいた子ナマズが訊いた。

「砂に流されている王様を助けようとしているんだよ」

「キャワキャワ。あ、ほんとだ。誰か流されているね。お父ちゃん。助けてあげてよ」

 キャワキャワお父ちゃん助けてあげて、と子供たちがいっせいに騒ぎ出した。

「おまえたちがそういうのなら、助けてあげようか」

 キャワキャワ、ワーイワーイ、お父ちゃん、かっこいい! と短いひげを振り回して喜ぶ子供たちに、砂の川のものは相好を崩した。というような顔をした。子煩悩な砂の川のものは、何メートルもあるひげを器用に操って紡たちをからめとり、次々に頭の上に乗せていった。ミレーゼの番になったとき、砂の川のものは、ひげを梯子のように縒り合せて、うやうやしくミレーゼの足元にさしだした。

「もしや、あなた様は、祈りの里の祈りの姫ではございませんか」

「そうです。わたしは、祈りの姫。名はミレーゼといいます」

 砂の川のものは、感に堪えないというように身を震わせた。

「おしゃべりな風が砂の地を吹き渡りながら、姫がこの世界をめぐっていると話していました。伝説として伝わっていた祈りの里の祈りの姫に会えるなんて、なんという光栄でしょう。ほんとうに、この世界の命を生み出す里が実在していたのですね。われらは、あるべき場所から出ることができず、あるべき場所以外の世界を知ることができません。悠久の時の中で、まれに出現する闖入者が、この世界に変化をもたらすとき以外は、悠久の時が流れていくばかりです。おいらが、こうしてミレーゼ姫やお連れの方々と会うことができたのは、三人の闖入者のおかげなんですね。さあ、おいらの背中にお乗りください。砂を流されていくお連れを助けてあげましょう」

「ありがとう」

 祈りの姫に出会えて身を震わせて感激している砂の川のものに反して、ミレーゼは暗い顔つきのままひげの上を歩いて砂の川のものの頭に乗った。

「腰を下ろしていてくださいよ。とばしますからね」

 大口を開けたまま、砂の川のものは、頭を砂の川の上に出して、ヒレでぐいと川の上に身を乗り出した。何メートルもある二本のひげを鞭のようにしならせて砂の川の表面を叩く。すると砂の川のものの体がびゅううーんと宙を飛んだ。

「キャワキャワ。お父ちゃん、すっご――い!」

「キャワキャワ。お父ちゃん、はっやあ――い!」

 子供たちが父親の口の中で歓声を上げて大騒ぎをする。川のほとりを走っていた千早が、盛んにこぶしを握って振り回しながら、こちらに向かって何かわめいている。

「ぼくのお父さんも乗せてあげてください」

 紡が頼むと、砂の川のものは、「いいとも」といって片方のひげを振り回し、千早をからめとって、ひょいと紡の横に置いてくれた。

「よかったねパパ」

「いつもツムグばっかりいい思いばかりしてさ、なんだよなんだよ」

 大汗をかいて拗ねる千早に、紡は肩をすくめただけだった。


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