第二章 作戦
ノット島を後にした俺たちは、大陸の草原に降り、これからどうするかを考えることにした。
まず俺たちの戦力分析からだ。俺は村を焼かれてから、体を鍛え、剣術と超近距離での素手での戦闘を学んだ。ガルーダと融合すれば素手での戦闘力は大幅に上がる。ガルーダは魔法竜族なので攻撃と防御は魔法でできるらしい。
「フブとルルをどうするかだな。」
ガルーダは首を横に振った。
「違いますよ。ドラッゲンは我々を味方してくれるようですが、他の竜族がどうするかは、わからないではないですか。」
俺は意味が分からなかった。
「私がこの世界のことをよく知らないように、あなたは竜族のことをあまり知らないようですね。良いですか?ドラグーンには三匹の子竜がいるんですよ。第一子は長女のドラクロア。第二子と第三子は知ってますね。ドラグーンは魔法竜族なんですよ。その血を濃く受け継いだのはドラクロアだけでした。」
「つまりドラクロアは魔法竜ってことか?」
「はい、ドラクロアは誰にも召喚されていないはずです。ドラードは恐らくルルかフブのどちらかに召喚されたのだと思います。私はドラクロアのコロニーにいたのですから。」
そうか、住処ごとに考えが違うということか…。
「ガルーダが住んでいたコロニーでは人間は襲わなかったのか?」
「ドラクロアが嫌がりますからね。」
なら大方竜族の問題は片付いたということか…。しかしドラクロアに子竜がいて、そいつがコロニーを構成しているとすれば話は変わってくるな…。
「ドラクロアに子竜はいないのか?」
「わかりませんね…。基本的に竜族は自分の子を生んだとしても、その事は話しません。」
「だが生殖した相手がいるだろう?」
「違いますよ?竜族は雌雄同体ですから相手がいなくとも繁殖はできます。」
そうか!だからドラグーンは繁殖できたのか!…となるとコロニー毎にそこのトップを説得していかねばならないというのか…。コロニーなんていくらでもあるし、一匹狼的な竜だっているはすだ。きりがないぞ…?
「どうしますか?私はあなたの意志に従います。」
何からすればいいのか分からん…。どうするべきだ?まずルルやフブを叩くべきか?考えが纏まらない。俺は横で丸まっているガルーダの腹を枕にして空を眺めた。雲一つない良い天気だった。
「こんなに綺麗な世界なのに何故争いは起きるんだろう?」
俺は一人で呟いた。もうずっとこうしていたい…そんな衝動に駆られた時だった。
「何か来ます!」
ガルーダの声が静寂を破り、俺はガルーダの視線の先を見た。竜がこっちに向かって飛んでくる。
「穏やかでは無いですね。」
俺たちは身構えて竜の接近に備えた。通り過ぎるならそれはそれで困る。なかなかデカい竜だ。あの竜に話をすれば、協力してくれるかもしれない。
「背中に人が乗ってます!」
どうやら協力の線は消えたようだ…。しかしまだ話し合いの余地は残っている。竜の咆哮と共に地に降りたったのは、なかなか屈強そうな男だった。俺より20cmは大きい体躯、180cmはあるだろう…。丸太のような腕には男の背丈ほどある剣が握られている。
「決闘を申し込みたい。」
本当に穏やかでは無い。受ける義理もないので俺は無視した。すると上空から30匹前後の竜騎士たちが降りてきて俺たちを包囲した。
「断れば切る。」
俺はため息を吐いてガルーダを見た。俺と同じような雰囲気だ。
「やるしかないでしょうね…。」
そう言われて、俺はガルーダの肩に手を置いた。やはり融合とは不思議な感じだ。
「俺はフブ=ライアン!」
名乗るのが礼儀なのだろうか。しかし奴がフブならば、ここで闘っても勝ち目はないだろう。だが今更退くことはできない。王を志したときから死は覚悟していた。
《ジェノスと名乗る必要はないと思いますよ?ガルーダと名乗って下さい。》
「俺はガルーダ。」
「では行くぞ!」
フブは竜の頭に乗り、突進してきた。避ければフブの剣に、避けなければ竜に食われる。が俺は避けずに1mはあろう竜の牙を殴りつけた。バキッと高い音がして竜の牙は中程で折れた。竜は間合いを取って静止した。
《ジェノス、なかなかパンチ力ありますね。良く鍛えてあるようです。》
竜はうなだれて頭からフブが降り、歩いてきた。
「俺の負けだ。」
負けたのにフブは何をにやけているのだろうか?俺が非道な人間であればフブは殺されたかもしれないのに…。
フブが竜の方へ歩き出した瞬間、ガルーダが叫んだ。
《後ろ!》
俺が振り返ると複数の剣が飛んできていた。紙一重でそれらをかわし、俺は叫んだ。
「何をする!勝負はついたじゃないか!」
「俺は勝つためなら何でもするんだよ!やれ!」
俺たちを取り囲んでいる竜が一斉に襲いかかってきた。
《躊躇ってはいけません。奴らはあなたを殺す気ですよ。》
そうだ。殺るしかない。俺は俺の正義を貫くんだ。
「うわああああ!!」
竜の攻撃をかわしつつ、フブに向かって飛んだ。構る隙さえ与えない。俺はフブの頭を殴った。フブの頭は衝撃に耐えきれず消滅した。次だ。振り返ると二匹の竜が飛び去っていた。
《腹に力を入れて、口を開けて下さい!いきますよ!》
言われたとおりにすると口から光線が飛び出し、一匹の竜を貫いた。まだまだ敵は残ってる。切り裂き、殴り、蹴り飛ばす。脆い人間を狙えば、すぐに片付いた。一人逃がしてしまったが。
召喚者が死ねば、竜は召喚者の戒めから解放される。つまり残った竜たちは野生竜に戻るということだ。
「各々のコロニーに帰っていいぞ。だが人間は決して襲うなよ。」
竜たちは頷き、飛び立っていったが、フブが乗っていた竜だけ残った。
「どうした?」
「私を殺してほしい。」
「何故だ?せっかく生きているのに。」
「私の牙は折れた。竜の誇りを失った。牙を折られた私などもはや竜ではない…。」
竜の牙は誇りなのか…。知らなかった。
《大袈裟な…。》
いきなりガルーダが融合を解いた。ガルーダて竜が吼えあっている。話してる内容はわからないし、俺にそれを気にする余裕もなかった。何故か全身の力が抜け立っていられなくなったのだ。膝が折れ無様にうつ伏せた。視線の先には死んだ戦士たちがあった。猛烈に吐き気を感じ、うつ伏せのまま吐いた。怒りに任せて闘っていたが、今更になって人を殺したという罪の意識に襲われているのだ。
「大丈夫ですか!?」
ガルーダが俺を抱き起こして、そのまま川まで運んでくれた。
「どうしたのですか?」
俺は口を濯ぎ、川辺で座っているガルーダにもたれた。
「やっぱり人殺しは悪だよなぁ…。俺は本当に正義を貫いたのかなぁ…。」
ガルーダはため息を吐いて俺を叩いた。
「なら、止めてしまいなさい。意志のない者の力などたかが知れています。私に誓ったあの言葉は、たった30人、人を殺しただけで枯れてしまうような弱い意志だったのですね?」
「たった…!」
反論しようとした俺の言葉は遮られた。
「黙って聞いていなさい!あなたの村も焼かれたのでは無かったのですか?リューンのような子をこれ以上増やすのは嫌だったのでは無いのですか?あなたは平和を築き上げるのでは無かったのですか?」
その通りだ…。全くその通り。気付かされたな…俺の意志の弱さを。人を殺して良いわけがない、しかし奴らを放っておけばもっとたくさんの人が殺される。この人たちを救うことが俺の『正義』だ。
「もう大丈夫。ごめんガルーダ。」
「分かれば良いのです。」
俺は一緒にいた竜に向いて言った。
「牙を折って悪かった。お前、俺に仕える気はないか?殺してほしいんだろ?」
横でガルーダが通訳してくれている。
「意味が分からないと。」
「俺に仕えて生きろ。お前を殺すのは俺だ。恥ずかしくなどない、お前は立派に決闘したのだから。」
ガルーダが通訳した後、竜は静かに頷いた。名前はブルーズと言うらしい。
「決まったな。話は変わるがさっきの奴、恐らく本物のフブではないだろう。闘神の名を語った賊だな。」
「私もそう思います。」
決意を新たに、俺はガルーダに乗り、一匹の竜を従えて出発した。まず町で情報を集める事になり、一番近いベルオーズの町まで飛んだ。ベルオーズは大陸屈指の商業町で人が溢れ帰っているらしい。 ベルオーズ、ガルシア王国、ダルニアン、アユヤ帝国、ナシカはどれも大陸にあり、この星は大陸と島国で構成されているとガルーダから聞いた。俺の島にはダニアス村しかなかったし、島から出たこともなかったので、俺は何も知らない。ノット島は竜族の島だから気をつけろと皆が話していたのを聞いていたので、長がそこにいると見当をつけたのだ。
「ベルオーズってスゴいな…。こんなに人がいるなんて。」
田舎育ちの俺は面食らうばかりだった。俺は果物屋の店主に少し話を聞いた。
「お客さん、竜を二匹も連れて凄いね。片方は牙が折れてるけど立派な竜じゃないか。」
ありがとうとお辞儀をしてリンゴを買ってガルーダとブルーズにやった。
今ベルオーズは自衛軍の強化に力を注いでいるらしい。ルルやフブ、長の三つ巴状態でそいつらが闘うときに巻き添えをくわないようにするためだと言った。長は人間を襲ったりはしないのに…。勝手にそう思った。竜族は草食だと言ったが信じてもらえ無かったからな。竜族は雑食というのが定説らしい。
「そういやルルやフブの他にもう一人凄いのが出てきたらしいよ。」
嘘だろ…これ以上敵が増えるなんてごめんだぞ。
「何でも若い男らしくってね。一瞬で30人を血祭りにあげたらしいよ!物騒だけど味方なら心強いよね。」
俺のことか…?チラッとガルーダを見ると頷いたので恐らくそう言うことなんだろう。
「ルルみたいに用心棒してるなら是非ともベルオーズの用心棒を頼みたいところなんだけどねぇ…。」
「ルルはいつから用心棒してるんですか?」
「さぁ多分20年位前からじゃないかなぁ?ガルシア王国はルルのおかげで台頭してきたようなもんだからねぇ。」
「そうですか。ありがとう。それとリンゴもう10個下さい。」
店主に礼を言って俺たちは公園のような所に腰を下ろした。
「ガルーダ。用心棒っていう手もあるんじゃないかな?」
「何がですか?」
俺は服でリンゴの表面を磨きガルーダとブルーズに渡した。
「ベルオーズの用心棒になってここの人たちを守ろう。恐らくルルがいるガルシア王国に賊は攻め込まないと思うんだ。フブは何をしているかわからないが、ガルシア王国とベルオーズの治安を維持することが平和への一歩だと思う。」
「まぁ一理ありますがものすごく時間がかかると思いますよ?それに用心棒になれば行動も制限されます。ベルオーズの用心棒という肩書きを持って他の国に入れると思いますか?」
確かにそうだ…。
「それにベルオーズはそこまで襲われていないと思います。こんなに活気づいているのですから。」
「なら一番弱い国はどこなんだ?」
「私は万能ではありませんから。」
そりゃそうだな。俺たちはさっきの果物屋まで戻り再び話を聞くことにした。
「あら、また来たのかい。」
店主にさっきの話をすると、一度奥に入り、大きな地図を持って来た。俺の地図なんかとは比べものにならないほど立派で細かく描かれていた。一昔前の俺の地図とは領土の大きさが全然違う。
「いいかい?この大陸に五大都市があるのは知っているね?」
それは俺の地図にも描かれていたのでわかる。
「大平原の真ん中に有るのがガルシア王国。これは分かるだろ?」
今のガルシア王国は大国で、大陸の四割を占めるほどになっている。大陸を長方形に直すと西北端にアユヤ帝国、西南端にナシカがあり、その中点辺りから平原をガルシア王国より少し西までババル山脈が横切っている。
「ババル山脈がアユヤ帝国とナシカの国境みたいなものさ。」
なる程。領土が一番小さいのはナシカだな…。
「東の方は全部ダルニアンだね。ガルシア王国からは結構離れてるよ。」
ダルニアンもなかなかの大国になるが、ガルシア王国には及ばない。それでも大陸の三割は占めているだろう。
「ダルニアンも竜騎士団ってのがあってさ。戦争には備えてるらしいんだよ。怖いねー。それから。」
南がベルオーズの町だな。ベルオーズとアユヤ帝国は同じくらいの大きさだろう。
「大平原には獣もいるからね。それを狩って移住する民族もいるみたいだよ?」
改めて世界の広さを実感した。同時に残された北の領土が気になった。
「なぜ北には町がないんですか?」
「この辺は森が有ってね、それ全部が竜族の縄張りらしいんだよ。だから攻める輩もいないんじゃないかなぁ。」
大陸にも竜族の縄張りがあったのか…。
「ありがとうございました。」
「お客さん、どこに行くか決まったのかい?」
「ええ、ナシカに行こうと思います。」
「そうかい。気をつけてね。」
親切な店主で良かった。俺は話を聞いたお礼に再びリンゴを買った。
「決まったな。ナシカに行くぞ。」
「なぜナシカに?」
「小さな町から平和にしていく方が効率的ではないか?大国は色々問題がありそうだからな、特にガルシア王国は。」
「そうですか。」
俺はガルーダに乗りナシカに向けて飛び立った。爽やかな風が気持ち良い。戦闘で疲れたので少し寝ることにした。
目を覚ましたのは夜明け前、東の空が明るくなり始めていた。
「すまない、寝過ぎた。」
「良いんですよ、疲れたのでしょう。それよりもうじき着きますよ。」
少しして俺が目にしたものは町ではなく立ち上る煙だった。
「何かあったみたいだぞ!?急いでくれ!」