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願掛け

「アレは夏休みだった」

 俺しか知らない夏休み。今日はその話をしよう。

 ことが始まるのは、ホームルームの終わった終業式。出された大量の課題に顔をしかめながらも、クラスのムードはどこか浮き足立っている。

 理由は簡単、明日から夏休みだからだ。

 つい先ほど帰りのホームルームも終わり、クラスの連中がキャンプやら海だ、カラオケだなどと騒いでいる。ほら――

「やっぱ海だろ。水着、水着美女!」

「俺も俺も!」

「やだー、へんた―い」

「じゃあ山?山いっちゃう? 言っちゃう系? それなら同じテントで寝たら楽しくね?」

「もー、男子ってば、そればっかじゃーん」

「いやいやいや、まずはカラオケで打ち上げっしょ!!」

「いえーい!! 決まりー!!」


 わいわいと遊びの計画を立てている集団。溺れて遭難すればいいのに。

 俺はといえば、そんな彼らの輪に入るわけもなく、当然誘われるわけでもなく、早々と教室を出た。俺のほかにもちらほら帰っていくやつらがいた。俺とは違い、友達と一緒に。俺が教室から出ると後ろから、声が聞こえてきた。


「アイツっていっつも暗いよね。マジ暗いわー」

「あれだろ?いわゆるボッチってやつだろ?」

「まじ?だっさー。いっそ誘ってやる?」

「いやいやいや、あいつがいたら空気が最悪だっつーの」

「ああはなりたくないわー」

「どーかーん」


 下品な笑い方、内容は俺の悪口か……飽きないな、こいつらも。教室の中からはげらげらと笑い声が聞こえている。


「……好き放題言ってろ」


 馬鹿みたいになるのが青春なら、そんな青春こっちから願い下げだ。

 俺は読んでいた小説もとい、ライトノベルをカバンにいれ、夏休みに浮かれているやつらを内心馬鹿にして玄関へ向かった。道中野球部は練習があるのか、ユニフォームに着替えて外へ行く奴ら足早にやれ合宿だ、試合があるだの楽しそうに話しながら通り過ぎた。それを遠目で眺めながらげた箱から靴をとり、外見よりも機能性を選んで買ったスニーカーに履き替えた。

「あ、夏休みだから中履き持って帰らないと」

 部活が面倒で帰宅部なため、また高校1年生ということもあり、学校で希望者のみを集いに行われている夏期講習を、俺はとらなかった。そのためもう学校には用はないと、靴を持ちかえることにした。万が一いたずらされても困るしな。

 そういえば自己紹介がまだだった。俺は高校1年生、帰宅部の水原太陽みずはら たいよう。正直この名前で小学生の時はよくからかわれる。親からは『太陽って言う名前はね、暖かくて、いつも明るく、皆を元気にする人になれ』と言う意味でつけたと言われたが、その名前のせいでからかわれることが多く、結果として苛められた経験もある。

 ただ黙ってやられればよいものを、ついやり返してしまった俺は相手に針を縫う必要がある大けがをさせたことがあったことから、俺は一人でいることのほうが多くなってしまった。

 そんな俺に、輝ける余地などない。曇はもくもく心を覆い、太陽の光が浴びることは無い。そんな非生産的なことを考えていると、学校裏にある駐輪場へたどりついていた。

「俺の自転車はっと……あった」

 自転車の後ろには学校のマークがプリントされているシールと、生徒一人一人に与えられた番号がプリントされているシールが貼られているため、自分の自転車が一目でわかる仕様になっている

「ほんと、これに限っては学校様々だよな」

 俺は持っていた中履きを自転車のかごに放り投げ鍵を外し、この自転車で密集状態な駐輪場からなんとか自転車を取り出した。

 自転車に乗りながら、学校帰りのルートである下り坂をぼーっとしながら下っていた。考えていることと言えば、さきほどアホ面を晒しながらも、楽しそうに夏休みの計画を立てていたクラスメートたちのことだろう。

「旅行にカラオケか……」

 カラオケは……一人で行くものだろ。だって多数で行くと、必然的に歌える回数が減る。さらに馬鹿は調子に乗って他人のことを何も考えず何曲も入れる。お前のリサイタルじゃないんだぞ。必然的に、聞きたくもないそいつのリサイタルが始まるからだ。

「メリット、無いな」

 そう断言し、けれど心は晴れないまま、坂を下りきっていた。

 この気持ち、寂しさか?

「俺も海へ行きたいのかな……」

 確かに、クラスの女の子の水着は気になる。一夏の青春を謳歌したい。という気分はあった。けれど名前をいじられ、過去に怪我をさせたこともある負い目から、クラスに上手く馴染めなかった俺にとってはそれは泡のように、その夢は儚く消えるだけだ。


「俺の夏は寂しく終わる」


 そんなことが頭をよぎった。

「いやいやいや、寂しくなんてない。無いんだ!」 

 そうだ、一人であることのメリットを考えよう。

 一人でいれば、自分の時間はたっぷりある。つまり、何をやるにしても十分である。

 一人でいれば、誰かに勝手にお菓子をとられる心配もない。

 一人でいれば、漫画もゲームも好き放題できる。

 一人でいれば、誰かに合わせることもなく、ストレスフリーな人生を送れる。

 一人でいれば……気楽だ!

「むなしくなってきたな……」

 心の中で自分が自分を励ますのは、中々に恥ずかしい。そう思うといつのまにか自転車のペダルをこぐ足取りも重くなり、ついに足が動くのをやめた。

「はあ、なんだか疲れたな……なにもしてないのに」

 気楽さを考えながら、道草もせずまっすぐ帰るはずだった。

「コンビニでも行くか」

 学校帰り、自宅方面で唯一とも言えるコンビニの駐車場に自転車を止め、防犯用のチェーンもかけた。中に入ると夏なのに夏バテする気配が一切ない、覇気のある『いらっしゃいませー』が響いた。それと共に蒸し暑い外から歓迎されたかのように、冷たい冷気が俺を優しく迎え入れてくれた。クーラー万歳。

「立ち読みでもするか」

 俺は本棚コーナーへ行き、昨日発売された週刊少年誌を手にとった。

「……」

 パラパラと無言でページをめくる。冒険、サスペンス、ラブコメ、ギャグ漫画、どれも均一の速度で機械的に読み流す。

「何かつまんねーな」

 いつもなら楽しいはずの立ち読み、なのに何故か、今日は全く楽しくない。

 冒険ものでは仲間の裏切り、サスペンスではまさかの犯人、ラブコメでは新たなヒロイン登場、ギャグマンガも、お決まりではあるが、絶妙なタイミングでの天丼で、相変わらずの面白さだった。

「なんか買って帰るか」

 雑誌を元の場所に戻しお菓子やカップ麺、ジュースなどの陳列棚をだらだらと見る。

「菓子は、気分じゃないな。ガムもだ。カップ麺は処理が大変……」

 平凡な日常を繰り返しているだけ。漫画の世界では、嵐のような毎日を過ごしている。ラブコメは平凡と言いながらも、どこか風変わりで可愛いヒロインに惚れられている時点で、平凡でも何でもない、楽しい毎日。そこには日常など無く、あるのは多数のヒロインに惚れられたハーレム、現実ではありえない、非日常である。

「なんかムカムカしてきたな」

 怒りがふつふつとわいてくる頭を冷やすために、アイスの入っているボックスへ向かい、プライベートブランドであるアイスモナカを数個手にとり、レジへ向かった。レジで小銭を丁度出せたことを内心喜びながらも、俺の人生にはそんな幸せしかないのかと不安をよせていた。


「やけ食い、したいな」


 そんな気分だった。しかし、俺はアイスを買ったため、急いで帰らねばと、自転車を走らず。家までは後4キロ以上先だ。途中でアイスモナカを食べようかと考えていると、見慣れた顔がいた。

「こんちわー」

 いつもの癖で挨拶をする。

「あら、こんにちは。暑いわねえ」

「ええ。今日はどうしたんですか?」

「お友達のおばあちゃんの家へ遊びに」

 挨拶の相手は、近所のおばあちゃんだ。白くなった髪を麦わら帽子で隠し、少し腰が曲がりながらも、元気な70歳。俺の家の近所に住んでおり、お爺さんと二人で暮らしている。

 小さいころからの近所づきあいもあり、よくたくあんなどの漬けものを持ってきてくれる。これがなかなかいける。おにぎりとその沢庵だけで十分なレベルだ。それに喧嘩や泣いて帰ってきた際にはよくお茶やお菓子を出してくれて、いつも相談相手や話し相手をしてくれたのを覚えている。

「そうだ、これどうぞ」

 俺は自転車を降り、手に持っていた袋からアイスモナカを取り出し、おばあちゃんへ渡した。

「あら、いいのかい?」

「ええ。2個あるので。ミルクと苺、どっちにします?」

 俺は自転車を止め、両手で二つのアイスを見せてあげた。

「そうねえ、サンちゃんはどうするの?」

 サンちゃんというのは、俺のあだ名のようなものだ。太陽がサンサンと輝くことからとったらしい。

「おれはどっちでも」

「じゃあ、ばあちゃんは苺のやつにしようかねえ」

「どうぞ」

 俺は袋を開け、おばあちゃんに渡した。

「ありがと。ああ、冷たくて美味しいねえ」

 俺もミルク味を袋から開け、食べることにした。

 少し解けたのか、モナカの皮にミルクがしみ込んで、口に含むと中のアイスが口の中で溶け出して美味い。片手にモナカを持ちながら、自転車をもう片方の手でつかみ、押しながら帰ることにした。

「サンちゃん、こっちも食べんかい?」

 ばあちゃんの方を見ると、おばあちゃんはモナカを真ん中で割って、片方を俺に差し出した。

「いや、気にしないで良いですよ。おばあちゃんが食べて」

「サンちゃん育ちざかりでしょ?沢山食べなきゃ」

「いやいや、それはおばあちゃんへのプレゼント」

 ばあちゃんは俺の顔を少し見ると

「そうかい?サンちゃんは優しいねえ」

 そう言い、入れ歯の入った口でまたアイスを食べ始めた。

「荷物邪魔でしょ?俺のかごに入れなよ」

「なにからなにまで、すまないねえ」

 俺はばあちゃんの小さなリュックをとり、俺の中履きの上に乗せた。

「そうだ、サンちゃん家に来ないかい?」

 ばあちゃんはゆっくり歩きながら、俺にそう言った。

「ばあちゃんの家に?」

「そうそう」

 そういえば、小さい頃はよく遊びに行ったが、中学校に上がってから数えるほどしか行ってないな。

「ばあちゃんち、なんも遊び道具は無いけど、冷たいお茶くらいはあるでよ」

 そういうとばあちゃんは、あっはっはと皺くちゃな笑顔でそう言った。

「……行こうかな」

 高校生になってから一度も行ってない。それに、俺の夏休みは『無』だ。なにも予定など無い。ならば、数少ない俺の話相手である、ばあちゃんの提案に乗るのも悪くは無い。

「ほんとかい?」

「ああ。お邪魔していい?」

「嬉しいねえ。息子夫婦も、東京へ行ってから全然帰ってこんしねえ」

「お孫さん何歳?」

「ああ、そういえば、孫なんておらんかったわ」

「ばあちゃん……」

「ま、サンちゃんが孫みたいなもんでよ」

 ばあちゃんは嬉しそうにそう言った。先ほどのこともボケたわけではない。子どもが出来なかったせいか、近所の人たちを自分の子供のように扱うので、周りからは凄く信頼され、人気者のばあちゃんだ。

「サンちゃん、ゆっくりしてな」

「うん」

 俺はうなずくと、ばあちゃんはまた笑顔で元気に歩きだした。

 俺はそんなばあちゃんと一緒に、いろんなことを話しながら帰った。

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