母ちゃんの子 ジェイ
休憩時間がずれた事で、久しぶりに時間も気持ちも余裕があリ、書きやすいものを更新です。
書いてたせいで、急ぎ今から昼食かきこみます。
俺はいっつも思っていた。
いつか俺も死んだやつらと同じように簡単におっちんじまうんだろうとさ。
俺が大事に大事に、この手で握ってなくさないように必死で守るものなんて、ただの一つも残ったためしがないこの島で、俺も簡単にただ生き、ただ死んでいくんだと思っていた。
島のそこいらじゅうに、猫や犬や鳥なんかの死体と同じように、島の大人や子供の死体も同じように転がってるのが当たり前の景色の中で生きてきたんだ、あの時まで。
俺たち子供ができる割のいい仕事の一つが、生まれたばかりのいらない赤ん坊や、それよりちょっとばかり大きくなった赤ん坊をいなくさせる仕事だった。
さすがに一番無防備な赤ん坊を、自分では殺せない母親もそれなりの数はこの島にもいた。
それより上のいらなくなった子供達は、俺達の手をわずらわせずとも、さまざまな事でいなくなるから俺達の出番はない。
特にこの下区の子供であればなおさらのこと。
赤ん坊は殺せないと俺達に渡すその手で、何とかちゃんと奇跡的に育った自分のガキを、自分の勝手なやつあたりで簡単に殴り殺しちまう事も多いのを見て、俺には母親というのは余計わからなくなった。
遠い国にいってる仲間の一人が良く言ってた。
俺達子供の弱点はどんなにスレた奴でも「親の持つ魔法」でなぜが親に逆らえないし、ちょっとこっぱずかしいが好きだったりするんだよなぁ、と言っていた。
上区の連中だってそう変わらない。
淘汰される子供の数が違うだけだ。
俺達島の子供は生きる為に小魚の群れのように、ひとかたまりになって生きてきた。
それぞれのテリトリーをまもって、特に俺のいるグループは、この島で一番の力を誇っていた。
みな、ちゃんと現実というのを知ってるとびっきりの奴らだ。
大人になんか食い物にされない強かな最高な悪ガキどもだ。
その中にはちゃんと小さいけど俺の弟もいる。
名前は俺がつけた、ジェイジェイだ。
俺がジェイだからな、ジェイジェイだ、最高にいかしてる名前だろう。
俺があの母親だというあばずれから守り、おしめを変えいろんな奴らから仕事を受けるかわりに乳を貰って育ててきたんだ。
背中におぶうと俺の体半分までくるんで、仲間のキオなんかによく指をさされて笑われたもんだ。
みんなも仕事を一緒にしてくれてジェイジェイはちゃんと育ってくれて、そう、ジェイジェイは俺達みんなで育ててたんだ。
みんなそれまで着のみ着のまま、疲れたらそこらの土の上、浜辺などそこら中で気にもせず寝てたけど、ジェイジェイの面倒を見るようになってから、ほったて小屋を手に入れた。
その小屋にいたくたびれたおやじは酒一瓶で手をうったくせに、こちらがちっせえガキだと侮り、俺等を追い出そうとしたんでみなで殺した。
酒やクスリでラリってるそいつに体にでかい俺が必死でくみついて、よろけて倒れ込んだところを舟をつなぐロープでみんなで苜をしめた。
子供が大人に反撃する昔から伝わる島のやり方だ。
ジェイジェイがハイハイを始めると、俺達はこの小屋を初めて頑張って掃除した。
俺は知らなかった、本当に何も知らないただのガキだった。
ジェイジェイは俺達の誰より丸々と太っていた。
貰い乳を沢山飲みすくすく育った。
俺達はそんなジェイジェイのみせるいろんな姿に幸せというものをはじめて知った。
絶対にこのまま守ってみせると笑い、誓いあっていた。
けれどもジェイジェイがとことこ歩き出し俺達の事を「ネェ~、ニィ~」といいながら追いかけてくるようになると状況が変わった。
貰い乳ができなくなった。
歯の生えたジェイジェイに貰い乳をしてくれる母親がいなくなったんだ。
いくら頼んでもダメだった。
腹を空かせて泣くジェイジェイのために、いろいろ聞き回って食い物を用意した。
俺達は一生懸命用意した。
その中の何がいけなかったのか今でもわからない。
ある日ジェイジェイはひどく腹を壊した。
俺達はジェイジェイを抱え、いろんな大人達に初めて助けを求めた。
どんなにどんなに頼んでも誰も見向きもしなかった。
女の子の何人かは助けてくれるという呪術師のじじいに遊ばれただけで終わった。
ジェイジェイは5日めに静かに死んだ。
ジェイジェイを撫でさする俺たちに綺麗な目を向けて死んだ。
みんな、ジェイジェイは最後も泣かない凄い赤ん坊だったと話し、沢山思いつくままほめて、ほめて、やがて黙った。
俺たちはそのあと泣いちまった。
あの海の中で、死ぬはずだったのに助かった赤ん坊を、母ちゃんが助けた赤ん坊を見ながら、俺はジェイジェイを思って泣いた。
今まで海に流した赤ん坊を思って泣いた。
ジェイジェイが死んだあと、俺は俺たちは赤ん坊を海に返す仕事を一度はやめた。
けれども道端に捨てられ死んでいく赤ん坊を何度となく目にしたあと、俺たちはまた仕事として復帰した。
島の言い伝え通り精霊の生まれる海の中にこそ、赤ん坊を返す方がいいと、道端で野ざらしにされるより、海の中に返すならば、一番幼いもの達ならば、大事に精霊に守られるんじゃないかと思ったんだ。
そういう時間をすごしていた俺達は、何で母ちゃんは日本という国からもっと早く来なかったんだと泣いたんだ。
あれから島は変わった。
外に出ていけるものはそのまま外に。
俺みたいにダメで戻ってくるやつも大ぜいいるけど。
母ちゃんが外に出る子供に必ず言う言葉の一つに「ちゃんと人にわからない事は聞け」というのがある。
俺は勉強はできなかったから、本土に出稼ぎに出た。
勉強の出来る、出来ないっていうのは頭の中のどっかとの相性もあるんだから気にすんな、と母ちゃんが言うから,俺達出稼ぎ組みはそうなんだと安心して外に出た。
島の外に出たあの大嫌いな勉強をしなくちゃならない、ちょっとだけ気の毒な仲間たちの為に頑張ろうと思いながら。
それとこれから続く子供の為に。
俺の働いていた工場はエビを海外に輸出する工場だった。
俺は1日16時間、朝早くから夜遅くまで働いた。
身体だけは頑丈だから働くのは平気だった。
仕事のためわからない事は沢山聞いた。
そのたびに面倒くせぇと殴られた。
何もいわないでも殴られた。
その中の一つ、なぜエビのエサに沢山の薬を入れるのかというのがダメでとうとうクビになった。
前に教えてもらった入れる薬の量が違っていたから聞いたんだが黙ってろとひどく殴られた。
殴る奴より俺の方がだんぜん強い。
けれど島の仕事だ、絶対に逆らわない。
島の足は引っ張らねー。
仕事を幾つかしたが、結局俺は島に戻った。
島に戻ってしばらくたった時、母ちゃんに「人に聞くというのは思ったよリ難しい」というと、シワの増えたその手で頭を軽く叩かれ「人の言葉がわからない生きものもまたいるのさ、恐ろしい事に人と見た目は変わらないのが、またたちが悪い」と、今度は俺の頭を撫でながら笑ってた。
「人が人である事を諦めなきゃ、その内いい事あるさ」って言ってたの、毋ちゃんだろが!
俺が後ろから母ちゃんに覆い被さり、頭上の攻撃ヘリコプターを見ながらニヤリと笑いかけながら母ちゃんをそう言ってからかうと、母ちゃんは振り返りもせず、そっけなく「そりゃ相手は人に限るもんさ、仕方ないよねぇ」とコロコロと笑った。
その片手は俺の仲間のクソったれだった親父を癒やすような視線で、そのくせ、こづきながら。
それを見てみんな笑ってる。
俺は幼い時簡単に死ぬんだろうと思っていた事を思い出した。
今、これから簡単に死ぬ事には確かに変わりはしないが、バカな俺には何と言えばわからないんだが、同じ死ぬでも、これがガキの時思い浮かべていた「死ぬ」と言う事と何か違う事はわかる。
同じような簡単な死なんだろうけど、心?心みたいなのがあったかい。
なあ、母ちゃんあんたにはわかるか?
聞いてみたい気がしたが、今は声を出すのも、もったいないと思った。
更に母ちゃんを抱きしめた時,遠い空の下にいる仲間を思った。
みな、優しい顔をして母ちゃんを抱きしめる俺を、母ちゃんに抱き寄せられるチビどもを見ている気がした。
綺麗な空だ。
あぁ、ジェイジェイみたいな綺麗な空だなぁ、この世界は母ちゃんの言う通りやっぱり綺麗だったんだな、そう思いながら俺の意識は途切れた。