04 古風な少女
「おい、起きんか……こら、起きんのか?」
「ごめんね、太陽が……りで」
「残念じゃのう……」
「せっかく来てくれたのに、そうだ、シュークリーム食べる?」
「それは美味いのか?」
「ふふ、女の子はみんな好きよ」
なにやら会話が聞こえる。おかしいな、俺の部屋に来るのなんて母さんくらいしかいないはず……シュークリーム?
「俺も食う!」
美味しそうな単語が聞こえたため、またそんな美味しいもの逃してはたまるかと俺は、慌てて体を起こし、目を見開く。
「あら、起きたの?」
「母さん、勝手に部屋に入るなよ。シュークリームは?」
「あんたって子は……」
開口一番それか……やれやれと言ったような顔で俺の方を見る母さん。ほっとけ。大体何で俺が起きたらがっかりにしているのだ。あれか、取り分が減るからか?
「おお、起きたのか?」
母さんの行動に不信感を抱いていると、横から声がしてきた。
「ああ起きた……おはよう。」
「うむ、良い朝じゃな」
俺の挨拶に満足そうに頷いている偉そうな少女が、俺を見ている――
「誰?」
目の前の黒髪の少女。レースが刺繍された白いワンピースを着た……中学生だろうか。まだ幼いような、メイクもしていない顔で俺の顔をまじまじ見ている。
「あの、近いんだけど」
背伸びをして俺の顔を見つめてくる少女に思わず照れくさくなり、少し後ろに下がってしまう。すると少女は負けじと俺に近づいてくる。よく見ればメイクはせずとも眉筋は通り、目は大きく力強い。肩より長く伸びた黒髪は艶めいて女性らしさを引き立てている。
「ふむ、隈は無いようじゃな。どれ、昼間に寝るなど風邪でも引いたか?」
「人の話を、おわっ」
俺が少女へ文句を言おうとすると、少女は大して気にも留めずにまあまあとベッドへ座るよう手でおしてくる。そしてベッドに座った俺の額に自分の額を押し当てた。
「な、近い、近い」
少し冷たい肌の感触がどこか気持ちよく、少女の淡い吐息が顔にかかる。いきなりどんなラブコメだよ……。
「ふむ、熱は無しか」
少女は自分の顎と唇に指をあて、まるで推理小説に出てくる探偵の様にムムムと悩み始める。なにがムムムなのか。
「この子はいつもそうなのよ。夏休みは寝てばっかり」
見かねた母さんが勝手に俺の生活スタイルを少女に話しだす始末。しかし悪いな、母さん。これが高校生の休みの過ごし方だぜ。
「夏休み、つまり休みだ。寝てばっかりで何が悪い」
「またこの子は変な反論を」
あきれたような顔で俺を一瞥すると、母さんはため息をついている。
「いいえおば様。休む時はしっかり休む。素晴らしい行動だと思いますよ」
猫を被ったような口調で俺のフォローをする少女。騙されるな母さん。これは罠だ。初めて会った少女に俺の何が分かるのか。
「ところでそいつ、誰?」
「こら、そいつなんて指をさしちゃだめ」
「いや、だって名前しらねーもん」
「そういえばそうね」
俺の反論に納得したのか、母さんはうんうんと頷き、納得している。
「おお、名乗ってなかったのう。すまなんだ」
少女は済まぬと頭を深く下げてくる。俺は気にするなとベッドに座りながら、頭を上げるよう少女に言った。すると少女は改めてと咳ばらいをし、慎ましい自分の胸に手を当ててゆっくり聞きやすい声で自己紹介を始めた。
「わしは樹、樹じゃ」
「いつき?」
大事なことだから二回言ったのだろうか。しかし……小さいな。思わず草原のように起伏の無い胸を見てしまう。
「お主、何か失礼なことを考えておるな」
むむ、見透かされている。とりあえずごまかさねば。慌てて笑顔を取り繕って否定した。
「イヤイヤソンナコトオモッテマセンヨ」
「嘘を言うでない」
嘘っておい……、分かるのか。恐るべし、女子の目。
「その泳いだ目に抑揚のない棒読みなセリフが、失礼なことを考える証拠じゃ」
「冤罪だ」
「ならば、私の目を見られるか?のう、私の目を見られんのか?」
樹はそう言うと俺の膝に手を置き体を前傾させて顔をグイッとよせると、俺の方へ詰めよってきた。自慢げに鼻を鳴らしているせいか、樹の鼻息が俺をくすぐってくる。
「どうじゃ? どうじゃ? ん?」
樹は探偵が犯人を追いつめる時のように、それでいて楽しそうに俺を見ている。
「あらあら、二人とも仲良しねえ」
母さんは俺たちの様子を見て、楽しそうに微笑んでいる。大方俺の友人関係が希薄だから、新しい友人、もしくは恋人候補とでも見ているのだろう。はた迷惑な。確かに俺の友人関係は希薄だし、今まで彼女、恋人が出来たことなどない。だからといって……
「ん? 答えぬのか?」
ちらっと樹の方を見ると、樹は俺をじっと見ていた。こんなちびっこに……ありえん。
「とりあえず離れろ」
俺は樹の両肩をつかみ、両手で引き離した。
「お、答えぬのか。まあそれも良いが、いけずじゃのう」
「いけずって……いつの時代の人間だよ」
さっきからこいつ、妙に古い言葉づかいをするな。
「この言葉づかいは嫌いか?」
不安そうな顔をし、樹はいじける様に人差し指を咥えている
「……嫌いじゃない」
顔で差別するのはよくないことだが、樹の動作は女の子として様になっていた。女優の様な優雅さではないが、少女特有のあどけなさをアピールしているようでかわいらしい。
「にひひ」
口角を引き上げ樹は何か悪だくみをした子どもの様に、くすくす笑っている。
「それより太陽が起きたのなら、シュークリームとやらを食べたいぞ」
「あら、樹ちゃんとのおしゃべりはおしまい? もっと話せばいいのに」
母さんは不満そうな顔である。
「太陽が同年代とお喋りしているのを久々に見たから、つい」
「なんじゃ、太陽は友達がおらぬのか?」
なんだなんだ、二人して俺の心を抉りとる気なのか? 思わずたじろいでしまうが、二人は俺以上に俺の将来を心配そうに話している。
「ええそうなのよ。太陽ったらね、お友達を全然家に呼ばないの。まったく、友達くらい連れてくればいいのに。はぁ」
「そうなのか、太陽はそれで良いのか? 寂しくないのか?」
母さんは息子の将来を不安がるように。樹は俺を純粋に憐れんでいるのだろうか、憐れむような目でこちらを見ている。
「ほっとけ……俺は親しくもない人に物を触られたり、部屋を漁られたりするのは嫌いなんだよ」
コレは本当である。漫画とかはまだ平気だが、コントローラーや携帯ゲーム機は無理。ポテチを食べた手でベタベタ触られるかもしれないのだ、耐えがたい。俺は嫌だね。だから俺は友達の家で遊ぶなら自分のコントローラーは持って行くし、お菓子は手がベタベタするスナック菓子は絶対に持って行かない。ま、遊ぶ友達なんて小学校以来殆どないけど。
心の中で悲しい独白を呟き終え、二人をちらりと見てみると、
「あら、じゃあ、しばらくここにいられるの?」
「うむ。しばし祖母さん宅で世話になるつもりじゃ」
「じゃあ樹ちゃんともまた会えるのね!」
両手を合わせ嬉しそうに笑う母さんに、その表情を見て嬉しそうに微笑み返している樹。
「母君や樹、樹の父上が許可すれば、また遊びに来たいのう」
「私は大歓迎よ! パパもたぶん喜ぶわ」
かってに父さんも喜ぶと母さんは判断し、嬉しそうに年甲斐もなく娘が出来たとはしゃいでいる。
「そういえば先ほど太陽は、他人に自分の領域を侵されるのは嫌と言っていたのう」
「あらそんなの気にしなくて良いのよ、好きに行き来していいのよ」
「気にするのは俺だっつーの……たく」
勝手に決めるなと、下を向き少しイライラしながら頭を掻いていると、樹が俺の名前を呼んできたので顔を上げて樹の方を見た。
「すまなかった」
「え?」
樹は俺へ深々と頭を下げた。
「知らなかったとはいえ、私は人の犯されたくない領域へ勝手に足を踏み入れたこと、深く詫びよう。すまなかった」
土下座をするほどに深く、拝するように頭を下げようとする樹。ちゃんと俺の悲しい独白を聞いていたのか。妙なところに感心しながらも、俺は樹のフォローに入った。あれ、俺声に出していたのか?
「いや、そこまで謝られると」
母さんは俺の言葉を遮り、喋り始めた。
「あらあら気にしないで、樹ちゃん。太陽は可愛い樹ちゃんをいじめたいだけなのよ」
俺の言葉を遮り、母さんはとんでもないことをしゃべり始めた。
「いじめ……とは?」
樹は下げていた頭を止めて上げると、首をかしげながら母さんに問いかけている。
「可愛い可愛い樹ちゃんと話せて、太陽ったら舞い上がっちゃったのよ」
勝手なことを――
「ふざけんなよ、母さん」
少し大きめな声で母さんを諌めると、年がいもなく舌を出しウインクをする姿を見て、げんなりしてしまう。多少若く見えるとはいえ、「もう四じゅ……うがっ!」俺は母さんの年齢を言おうとして、それを頭に直撃した雷に遮られてしまった。。
「あら、どうかしたの?」
ニコニコと母さんは俺を見ているが、その右腕の握りこぶしを俺に向けている。どことなく背景にどす黒いオ―――見えません、見えません。とても四十を迎えたばか――
「喋りすぎる男の子はモテないわよ?」
俺の言葉を遮るように母さんは笑顔で言いのける。なるほど、ならばクール系がモテるのか。いや、あれは一般人がやっても根暗になるだけだ。
「年がいもなく変なことをする母さんが俺の頭……ゴメンナサイ」
もう一発落ちてきた……ちくしょう、痛え……俺はその場で蹲ってしまった。
「だ、大丈夫なのか?」
樹はおろおろと俺の頭を心配をしているようだ。心配そうな声が聞こえてくる。
「心配ないわ。いつものことだから」
いつもなもんか、しかし言い返そうとした俺の気配を察したのか、母さんはくぎを刺してきた。
「次に言ったらおやつもご飯も抜きだから。それより樹ちゃん、シュークリーム食べましょ。沢山食べるでしょ?」
「わしは先ほど口をつけてはいないにせよ、既に一つ頂いたが」
「沢山買ってきたから遠慮しないで一緒に食べましょ?」
「それなら遠慮せずにご相伴にあずからせてもらうとしよう、太陽もどうじゃ?」
「食べるに……決まってるだろ」
たんこぶが傷むが、久しぶりのシュークリームだ。俺の分もきっちり確保しなければ。シュークリームのことを考えることで、頭の痛みを忘れようとしていた。
「なんだ、顔になんかついてるか?」
樹はまた俺をじっと見ている。面白いなん物なんかタンコブしかないぞ。すると樹はおもむろに俺の手を握ってきた。
「……たのしみじゃ」
おかしな返答が返ってきた。楽しみって何だ、シュークリームか?
「あら、何が楽しみなの?」
「仲良くなれそうだからじゃ、太陽の母君よ」
俺の代わりに母さんが樹の言葉に反応した。すると樹の言葉を聞き嬉しそうに身を捩らせ、頬ずりをしている。やめろ母さん、捕まるぞ。
「あら、母君だなんて、ママって呼んでもいいのよ?」
樹は母さんのセクハラ行為に嫌な顔を一つ見せず、二人は二人で盛り上がっている。
「勝手にしろよ。シュークリームは頂くぜ」
樹の手を振りほどき二人の合間を縫って我先にと、シュークリームがある一階へ向かう。しかし樹に服の裾をギュッと掴ま阻まれてしまう。なんだ、意外と食い意地があるのか。
「おい、伸びるだろ」
軽く注意すると樹は笑顔で俺に寄り添いこう言った
「しばらくよろしく頼むぞ、太陽♪」
その笑顔は人懐っこく、見るモノ全てを癒し、魅了させるような笑顔だった。
「……俺の分はやらんぞ」
「私が人のモノを盗る盗人のように見えるか? なんならわしの分も太陽にやろうか?」
「まじで!?」
こいつ……案外良い奴かもしれない。
「勿論じゃ。太陽、特別じゃぞ?」
「でもお前の分はお前が食べろ、せっかくのシュークリームだ」
人の分まで奪って食べるほど、俺は卑しくない。ちょっと揺らいだが。樹の頭に手を置きそう告げると、文香は少し俯き目を細め嬉しそうに笑っている。
俺たちが一階へ降りて行こうと部屋を出ると、後ろから小さな笑い声が聞こえたような気がする。