1話
小高い丘から城壁に囲われた大きな街へ。先程とは違い、行き先のはっきりとした行動というのは楽だった。とはいえ、途中に歩みを妨げる大きな川があった為にどうしたものかと悩みもした。どうやら先ほどの丘から死角だった為に気づかなかったようだ。だが、幸運にもそのまま川沿いに目をやると橋が架かっていたので、無事街に近づくことが出来た。
主に橋を超えてからのことだったが、そんな道中にはいくつか発見があった。
一つ目としては橋の架けられた両岸から石畳で舗装された道がのびていた、ということ。これが意味することは車輪を使う乗り物、中世的な世界観で言うならば馬車のような物が存在している。と言うことだ。残念ながら、今はまだそういった乗り物や、それに乗る人は確認出来ていないが、待っていればいずれ誰かしらが通るだろう。
二つ目はその道の脇、針葉樹林があったのだが、時折見える物のこと。それは、近づいてすぐに何なのかがわかった。無惨に殺されたゴブリンの亡骸である。素人目には切られたり焼かれたり、貫かれたりして死んでいるという事しかわからなかったが。つまり、ゴブリンのような生物が人々に認知されており、何らかの理由で害と判断され狩られているのだ。...つまり、そのような事実がある時点で、今ユウの立っているこの世界は元々彼のいた世界ではなく、異世界であるという事だ。
このゴブリンの話で興味深かったことは、それらの左耳がことごとく切り取られていたことだ。どんな死に方をしていても、皆揃って左耳だけ取れている。
とはいえ、今はその理由を調べる術もないので、泣く泣く街への歩みを早めたのであった。
さて、そんな道筋を辿ったユウであったのだが、街に近づいたは良いもののなかなか決心がつかなかった。というのも街を囲む城壁、その出入口である門には見張りと思われる兵士がいたからである。
最初こそ、異世界で初めて遭遇した自分以外の人、に喜んだのだが、よくよく自分の現状を思い測ると突然捕縛されても文句を言えないほどの怪しい人物なのである。うかうか出て行って取り押さえられてしまうのは心配であるので、ひとまず冷静に、城門の観察に徹することとした。
(よく見えないけど...あの人、書類みたいなの渡してるよなあ?あっちの人は普通に話してるし、うわ、今の人脇の部屋に連れてかれたぞ...)
やはり、今この場で出て行くにしてはユウは明らかに浮いている。
「さて、どうしたもんかなぁ...」
一旦街から離れて木陰で人知れず、己の行き先を嘆いたその時だった。不意に左前から声をかけられた。人知れず、ではなかった。
「どうしたんですか?」
「うおおっ」
思わず声の反対側に体が仰け反り、それと同時に素っ頓狂な声を出してしまった。視線の先には、革の鎧を装備して腰に帯剣をした一人の戦士がいた。
「ど、どちら様で?」
仰け反った勢いで尻餅をついてしまったユウは、そのままの姿勢で戦士に率直な疑問を投げかけた。質問に質問で返された戦士だったが、彼はにこやかな表情を崩さなかった。
「これは失礼。私はハルト、ハルト・ウォーリッド。そこの馬車に乗っている商人に雇われた、傭兵です」
彼の出した掌の先――そこには一台の馬車が止まっており、その中からは一人の男性がこちらを覗いていた。
゜・*:.。.*.:*・゜.:*・゜*
「それはお気の毒でしたね...身なりから察するにそれなりの身分であったのではないかと思うんですが...」
ユウは今、馬車の中で先程の商人こと、プラムという人物と向き合い話している。なにがどうしてこうなったかと言えば、事のあらましを「記憶を失って、気づいたらここにいた」と説明したら中にどうぞと誘われたのだ。
もちろん、嘘をついている事に良心の呵責がないかと言えばそれもまた、嘘になる。だが、ありのまま全ての事を話したとしても信じてもらえなかっただろうし、仕方がないだろう。とユウは己を納得させた。
「名前は覚えているものの、それ以外がさっぱりで...困ってたので、本当に助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ止してください。街が近かったから、というのもありますし、なにより偶然です。そういう時は助け合いですよ」
と、にこやかに言うプラムは、ユウのイメージしていた商人像とはまったく異なっていた。一言で言うならば穏和な老人――改め温和な紳士である。商人というのは内に秘めたる野望とか、そういったものを持っていて他人をどこか遠ざけている。そんなイメージがあっただけに、戸惑った。
そのまま話を続けていると、
「そろそろ、街の中心に到着しますよ」
という御者の隣に座るハルトの声が聞こえ、しばらくすると、馬車が止まった。
「では、ありがとうございました」
「本当にこんなところまででよろしいのですか?」
「ええ、大丈夫です。これ以上お手数をおかけするわけにはいきませんし、街を歩いていれば何か思い出せるかも知れませんから」
心配そうな顔で聞いてくるプラムだったが、ユウの返答を聞いてなお、その表情は緩まず。むしろ渋くなっていた。
「ううむ...ではこれを持っていって下さいな」
そういって取り出した小さな袋は、見た目にそぐわずずっしりと重かった。おそらく、貨幣の類いだろう。
「最後までお手伝いできないだけの気持ちです。どうか、役立ててください」
「どうしてそんなに良くしていただけるんですか?」
ユウの質問にうっすらと目を細めたプラムはどこか、遠い所を見るような目で語った。
「なに、私が若い頃盗賊に襲われてどうしようもなかった時に名前も知らない商人に助けられたんです。ユウさんを見て、そんな過去を思い出してしまいまして。ですから、これは善意の押し売りです。遠慮せず、お受け取り下さい」
「このご恩は、忘れません」
「ははは、気にしないでください。でも、そうですね...もし何か武器防具、道具に困ったら私の名前の商会を頼ってください。それで、結構です」
そうしてユウはハルトとも挨拶を交わし、街の天井とも言うべき立派な城に向かっていく馬車を見送った。ユウの胸中は、異世界の初の出会いがプラムで良かった、というものと感謝の念で溢れていた。
゜・*:.。.*.:*・゜.:*・゜*
なお、馬車に乗って街に入ったユウだったが、実は街に入る時の門では特に身分証明はいらないとプラムから聞き、ショックを受けた。紛らわしかった書類だが、それを見せていたのはワケありの商人達だけであったという話らしい。
誤字脱字の指摘、感想等々。頂けると嬉しいです。