プロローグ
設定を改め、書き直しました。
幼い頃から、知らないものを見つけては調べるという事が好きだった。とは両親の談である。
家の中、町内、ちょっとした山林。彼にとってそこは未開の地であり、様々な発見のある場所。それらは彼にとっていわば玩具箱であった。両親も毎日のように冒険に繰り出していく彼を止めたりする事はなかった為か、次第に”冒険”の範囲も広がっていった。一度隣町まで行って帰れなくなってしまったときに限ってはしばらく外出禁止、と言い渡されてしまったが。
そんな彼の旺盛な好奇心は一町内から世界へと向けられることとなる。連日マスメディアによって映し出される世界各国の実情。特に、戦場カメラマンのドキュメンタリーが放送された時がきっかけだった。
「俺も自分の目で世界を見て、それを伝えたい。」
思い立ってからは早かった。彼のおじが新聞社に務めていたというのもあり、大学卒業後にその新聞社へ入った。行く行くは海外特派員としてのポジションを得るというヴィジョンもしっかり持っていた。
そんな男――南雲 優であったが、彼は今、自分の置かれた状況に戸惑っている。
「これは...どういうことなんだ?」
なぜか眠りから覚めるように起き上がった彼が見たのは一面の原っぱだった。地平線はさすがに見えなかったが山に囲まれており、日ごろ都市部で暮らしているユウにとってありえない景色であったといっても良い。
いつもどおり出社して、それから取材に向かうところであったはずだ。だがその過程で何が起こったのか思い出そうとしても頭の奥にもやがかかっているようで何も思い出せない。
ふと、スマートフォンを取り出そうとしてズボンのポケットをはたくようにして感触を確かめるが――ない。手に持っていた鞄の中を探してみても入っていないようだ。
どうしたものかと思い悩んだ後、とりあえず進んでみる事にした。持っていた荷物で使えそうな物はないか一通り確認したが、現状を打破しうる道具はもっていなかったし、なにより自身の好奇心がそそられるからである。歩きながら、なんとなくカメラで周囲の景色を撮った。あとでなにかの記念なんかになるんじゃないかと思いながら。
結果として、これがユウの異世界への転移であったのだが、彼にとっては味気ないものであった。
時間にして1,2時間といったところだろうか。山を抜けて小高い丘に出た時にはようやく人工物、というか城壁に囲われた町が見えた。
ここまで来るのにその山を超えたのか、というとそうではなく、実際のところは山の配置がずれていたために山間をS字に縫うように歩くことで山を登ることなく済んだ。
何事も記録に残すというのは大事なことである。石を積み重ねるようにして出来ている城壁の奥にあった立派な城を中心に据え、風景をまた1枚...と撮ろうとした。
その時だった。
シャッターを切ろうと意識が前に向いていたユウは背後から近づく存在に気づくことができなかったのだ。ゴッ、という鈍い音と同時に後頭部に衝撃を受け、思わず地面に倒れ込むようにして転がった。
「いってぇ...」
衝撃を受けた頭を片手でさすりながら原因を探すと、大きな棍棒。そして、それを持つ人型の生き物。小柄な人のように見えたが、全身の色は緑であったし、企みが上手くいったのかうれしいのかキィキィ笑っているのを見るとやはり人外でありそうだ。
見たところ奴の特徴は小鬼、いわゆるゴブリンに当てはまっている。RPGなら序盤の雑魚だ。
だがユウは今、奴に対抗する術を持っていない。いくら雑魚であるといえども、ゲームでそれらに戦う勇者達だって木の棒は持っていたはずだ。かといって素手で戦えるほどユウは武道に精通しているわけでもない。
思わず現状に歯噛みする。幸い奴は追撃を考えてはいないようだ、ここから逃げて街に助けを求めるというのも往々にしてありだろう。そう思った彼は自分の荷物を確認しようとして気づく。足元にある、レンズの割れたカメラの存在に。
「なっ...さっき殴られた弾みに落としたからか...!」
沸々と胸の奥に闘志が湧いて来た。大事なカメラを壊されたのだ。怒りからか相手がゴブリンでも行けるという謎の自信が湧いてくる。かつて実家の近くの裏山で熊に襲われた時を思えばこんな奴は全く怖くないような気がしてきた。もっとも、その時は命からがら逃げ出し、猟友会のハンターに助けてもらったのだが。
「うおおおおお!!」
自分自身に気合を入れるように雄叫びをあげてゴブリンに殴りかかった。
奴自身、棍棒で防御を図ろうとしていたようだが、蹴りで棍棒を弾きとばすことで無効化できたその隙に顔面に2発、3発と握り拳をお見舞いしてやった。手痛い反撃にあったゴブリンはふらついてはいたのだが、しっかり棍棒は持ったままで山の方に逃げて行った。
カメラの借りは返した、逃げていくゴブリンを追ってまで攻撃するということはなかった。
レンズが割れてしまったカメラを拾い上げ、溜息が出てしまった。
「変えのレンズもってこなかったんだよなぁ、まぁ仕方ない」
そうなってしまったことは仕方ない。カメラは鞄にしまい、再び街へと向かって歩き出すユウであった。