第四章 出会い
ドルムントの火葬を終え、俺は2m程ある頭蓋骨をガルーダに持っているように頼み、また別の二匹の竜に山脈にいる竜たちと、大平原にいる市民を呼ぶように頼んだ。もう空は少し明るくなり始めていた。
少しして竜たちが戻ってきた。竜たちに囲まれる俺を見てダイルさんが話しかけてきた。
「やっぱり反旗を翻したな。なぜ俺たちを味方に引き込まなかった?」
「第13部隊が嘘だったら計画が水泡に帰すからです。将軍を殺した後に側にいた女の人に人質の解放を頼んだとき初めてあなたを信じました。すいません。」
ダイルさんはため息を吐いただけだった。その後俺はヨーギさんとダイルさんを引き合わせ、ナシカとアユヤ帝国の今後について話し合って貰おうと思った。
「ふざけるんじゃない!こんな人殺し共と暮らせるわけ無いだろう!」
無理な相談だったか…。
「申し訳ありませんでした。私たちも将軍に妻や竜を質に取られて逆らえなかったんです。」
ダイルさんは涙を浮かべながら第13部隊の境遇、将軍の悪行、奴隷の帝国民たちの現状を話した。ヨーギさんは黙って聞いているだけだったが、帝国の現状を理解したようだった。
「完全には許せない。私たちの中にもアユヤの侵略によって家族を失ったものもいる。アユヤの軍人にも家族を残して私たちの抵抗で命を落としたものもいるだろう。…時間をかけてお互いの傷が癒えるのを待とうか…。」
ヨーギさんが理解のある人でよかった。
「ジェノスはどうするんだい?」
ヨーギさんが尋ねてきた。
「この竜たちと俺で町を守りたいと思います。この町を守りながら争いのない世界を創りたい。」
俺の心は決まっていた。全てが終わった時が俺の最期だと。
「とりあえず第13部隊の人たちはアユヤ帝国に帰り、このことを話して下さい。アユヤ帝国の新しい将軍はアナタですよ、ダイルさん。俺は少し留守にしますから、しっかりと帝国をまとめておいて下さい。その後にナシカと合併します。一週間で処理しましょう。」
ダイルさんもヨーギさんも頷いてくれた。俺はドルムントの骨を一番仲の良かった竜、バルトに持たせガルーダの背に乗り、ノット島へ向かった。道中俺はガルーダに気になっていたことを尋ねた。
「何で勝手に融合が解けたんだ?」
「あなたの身体が私の魔法に耐えられる限界を超えたんです。私の魔法はあなたの体に負担になるんですよ。」
「しかし疲労感は無かったぞ?」
「はい、私と融合してますからね。あなたの体にかかる負担は、融合中は私が請け負っているんです。今までもゼロレインを使った後は凄まじい疲労感を感じたでしょう?」
「ゼロレイン?」
「あの光線のことです。かなり強力な魔法ですから負担も大きいはずです。つまりゼロレインを二回使えばあなたとの融合は解除されるということです。」
「なる程な、魔法を使った代償として俺の体に負担がかかり融合解除すると俺に返ってくるということか?」
「そうです。」
困ったぞ…。これから戦争が起きるとなると俺たちの融合が解けたときのために軍隊を作らねばならない。無駄打ちは出来ないし、一発が限界とは…。
「もっと早く言ってほしかった。それから…。」
俺はガルーダの頭を叩いた。
「何するんですか!?」
「軽率な事をしたお仕置きだ。」
「何のことですか…?」
「本当にわからないのか?ナシカの民を大平原に移動させただろ?もしアユヤ帝国軍がナシカを迂回して南に行く進路を海側ではなく大平原に取っていたらどうなった?全滅の可能性もあっただろ。」
「あ…。」
「だからお前に任せたのさ。」
ガルーダはシュンとしてしまった。軽率な行動を反省しているのだろう。
「とは言っても、ドラッゲンから竜を借りてきてくれたのはかなり助かったぞ。」
俺はさっき叩いた場所を撫でた。竜も恥ずかしさを感じるのだろうか?ちょっと照れているようだ。
ノット島に到着し、鬱蒼と茂る木々を抜けて、俺たちは長の前に立った。
「長、俺はあなたの大切な仲間を一人失ってしまった。」
俺はバルトに持たせたドルムントの骨を指差した。
「彼を故郷のノット島に埋めてあげたい。そのために来たんだ。」
長は頷き、埋めてやってくれと言った。俺がドルムントの骨を埋めてる最中、バルトは長にドルムントの勇姿を細かく話していた。
骨を埋め終わり、俺は墓標の変わりに剣を立てた。配られたアユヤの剣で申し訳ないが、これでドルムントが活躍してくれた闘いを忘れずに心に刻み込める。
俺は目を瞑り、手を合わせ、ありがとうと呟いた。長のところに戻ろうと振り向いた瞬間だった。
「お兄ちゃん!!」
そこには目に涙を溜めたリューンが立っていた。俺はリューンを無理矢理置き去りにしたのだ。数日しか経っていないがやはり寂しかったのだろう…。駆け寄って抱きついてきた。
「何で置いて行っちゃったの?一人になっちゃって寂しかったの。でもお兄ちゃんたちと会えて寂しくなくなったのに、何で!?私寂しかったよ…。」
細い腕を俺の腰に回して、頭を腹に埋めている。
「ごめんね、リューン。」
「嫌だ!連れていってくれなきゃ許さないもん!」
ナシカに連れていっても大丈夫か?しかし、いつ襲撃を受けるかわからないし、第一リューンに俺たちが人を殺しているという事実を受け入れられるとは思えない…が、いつかは話さなければならないことだし…。俺の考えが全くまとまらなかったので、ひとまずガルーダと長のところへと歩いた。そんなに距離はない100m程の道中でリューンが唐突に呟いた。
「手。」
「ん?」
「手。繋いで?」
俺が黙って手を差し出すとリューンは嬉しそうに握りしめた。
「手を繋ぐの、久しぶり。」
そうか…。この島には人間はいないもんな。
「俺と一緒に来る?凄く危ないし、本当に安全なところにいてほしいんだけどさ。やっぱり一人は寂しかったよね?」
リューンは目を見開いていた。
「いいの!?」
俺は頷いて、リューンの頭を少し乱暴に撫でた。ボサボサになった髪にリューンが手櫛を通している間に長のところへ戻ってきた。
「今までご迷惑をかけました。俺はリューンを連れていくことにしました。」
長は頷いただけだった。俺はもう暫く竜たちを貸してほしいと伝えたところ、それも快諾してくれた。
「また来ます。」
俺はガルーダの背に乗り、リューンはバルトの上に乗った。
「ドラッゲンさん、バイバイ。また来るからね。」
リューンも元気に手を振って別れの挨拶をした。
ノット島からナシカへと帰る途中、ガルーダのことを聞いた。以前から気になっていたが機会がなかったから聞きそびれていたのだ。
「そう言えば俺、ガルーダのことあんまり知らないな…。少し話してくれないか?」
「私のことですか?そうですね…。何を話せばいいのですか?」
「何からでも。ガルーダの思い付くままに話してくれればいい。」
「そうですね…。私は親の顔を知りません。」
そうだろうな。竜族は子の話をしないと言っていたし。
「竜族は雌雄同体と話したことを覚えていますか?」
「ああ。」
「雌雄同体でも雄と雌の意識はあるんです。因みに私は雌です。」
俺もガルーダを見たときに雌だと思ったからな。
「魔法竜だと子育てをする親もいるんです。全く魔法を知らずに産まれてくる子もいますからね。」
「ガルーダは知ってたってことか?」
「はい。それもゼロレインだけです。ドラクロアのコロニーは魔法竜のみで構成されています。」
「ドラクロアのコロニーってどこにあるんだ?行かなきゃならない場所だ。」
ガルーダは少し唸って首を振った。
「おかしいですね…。思い出せません。あまり忘れることはないんですが…。」
「ならいい。続けてくれ。」
「恐らく私は一匹の親から生まれたのと思います。そうでなければ私がゼロレインを使える説明ができないからです。」
「魔法竜ってどれくらいいるんだ?コロニーができるほどいるなら多いんだろ?俺の村では一人も召喚できなかったし、数も少ないと聞いていたが?」
「魔法竜はどんどん減っています。魔法竜同士で交尾しても魔法竜が産まれるのは四分の一です。誰が言ったのかは思い出せませんが、我々魔法竜の中にも野生竜の因子が含まれていてその因子の方が強くでるのです。だからドラクロアは魔法竜ですが、ドラードもドラッゲンも野生竜なのです。」
俺の聞いた話もあながち嘘ではなかったという事か。なら自家生殖をすれば二分の一で魔法竜が産まれるのか。そっちの方がドラクロアのコロニーにあってそうだ。
「私の友の竜で多彩な魔法を使う竜がいました。名をヴェルファーレと言います。私の尊敬する竜でしたが知り合って間もなく召喚されてしまいました…。噂を聞いていてようやく会えたと思って嬉しかったのです。魔法を教えてくれると約束したのですが…。」
「友として会えるといいな。ヴェルファーレと。」
「はい。」
「それにしても魔法は凄いな。魔法竜騎士は恐らく強敵ばかりだろう…。」
「そうとも限りません。魔法竜騎士…いえ、融合状態でも弱点はあるんです。」
「本当か!?もっと早く言ってくれなきゃ困るぞ…。」
俺は深く溜め息を吐いた。
「ごめんなさい…。」
「いいさ、まだ死んでないからな。教えてくれ。」
「はい、融合状態の弱点。そして唯一と言っても良いと思います。それは脳です。」
ガルーダが自身の頭を指差して言った。確かに融合状態では、ある程度の傷が素早く治っていくのを自分で体験しているからわかる。
「例えジェノスが心臓を貫かれたとしても、死なないと思います。傷が回復するまでは融合解除できませんが。しかし脳は別です。脳の構造は複雑過ぎて形だけを作り直せたとしても、中身つまり記憶まで修復できるかと言われれば疑問です。」
「肉体は朽ちずとも俺自身である保証はないわけか…。」
修復したとしても俺が俺自身でなければ意味がない。頭だけは守らなくては…。
「わかった。ありがとう、ガルーダ。」
「いえ、もっと早く話すべきでしたね。」
少しバツが悪そうな顔をしながら飛ぶガルーダを慰め、頭を撫でた。
「頭を撫でられるのは心地よいです。あ、ナシカが見えてきましたよ。」
俺の目でもナシカを確認できる距離になったときには、日が落ちそうになっていた。もうそんな時間か…。今日は飛びっぱなしでガルーダも疲れただろう。
「ジェノス?ナシカから少し離れた所に人がいます。流れ者でしょうか?」
俺には全く見えなかったがガルーダがそう言うならいるのだろう。俺はその人間と会うことにした。バルトには先に帰るよう伝え、俺たちは人影に近づき、漸く俺が確認できる距離になった瞬間だった。
「あの者は融合状態です!強い魔法力を感じます!」
「相手の目的がわからないからいきなり攻撃はできない。が、融合しているとは穏やかじゃないな。とりあえず俺たちも融合しておこう。」
暖かい大きな物に包まれるような感じがしてこの融合する瞬間が心地良い。
俺は様子を伺いながら相手に近づいた。
「その紅い髪…お前が『紅い悪魔』だな?会いたかったよ。」
いきなり何だこいつ?俺が『紅い悪魔』だと?
「何を言っている?俺には意味が分からない。それにお前は何者だ?ナシカに何をしに来た?」
「俺か?『漆黒の闘神』と呼ばれていると言えばわかるか?」
漆黒…黒い長髪、黒い鎧、爪は銀だが、瞳も黒い。確かにこいつは何から何まで黒で飾られている。それに闘神と言えばフブだ。
「フブか?」
俺は半ば確信のようなものを持って聞いた。端正で中性的な優しそうな顔とは裏腹にひしひしと強さが伝わってくる。
「知っているじゃないか。いかにも俺がフブ=ライアンだ。」
もっと筋骨逞しい男を想像していたが正反対の印象だ。こいつは細い絞り込まれた体をしている。
「そのフブが何のようだ?ナシカを襲いにでも来たのか?」
「お前は人の話を聞いていないのか?言っただろ。会いたかったと。」
「なら早く用件を言え。」
「お前と闘いに来た。」
いきなり本題に入ったな。こいつは何故俺と闘いたがるんだ?単なる戦闘狂か?いや、世界の覇権を争っていると噂されるこの男に限ってそんなはずはないだろう。恐らくナシカとアユヤを一辺に手に入れるつもりだろう。
ここまで考えて俺は気付いた。何故こんなに強い男が領土も持ったという噂も、用心棒の噂も今までなかったのかと。
「何故俺と闘いたいのか聞かせてくれ。」
「何故って言われてもな…。腕試しだよ。五年前位からだな。賊に声をかけては闘う…。それを繰り返してるうちに俺の名前はいつの間にか皆が知る名前になっちまった。こうなればその辺の賊なんか闘ってくれない。ガルシア王国のルルとも闘ったが引き分けちまった。登り調子だったルルと分けたことでまた俺の闘う相手が減ったんだよ。そのまま悶々してベルオーズの酒場で半年過ごした。そんなときだ。『悪魔が出た!あんなやつはフブ以来だ!紅い髪をした悪魔が俺の仲間をみんなやっちまった!』って酒場に飛び込んできた奴がいてな。」
「非常に勝手な言い分だ。強引に決闘を申し込んでおきながら卑劣な手段で勝ちを取ろうとする賊など野放しにはしておけない。」
「まぁそんなところだ。別に殺したり殺されたりしたいわけじゃない。俺には目的があるが別に世界の覇権などいらない。ただそのためには強い奴を倒しておきたいんだ。」
一度溜め息を吐いて、俺が断ろうとした瞬間、頭に声が響いた。
《殺さないと言っていますし、彼は嘘を言ってるようには思えません。闘って魔法を使う者との闘い方を学習するのも悪くないと思いますよ?》
「しかしな…。」
《何事も経験ですよ。それに私も魔法の使い方を学びたい。》
「そこまで言うなら…。」
俺はフブに決闘を受ける旨を伝えた。
「そうでなければここまで来た意味がなくなる。ではいくぞ!」
力が充実し始め、フブが戦闘体勢に入ったのがよくわかる。
「ブラスト!」
フブが叫んだ瞬間、俺に向かって強い風が吹いた。踏ん張るのも辛いほどの風に乗せフブは石やら何やらそこら辺に落ちている物を飛ばした。俺はできる限りの物を払ったがそれが間違いだった。気付いた時には目の前にフブが迫っていた。
「はっ!」
思い切り振り抜いた拳が俺の腹を抉り痛みが走った。やはりあいつは闘い慣れている。作戦を練る暇はない。俺は玉砕覚悟で突っ込み右腕を振った。俺の拳はフブの顔面を打ち抜いたが奴は吹き飛ぶ反動を使って蹴りを放った。俺はがら空きの右脇腹に強烈な蹴りを受け、膝をついた。
「痛いな…。魔法力のある攻撃を受けるとダメージが残るのか。」
フブに目をやると口元の血を拭っていた。
「顔を殴られたのは久しぶりだ。」
俺は距離を詰め肉弾戦に持ち込んだ。魔法を使えない俺にはそれしかなかった。
「いいね、もっと殴り合おう。」
その台詞は余裕からか?しかしフブの拳も蹴りもあまり重くないし速くもない。最初の蹴りは反動が乗っていた分、威力が高かったのか…。肉弾戦では俺が勝っているのは明らかだった。俺が打撃を五つ決める内に貰う打撃は一つ有るか無いかなのだから。
俺の拳を腹に受け後方に吹き飛んだフブはいきなり何かを呟き始めた。
「母なる……もって……力を貸せ!」
《呪文を詠唱してます。魔法がきますよ!》
フブが両手を胸の前で合わせ、ゆっくりと離した。
「レイト!」
次の攻撃が予測できない…。クソッ…魔法の知識が無さ過ぎる!
スッと冷たい風が俺の左を抜けたと思うと、いつの間にか左肩から先が氷漬けになっていた。全く動かせない!?
「ヤバいな…。」
《あの様子ではまだまだ魔法を知っているようですね…。魔法を知らない私たちは圧倒的に分が悪いですよ?》
そんな事はわかってる。しかし奴にゼロレインがいきなり当たるとは思えない。
「殺されないとわかっているしな…。ありったけの力を込めてくれ。いつでもゼロレインを放てるように準備だ。」
《わかっていると思いますが引き金はあなたの意志ですよ?私は魔法力を貸すだけですから。》
「準備してくれ!」
俺とフブは間合いの外でお互いの探り合いをしていた。すると痺れを切らしたのかフブが一直線に接近してきた。俺は腹の下で今まで無いほどの力が充実していくのを感じていた。そのままフブを引き付けて撃つ。
フブの接近が5m程に及んだ瞬間だった。
「いくぞ!」
俺の全身全霊をかけた一筋の光が走った。その瞬間
「ヤバい!セルド!!」
黒く光る魔法陣が現れゼロレインを受け止めているようだった。
《あの壁を破らなければ勝ちはありません!もっと強い意志を持って下さい!》
一瞬が永遠にも感じられたその時間の後、俺はガルーダから分離してうつ伏せに倒れ込んでしまった。首だけ起こしてフブを見ると奴も分離したようで地面に倒れた頭だけが見えた。
「引き分けか…。ガルーダ…もう意識を保ってられない…。悪いが眠るぞ?」
「お疲れ様でした。私は旧友と話しながら目覚めるのを待っています。」
俺はその場で眠りに落ちた。
更新が遅くなってしまいました。読んで下さっている方、すいませんでした。