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笑うバーツラフ  作者: 深瀬静流
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あ、おにいさんたち、どこ行くの

「おにいさんがディジュで、おねえさんがロージェだったよね。いま柵の中っていったよね。それは、どういうところからきた呼び名なの」

 二人は、どう答えていいのかわからない様子で顔を見合わせた。そして、ディジュが考えながら口を開いた。

「俺たちは柵の中で暮らしていたからだ。柵の中で暮らしているものは、みんな柵の中と呼ばれているんだ」

「柵の中という村なの?」

「村?」

 ディジュとロージェが首をかしげた。

「ほんとうに、なにも通じないんだ」

 紡はため息をついてから、気を取り直して二人にいった。

「ところで、おにいさんとおねえさん。いいかげんに離れてよ。いつまで抱き合っているんだよ」

 ディジュとロージェがびくっとして、さらに強く抱きあった。

「もう二度と俺たちは離れない。こんど捕まるときは二人一緒だ。なあ、ロ、ロージェ」

「ええ。わたしが甦ったのは、ディ、ディジュ、が祈りの里から苗木を盗んで、強く強くわたしの誕生を願ってくれたからですもの。でも、二度は無理だわ。だから、生きるも死ぬも、こんどは一緒なの。ねえ、ディジュ」

「そうとも。二度と離れるもんか」

 そういって、二人はさらに強く抱きあった。蝶のエルリラがミレーゼの頭の上で気難しげに羽をひらひらさせて口をひらいた。。

「祈りの里から苗木を盗むことに成功したものは誰もいなかった。我らから逃げおおせたものも初めてだ。なぜ苗木を盗もうなどと大それたことを考えたのだ」

 エルリラの重々しい口調にディジュが叱られたような顔をした。

「俺たち柵の中のものたちは、飼育者に飼われているんだ。飼育者は定期的に柵の中のものたちを網で掬って持ち帰るんだ。収穫されたものは二度と帰らない。さまざまな世界を自由に行き来できるのは、おしゃべりな風だけなんだけど、情報を伝えてくれるおしゃべりな風たちも、世界の境界線を恐れて柵の中には近づかないから、だれも本当のことはわからないんだ」

 ディジュが言葉をきってロージェを見つめながら続けた。

「ロージェが網に落ちたから、俺もロージェのあとを追っていった。でも、あまりにも大勢の人たちが、網の上でうごめいていてロージェを見つけることができなかったんだ」

「わたしは収穫されたけど、ディジュの声が聞こえたの」

「俺は叫んだんだ。祈りの里にたどりついて、必ずロージェを蘇らせるって」

「ええ。聞こえたわ。わたしは収穫されて殺されてしまったけど、ディジュを信じたの。わたしは必ずディジュに会えるって」

 二人はこれ以上強く抱き合えないというように抱きしめ合った。

 紡は真っ青になった

「人を収穫して殺すだって!? 人を収穫するって、なにそれ! どうしてそんなひどいことをするの。どうして逃げないの。 どうして戦わないの。みんなで団結して、抵抗すればいいのに!」

 紡の叫びに、ディジュとロージェがきょとんとした。

「戦う? 団結? 逃げ出す、とは、どういうことだ」

「わたしたち柵の中のものは、ずっとそうやって飼育者に飼育されて収穫されてきたんですもの。昔からそうだったし、これからもそうだわ。わたしたちは、そのためにあるのだから、逃げるなんて、考えたこともないわ」

「それは間違っているよ! 昔からそうだったなんて、そんなこと、あっていいわけないよ。どうして、そんなことを受け入れられるの。どうしてそんなことが許せるの。どうして、自分たちは殺されて当然だとおもったりするの。人は、誰からも傷つけられてはいけないんだ。だれも傷つけてはいけないんだ。飼育者のしていることは、悪いことなんだ。いいことと、悪いことが、どうしてわからないの。許されないことなんだよ。なんで! どうして!」

「なんで?」

 ディジュが呟いた。

「どうして?」

 ロージェも呟いた。ふたりは紡から疑問を突きつけられて顔を見合わせた。ディジュが首をかしげた。

「なんで殺されて当然なんだろうな。ずっとそうだったから、そういうものだとおもっていた。あたりまえのこととおもっていたんだけど……」

「ええ。わたしもよ。でも、嫌だったのは確かだわ。怖いし、恐ろしいし、でも、ずっとそうだったから、諦めていた……」

 戸惑っているディジュとロージェに追い討ちをかけるように紡は声を張り上げた。

「考えてよ。考えるんだ。なぜ! どうして! 納得がいくまで、答えが見つかるまで、考えて。そんなことは望まないのに、どうして網で掬われて殺されなくてはいけないのか、その理由を考えてよ。納得がいかないなら、それは間違っているということなんだよ。おねえさんは、いまこうしておにいさんと一緒にいるけど、ほかの人たちは、今も網で掬われて殺されているんでしょ。自分が助かったら、ほかの人たちはどうでもいいの。助けたいって、思わないの?」

「助ける?」

 さらに不安が増したようにディジュが眉をひそめた。

「助けるなんて、考えたこともないわ。どうやっていいかわからないわ」

 途方にくれたようにロージェがディジュにしがみついた。

「だから。いつまでもくっついていないでよ。いいかげんに抱き合うのはやめてよ」

 紡にわめかれて、ディジュとロージェは、ぱっと離れた。しかし、手はつないだままだ。

「余が力を貸そうではないか。余は、ボヘミアを何度も戦火から守ってきた英雄である。余を柵の中という村に案内せよ」

 千早を追いかけ回すのに飽きて戻ってきたバーツラフが、ゼイゼイしながら口をはさんできた。剣を腰に戻すのを確認してから、これまた千早のほうもへとへとなってよろめきながら戻ってくる。

「おい、バーツラフ。おまえ、かつては英雄だったらしけど、これくらい走っただけで息が上がるなんて、運動不足なんじゃないのか」

「しかたあるまい。千八十年も惰眠をむさぼっていたのだ。しかし、これからは違うぞ。思う存分動きまわってやる」

「せいぜい頑張るんだね。僕のことは千早でいいよ。でも、僕はおまえのことは王様とは呼ばないからな」

「まだ言うか! 打ち首だ」

 バーツラフが再び剣を抜いた。千早が疲れた笑いをうかべながら両手をひらひらさせてディジュとロージェに近づいた。

「ねえ、ディジュ。きみは、祈りの苗木でロージェを甦らせただろ。それって、祈りの力なのかい。祈れば、だれにでも、死んでしまった人を復活させられるのかい」

 ディジュは千早が、ただの好奇心できいているのかと思ったが、千早は真剣だった。しかも千早の瞳は暗く、なにを考えているのかわからない光を放っていた。

「誰にでもできるというものではないよ。祈りの苗木を盗めたのは俺だけだと蝶のエルリラが言っていたように、生半可な気持ちでは成し遂げられない。命がけだ」

 そうなのだろうと千早はおもった。この世界に紛れ込んだとき、死にもの狂いで走っていたディジュを見たが、その走り方は尋常ではなかった。でも、不可能ではない。千早は密かに胸の奥に小さな計画を抱いた。

「ディジュとロージェよ。余を柵の中とやらに案内いたせ」

 バーツラフも彼らの会話に加わってきた。

「ケラケラ。柵の中に行くつもりかい。王様」

「キヨキヨ。戦うの? 王様」

「余は、ボヘミアの王である。苦難に喘いでいる民があれば、みごと敵を打ち破ってくれる」

 バーツラフは勇ましく剣を振るって見せた。千早が紡の耳元に口を寄せた。

「バーツラフってさ、民族の危機のときには蘇って、眠っている彼の騎士たちを呼び起こして外敵を打ち破り、民族を守るといわれているんだよね。でも、それって、伝説だからね。伝説ってさ、死んだあとに人々が適当につくちゃうんだよね。だから、バーツラフの言うことなんて、信用できないよ」

 千早のひそひそ声がバーツラフの耳にも届いた。

「千早とやら。跪いて首を伸ばせ。その首、たたっ切る」

「偉そうに。あんた、千八十年前に、町の教会に入るところを、弟のボレスラフに殺されたんだろ。聖ヴィート大聖堂はチェコ人の信仰の中心にあって、聖バーツラフ礼拝堂は、もっとも神聖な場所として人々の信仰の対象になっているっていうけど、そんなものは、もとの世界の話だよ。ここでは王様なんかじゃない、ただのバーツラフだ。だから、偉そうに王様ぶったりするなよな。ツムグも王様なんて呼ぶんじゃないぞ」

 みるみるバーツラフの色白の顔に血が上った。怒りで唇がわなわな震える。

「うううーむ。ボレスラフのことなど言いだしおって。よほど、その首を落とされたいとみえる」

 緑色の瞳が怒りで赤く光りだした。

「憎っくきボレスラフ。ボヘミアは小国で、どれほど近隣諸国に脅かされていたことか! 父王が亡くなったあと、母親のドラホミーラが摂政となり、余と弟のボレスラフは祖母のルドミラに育てられた。母と祖母の権力争いが表面化し、それが国を二分する争いにまで発展し、余をかわいがってくれた祖母は殺されてしまった。

 余は王位について近隣諸国との融和をはかることに成功し、民の暮らしを豊かにするためにさまざまな政策をなした。それなのに、九百三十五年九月二十八日、忘れもしない、町の教会に入ろうとしたところを、ボレスラフが襲撃してきたのだ。ううぬ! ボレスラフめ」

 当時を思い出して、バーツラフはぎりぎりと歯を擦り合わせた。

「権力争いか。よくあるよね。時代劇のドラマでみるよ」と、千早は少し同情した。

「そうなのだ」といって、バーツラフは剣を収めると、疲れたように肩を落とした。

「当時ボヘミアは、キリスト教ではなかったのだ。母は自然崇拝者で、祖母は熱心なキリスト信者だった。余は祖母からさまざまな教育を受け、キリストの教えも受け継いだのだよ。王の座に着くと奴隷を解放し、異教の殿堂を取り壊し、キリスト教の養護に力をそそいだ。葡萄の栽培を推進し、聖ヴィートの建設に取りかかったばかりだったというのに」

「葡萄の栽培も聖ヴィートの建設も、おおきな国家的事業だよね。王として、やらなくてはならないことがいっぱいあったんだね。弟に暗殺されたなんて、悔しくて成仏できないよね。わかるよ。わかるなあ」

 千早の相槌は、居酒屋での後輩の愚痴を聞くときの軽さだったが、バーツラフはすっかり長年の心のしこりを話すことに夢中になった。バーツラフはしゃがみこみ、本格的に愚痴りだした。

 いっぽう、ミレーゼと紡は、恋人達とガブニとボナも交えて話しこんでいた。

「飼育者って、どんなふうなの。おにいさんは見たの?」

 紡はディジュに尋ねた。

「俺は見ていない。逃げるのに精いっぱいだった」

「おねえさんは? 飼育者に掴まったんでしょ」

「掴まったんだけど、よくわからないの。なんて言ったらいいのかしら。山のような、丸太のような、うまく言えないわ。それが動くと空が見えなくなるから、そうとう大きいのでしょうね」

「大きすぎて全貌が見えないということなのかな」

 あまりにも漠然としているので、どのように対処して作戦をたてていいのかわからない。紡は頭を抱えて考え込んだ。

 ディジュとロージェはそんな紡を見守った。ガブニとボナはひそひそ会話をはじめるし、祈りの里しか知らなかったミレーゼとエルリラは、これまでを振り返って、この世界の在り方に驚いていた。

 川上のもの。川下のもの。動かざるもの。おしゃべりな風。柵の中と柵の中の人々。飼育者という悪しきもの。

 善と悪という概念を知らないミレーゼであったが、初めて知る世界のありさまに歪みは感じることができた。

 この世界は、祈りの浜に流れ着いた種を、祈りの里の娘たちが畑に植えて世話をし、愛するものを授けてほしいと念じるおおぜいの願いを受けて祈り続けるうちに、種は芽を出し成長し、やがて黄金色の果実を実らせて生きものを生み落とす。

 生きものは人とは限らない。この世界のありとあらゆる生きものが誕生する。生まれた生きものは、陽炎のように消えて、そのものがあるべき場所に出現する。自分が属する場所に縛られてその場所で一生を終えるのだが、それがこの世界の生きものの在り方だ。

 いままでミレーゼは、種がどこから流れてきたのか考えてみたことはなかった。種は、ただ、祈りの浜に流れ着く。それだけだ。でも、紡は考えろといった。なぜ。どうして。と、いった。そう、種は、どこから流れてくるのだろう。

 ミレーゼは、困ったように銀色の眉を寄せた。考えるという習慣がなかった。いや、そうではない。考えるということそのものを知らなかった。考える。なにを、どうやって考えろというのだ。考えるということそのものがわからない。

「エルリラよ。そなたは命の種がどこから流れてくるのか知っていますか」

 ミレーゼはエルリラに尋ねてみた。

「いにしえよリ種は流れ着くもの。ただそれだけ」

 重々しいエルリラにそういわれて、ミレーゼは黙り込んだ。ミレーゼもエルリラと同じで疑問ももたず、あるがままを受け入れていた。でも、ほんとうに、種はどこから流れてくるのだろう。あの、祈りの浜からのぞむ海は、どこまで広がっているのだろう。どうして我ら祈りの里のものたちは、祈りの里から出られないのだろう。だれがそのように決めたのか。

 ミレーゼは混乱していた。ミレーゼの髪に止まっているエルリラの羽は動かない。エルリラはどうおもっているのだろ。

 恋人たちや、バーツラフや、ガブニやボナ、そして千早という男。彼らが語っていたことも驚くことばかりだ。紡は、パパとママが結婚してぼくが生まれたといっていたが、結婚というのがどういうことなのかはさておき、人が人を生み落とすのだとしたら、なんと恐ろしいことだろう。どれほどの苦痛と代償を払うのだろう。

 ミレーゼは、この世界では命が祈りによって誕生することを良いことだとおもった。ミレーゼの混乱は収まってはいなかったが、祈りの力でこの世界に生きものを誕生させている、祈りの里の一族であることを誇りにおもった。

「エルリラよ。この世界は、どうやら謎に満ちているようですが、わたしたちが祈りの里の一族であることを誇りにおもいましょう」

「姫のお心のままに」

 エルリラが重々しくこたえて、透き通る銀色の羽を緩やかに動かした。

 千早とバーツラフは砂の上に腰を下ろしてすっかり話しこんでいるし、ガブニとボナは泉の水にもぐりっこして楽しそうに遊んでいる。紡とミレーゼはかみあわない会話をはじめた。ディジュとロージェは抱きあったまま、そろそろと彼らから遠ざかりだした。

「行こう。ロージェ」

「ええ。二人で暮らすのにふさわしい場所を探しましょう」

 あたりを見回すが砂の平地はどこまでも続いている。平坦な地形に変化をもたらしているのは、紡が目に留めて鳥取砂丘みたいだといった広大な砂山だった。

「あの砂山の頂に上れば遠くまで見渡せる。この砂の地を出る方向がわかるかもしれない」

「そうね。行きましょう」

 二人は歩き出した。

「あっ。おにいさんたち、どこ行くの」

 紡が目ざとく見つけて二人に向かって叫んだ。ディジュとロージェが脱兎のごとく走り出した。

「まってよ、おにいさんたち。柵の中の人たちを助けないで行っちゃうの」

「助けるなんて無理だ。飼育者にかなうわけがない」

 ディジュが走りながら叫び返した。

「わたしたちをほおっておいてちょうだい。お願いよ」

 ロージェも追ってくるなといわんばかりに叫び返してくる。

「ずるいよ。自分たちさえよければ、それでいいの」

 紡はこぶしを振り上げて怒った。

「ものども追え。遅れをとるな。走れ!」

 バーツラフが叫んで猛然と恋人たちを追いかけはじめた。弾かれたように千早がそれにならう。ガブニとボナも慌てて泉から出て走り出した。

「わああ。みんな、どうしてぼくを置いて行くの」

 遅れをとった紡もわめきながらあとを追う。砂は走りづらく、くるぶしまでもぐるのでなかなか進まない。体力ばかり消耗する。平坦地はまだいいのだが、砂山の斜面にかかったあたりで、がくんと紡のスピードが落ちた。足を乗せたとたん、砂が崩れて体が元の位置に戻ってしまうのだ。

 力のあるディジュは、ロージェの手を引いてぐんぐん砂山の頂上を目指していく。そのあとを追うバーツラフも、これまた軽々と砂を蹴って追いついていく。千早はぜいぜいあえいでいるものの、頑張って着実に高度をかせいでいるし、ガブニとボナは砂の上を飛ぶように登って行く。

「待って、パパ。置いていかないで」

 紡は夢中で足を動かしながら千早を呼んだ。足を前に出しても出しても、砂はさらさらと崩れて紡を元の場所に押し流してしまう。たちまち疲れて体が重くなり、息が苦しくて声もでなくなってきた。

 どうしてぼくの父親は、ぼくのことを簡単に忘れてしまうのだろう。いつもいつも、ぼくは置いてきぼりだ。そうおもうと悲しくて悔しくて泣きたくなってくる。どうして、ぼくのパパは、普通のパパじゃないんだ!

 とうとう紡は、その場にしゃがみこんで泣きだしてしまった。

「うわあああ――――んん。こんなのいやだ。自分たちの幸せしか考えないおにいさんとおねえさんも嫌いなら、すぐ首を切ろうとする王様も嫌いだあ。ガブニとボナは友達だとおもっていたのに、先に行っちゃうなんて、友だちじゃないよ。中でもパパが一番嫌いだ。ぼくの親なのに!」

 ガブニとボナが慌てて駆け戻ってきた。

「ケラケラ。泣くなよツムグ。わるかったよ。おまえが子供だってことを忘れてたんだ」

「キヨキヨ。そうよ。ツムグがこの世界の住人じゃないってことをうっかりしていたのよ。さあ、わたしたちがツムグを助けてあげるわ」

「小さなカエルとカニが、どうやってぼくを助けてくれるっていうんだよ。うわあああ―――ん」

「ケラケラ。おいボナ。踏み台になれ」

「キヨキヨ。ええ。まかせて」

 五センチくらいの大きさしかないボナが八本の細い足を砂の中に埋め込んで両手の爪を目玉の前で組む。その爪と甲羅に手足を乗せた体長十センチのガブニが、餌を捕獲するカメレオンのように舌をビューンと伸ばして紡の後ろ首にピタンと着けた。舌は吸盤のように肌に吸い付く。ガブニのまん丸なお腹の真ん中にはまっているムーンストーンの石が光りだした。と、同時に、ボナの背中の甲羅に埋まっている黄色い琥珀も光りだした。ガブニとボナが力をこめるにしたがって、白い光と黄色い光の強さが増していく。眩しい光ではあるが、目を開けていられる眩しさなので、紡はなにが起こるのかとおもって目を見開いていた。

「ケラケラ。いくぜ、ツムグ」

「キヨキヨ。手足を丸めていなさい」

 ガブニが舌をムチのようにしならせて一振りしたとたん、紡の体は空中を飛んでいた。

「うわああ――! すっご――い」

 ガブニとボナが、紡が飛んでいった方向に向かって飛ぶように砂の上を走った。紡は一瞬で十五メートルも砂山を飛んでいた。紡が着地する前に追いついたガブニとボナが、さきほどと同じように連携してまた紡を飛ばす。それをさらに三回繰り返した。

「なんだよツムグ! ひとりだけ楽をしてさ」

 千早の頭の上を通過したとき千早が喚いたが、紡は大汗をかいてへとへとになっている千早をいい気味だとおもった。

「ぼくに父親はいなくても、ぼくにはぼくを助けてくれる友達がいるんだ! やっぱり友だちが一番大切なんだ!」

「なんだとツムグ。父親がいないなんて僕にむかって子供のくせに、たいした嫌味を言うじゃないか。誰の稼ぎでプクプク育っているとおもっているんだ!」

「子供を育てるのは親の義務だよ。それがいやだったら、子供なんかつくらなけりゃいいんだ。ぼくは産んでくれって頼んだ覚えはないよ」

「おまえはいつからそんな親不孝なことを言う子供になったんだ。命がけでおまえを産んでくれたママに、そんなことが言えるなら言ってみろ!」

 紡ははっとした。みるみる気持ちが冷めていった。ガブニとボナがそっと紡を斜面に下ろした。ディジュとロージェも足をとめる。

 紡はのろのろと急な斜面に立ち上がった。しかし、反抗的な表情は変わらなかった。


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