表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/19

08

 

 ここまでの話を要約すると、俺が木に願いを頼むと、なんとその木は実はご神木で、その正体は何と美少女! 名前はいつき。俺に女性、彼女や他の人達といることの楽しさを教えてくれるらしい。

 何故こんな話をしているかだって? 俺が今説教されているからさ。

「太陽、なんでこんなことしたの!」

 母さんは俺にだけ怒っている。かれこれ30分以上はフローリングの床の上に正座で叱られている。くそ、膝が痛い。

「会ったばかりの子に……あぁ、なんてこと。樹ちゃん、大丈夫?」

「う、うむ、母君よ、もうその辺に」

 あまりの怒りように、樹も若干引いている。けれど樹が庇えば庇うほど火に油を注ぐように、口止めさせるくらい酷いことを家のバカ息子がしたのねと、俺を叱っている。

「だ、第一にせ、迫られてと言うより、どちらかと言えばわし……」

「わー!」

 樹、何を言いだそうとしているのた、こいつは。慌てて大声を出し、言葉をかき消した。

「太陽、なにをふざけている?」

「ふざけてなんか……」

 俺はちらっと母さんの後ろにいる樹にアイコンタクトを送った。樹も理解したのか、うなずいている。

「聞いてるの?」

「聞いてるって」

 母さんの追求は続く。けれど母さんは貧血を起こしたように頭を抑え、ばあちゃんに同報告すれば良いのかを悩んでいる。

「そ、それなんじゃが、母君」

 樹が気弱な声で母さんの服の裾を引っ張り、語りかける。いいぞ。

「わしから一つ、提案してもよいか?」

「提案? なにかしら?」

 母さんは相手が樹ということもあり、声のトーンを通常時より少し高めにし、嬉しそうだ。このまま頭を冷やしてくれればよいが

「夏休みの間、わしは太陽と一緒に過ごしたいのだが」

「「え?」」

 俺と母さんの声が重なった。おい、フォローは頼んだが……俺の望んでいるのはこう、先ほどのは誤解で―とか、今日はもうお暇するからーとか……なんだけど。けれど望んでいない回答をすらすら並べていく樹を見て、母さんも驚いている。

「わしも見た目はあれじゃが良い年齢じゃし、風呂での太陽は紳士じゃった。だ、だめかのう?」

 うるうると涙目で母さんに上目遣いで樹は迫る。母さんも流石に樹からの頼みだと俺のように簡単には怒れない様子だ。

「食費や光熱費などはわしも負担するから……だめ?」

 加えて、神に祈るようなポーズで母さんへ願っている。お、おい、やりすぎじゃないか。それに食費や光熱費って何だ。ダメに決まっているだろ。頑張れ母さん、負けるな。

「だ、だ――大丈夫よ―!」

 無理でしたー。母さんの一本負け。会って一日も経っていないのに、ほぼ不審者状態のくせに、樹は母さんを持ち前の容姿、容姿を活かした攻めで篭絡させている。

「そ、そうか? それは嬉しいのう!」

 息が荒い母さんに抱きつかれ、頬ずりをされながらも、その勢いに気押されながらも樹は喜んでいる。

「息子とはこれでお別れかと思ったけど、樹ちゃん、キャー!」

 意味不明なことを並べながら、母さんは樹を抱きしめている。だが何故だろう、不穏なワードがあったような。ちらりと樹の方を見ると、母さんの背中に手をまわしている指がVサインになっていた。初めから計算ずくだったのだろうか。

「そうと決まればアレね。おばあちゃんたちにも連絡しないと。近所の人にも、ああ、忙しくなるわあ」

「言いふらす気か!?」

 正気か、母さん。

「当たり前じゃない。息子に嫁候補が出来たんだもの、こんなにうれしいことは無いわ」

 冗談じゃない。樹のことが広まれば、樹のことを聞きつけた奴らで俺の日常は台無しである。樹もわかっているのか、母さんにある頼みごとをしていた。

「太陽との関係、太陽が高校を卒業するまで、内緒にしててはくれんか?ちと恥ずかしいのじゃ」

「ええー、せっかくこんなに良い話なのに?」

 母さんは残念そうにそう言った。スピーカーとして本当に言いふらす気だったな。恐るべき、主婦の口の軽さ。

「頼むのじゃ。ばば様達にもいきなりこんな話では、ちとな」

 恥ずかしそうに人差し指で頬をかき、俯いた樹。それを見てしまっては、母さんも言いふらせまい。事実母さんは樹から離れ、納得したようだ。

「ま、息子に彼女が出来ただけでも十分よね。あ、クッキー持ってきたから食べてね?」つい先ほどまで人間とは思えないほどの表情で俺に激怒していた母さんは、そそくさと二人の時間を楽しんでねと、嬉しそうに一階へ降りていく。やっと解放されたかと、俺は堅い床に正座させられて痛んだ足を伸ばすことにした。

「クッキー……食べてもよいか?」

 ワクワクした目で机の上に置いてある缶を両手で持ち、こちらを見てくる樹。はぁ、もう。

「俺の分も残しておけよ」

「うむ」

 樹は了承したと頷き、缶を開けて目を宝石のように輝かせた。そして様々な味の入っているクッキー缶から両手でチョコチップクッキーを手にとり、リスのように頬張っている。こう見ると年相応に見えるが、年上なんだよな。木だし……。俺が樹を見ていたせいか、樹もクッキーを食べながら俺を見ている。

「ばあちゃんたちにはなんて言うんだ? 俺の家に泊まるんだろ?」

 先ほどは混乱していたが、落ち着いて考えてみれば樹の正体は木だ。そう考えると、赤面したりするのが馬鹿らしくなり、俺は少し冷静さを取り戻してきた。クッキーを口に含んだまま、こぼれないように手で口を抑えながら話す樹を見て、何を言っているかわからないと苦笑してしまう。食べ終えてから教えてくれと告げると、またニコニコしながらクッキーを頬張る作業に樹は戻った。

「ほれ、茶だ」

「ん」

 樹は受け取ると、ごくごくと喉を鳴らしクッキーを流し込んでいる。

「ふう、助かった。これはあれじゃのう。わしの根のように水分を奪うが、美味いのう。それに、兵糧の様じゃのう」

「保存は聞くし間違ってはいないかもな」

「そうじゃろそうじゃろ」

 樹は一人うなずいている。しかしな樹、兵糧とするならば、それはクッキーではなくビスケットだ。

「で、どうなんだ?」

「ばば様のことか?」

「そうだよ。それに、さっきからばば様って何だよ」

「ばば様はばば様じゃ。あの方には多大な恩があるのじゃ」

「恩?」

 なんの恩だ?

「ま、それは良いじゃろ。心配するでない」

 そう言うと、樹はクッキーをもう一枚とりカリカリと頬張り始めた。樹が言うには、なにか策があるのだろう。

「ばば様ならわかってくれる。きっとそうじゃ!」

 自信満々に言いのけているが、まさか……それが策じゃないだろうな?

 結論から言えば、樹が言った通りとなった。すなわち、樹はしばらく我が家で過ごすらしい。

 クッキーを食べ終わると、なにか玄関から音が聞こえてきた。父だろうか。雨が降っているせいか仕事を早あがりしたのだろうか

「おかえりー」

 二階からだがとりあえず迎えておこう。

「おー、誰か来てるのか―? あ、母さん」

 母さんが出たか、なら母さんが説明するだろ。

「父君の御帰宅か?」

「ああ。今日は知り合いの家の手伝いだよ」

「そうか。父君はどのようなお仕事を?」

「農業だよ。今日は知り合いの家に前から頼まれていた仕事があってな」

 それで雨だというのに出ていったのだ。なんて真面目なのだろう。見習いたくないが、見習わないといけないのだろう。

「そうか、農業か。それは興味深いのう、ちと挨拶をしてくる」

 たたたっと小走りで父のもとへ向かう樹……まずい!挨拶だと? これ以上勘違いされてたまるか。木と付き合っている男なんて噂されたら、間違いなく人生ゲームオーバーだ。それを防ぐためにも、俺も樹を追いかけるべく父さんの下へ向かうべく、どたばたと階段を駆け下りた。けれど当然、先に階段を降りた樹に勝てるはずもなく――。

「おお、初めまして。わしは樹と申す者で、以後お見知りおきを」

 いつの時代とツッコみたくなるような挨拶をし、頭を下げる樹を見て思わず苦笑してしまう。父さんも少し困惑している様子で、つられて頭を下げて挨拶を返している。

「こ、この子がか?」

「そうよぉ、どう?」

 父に聞かれた母は樹の背後から両肩を触り、誇らしげに自慢の娘よと樹の紹介を済ませている。誰が娘か。

「確かにあいつにはもったいないくらい可愛いな」

「父君も、お勤めお疲れ様です」

「口調は変だが、礼儀正しい子だな。はっはっは」

 歓迎ムードな我が家……なぜ疑わないんだ、おかしいだろ! 仮に付き合ったとしても、どうして家に泊めるのにそんなに寛容なのだ。

「親父!」

 急いで降りたためか少し息は切れるが、しかたがない。

「あらあらなあに? 息なんて切らして」

「太陽?」

 母さんと樹は二人して俺の心配をしている。

「おお、ただいま」

「お帰り、父さん。仕事お疲れ」

 父さんは結局雨で仕事にならなかったと笑っているが、話を適当に切り上げて俺は樹の方を見た。

「なんじゃ?」

 可愛らしく小首を傾げるな。また母さんが襲ってくるぞ。面倒が増えては困るため、話の途中だろうが俺は樹の手をとり部屋へ戻ろうとした。しかし回り込まれてしまった。

「樹ちゃん、晩御飯何が良い? 嫌いなものはある?」

「母君の料理なら何でも頂くが、菓子を食べたせいか、少なめがよい」

 たしかにシュークリームにクッキーを食べて腹はあまり減っていないな。

「あらそう? 遠慮しないでね。もう娘のようなものだから」

「心遣い、感謝する」

 ぺこりと頭を下げた樹を見て再度興奮を隠せずにハグをする母さんを見て、やはり父さんも少し引いている。だが父さんも樹に興味を持った様子で、樹を歓迎すると笑っている。俺は母さんから樹を解放して自分の方へ引き寄せた。

「私の娘を返して―」

 樹を返してと手を伸ばし叫ぶ母さんの声が聞こえてくるが、樹はそんな母さんに安心しろと笑顔で返している。どうやら母さんは俺が樹に如何わしいことをすると思っているらしい。

「太陽と大事な話があるのでな、すまない」

 大事な話とか言うな。怪しまれるだろうが

「良いではないか、嘘ではあるまい」

 何事もなかったように樹は俺と部屋に戻った。俺は樹に俺たちの関係は他言無用だと告げた。

「ふむ、たしかに一理あるな」

 一理以上あるわ。

「了承した。気をつけよう」

 大丈夫か、こいつ?

「では、外での関係はどうするのじゃ? 聞かれたら困るじゃろ?」

 た、たしかに

「い、妹とか?」

 見た目的にも問題は無い。

「知り合いにそれが通るとでも?」

 むぐぐ

「従妹!」

 これならどうだ?

「確かに、それも良い、しかし、古くからの付き合いの人間にはバレるぞ?」

「さっきから……じゃあ何が良いんだよ」

「ここはやはり、恋人で良かろう。しばしの間、一緒に過ごすのだから」

「それしかないのか……」

「うむ。わしに全てを委ねよ」

 不安すぎる……思わず大きなため息をついてしまい、樹に幸運が逃げるとアドバイスを受けてしまった。

「ま、なんとかなるじゃろ。なぁ、太陽」

「ご飯よ―」

 一階から呼び声が聞こえてきた。

「もう夕餉か?」

 時計を見ると七時を回っている。

「時間の経過は早いのう」

「ま、ぼろは出すなよ?」

 樹に牽制しておこう。

「太陽もな、今朝のように不機嫌でぶすっとするでないぞ」

 言い返されてしまった。悔しい……ん?

「今朝?」

 今朝って何だ。

「庭先の、太陽の部屋から見える木から隠れて覗いておったが、ストレスもなくなったようじゃな結構結構」

 カラカラと笑う樹を見て、こいつの話がどこまで本当か、いや、こいつは本当に覗いていたんだろうと思い、またため息をついてしまう。すると同様に樹は俺に触れて先ほどと同様の言葉を俺にくれた。

「幸運が逃げるぞ」

 ――うるせえよ、ばか……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ