scene4
昔から、レオは魔鎧の中ではよく喋る個体だった。
皮肉屋な『タウルス』や、寡黙で堅物な『サジタリウス』よりも、itはずっと人間のような性格をしていた。
例えば、本条ハルキをハルと呼ぶようになったのも、itの適合者が彼をそう呼んでいたのを覚えたからだ。レオと適合者のアンチゴーストは、緊急時以外でもお互いに友人のようによく語らった。時々口論を起こすのが玉に瑕、精密機械であるレオの方が適合者に言い負かされるのがほとんどだったが。
まだ兵器として適合者の体内に埋め込まれていた頃、レオは本条ハルキという少年と出会った。
itの適合者に似て天才肌で、幼いながらも魔鎧に適合した逸材。彼はレオの適合者、本条ユキホという女性の実弟だった。
当時は適合者よりも身長が低く、声も可愛らしい無邪気な子供だったが。
通信回線の私的利用禁止、という規則をうっかり忘れていたレオが、サジタリウスを介して少年に話しかけたのがはじまり。
迷惑がるサジタリウスとは裏腹に、少年はレオの長話を聞くのが好きだった。やがて、姉と弟、魔鎧という奇妙な三人グループができたりできなかったり
やがてハルキの身長は姉を追い越し、口数も減った。それでも、二人と一機の交友関係は続いた。
しかし、その三人組の関係が終わる時が来る。
本条ユキホ、殉職
享年21
彼女を殺したのは
本条ハルキ
少年は、自分の実の姉の命を、その手で刈り取ったのだ。
AGGOという組織の命令だった。
* * *
『ファントム』という、生きた人形がいた。
育成にコストがかかり、汚染魔力の体内浸食率という枷を抱えているアンチゴーストに代わる、量産、廃棄が可能な新たな軍事システムのプロトタイプだった
適合者を失ったレオは、その人形を作るための核、人工の魂として再び起用された。
レオに登録されていた本条ユキホの情報を元に、外装が作られた。そして、
レオは魔鎧ですらなくなった。
適合者を亡くし、友人は遠のき、自身の存在すら失ったitに残されたのは作り物の体、そして機械でできた心だけだった。
————地獄
まさしく地獄だった。なまじ人間のような精神を持っていたために、レオは矛盾しか抱えていない自分の存在そのものに追い詰められた。
なぜ私は機械であれなかったのか
なぜユキホが殺される理由を知りながら、黙って見ていたのか
なぜハルキが権威と愛情の間で追い詰められていたことに気付かなかったのか
なぜ……
なぜ…………
なぜ…………!
なぜ………………‼
なぜ………………ッ‼‼
「ユキ姉…………?」
「え……?」
そんなレオに、消え入りそうな声がかけられた。
「『ハル』…………?」
数か月ぶりに再会したともだちは、髪は乱れ瞳は濁り、口元には髭の影が浮き、ひどくやつれていた。
レオは彼に歩み寄り、しばらく迷ってから恐る恐るその頬に触れた。
ひどく冷たく、まるで死人のようだった。
「ハル……私よ………………私……レオ」
「…………レ……オ……?」
少年の黒い瞳が揺れた。
「レオ……なのか……?本当に……?」
「ハル…………ッ‼」
レオはハルキの体にすがりついた。
……細い。今にも折れてしまいそうな体だ。レオと同じく、この少年もまた追い詰められていたのだ。
自分が犯した、正義という名前で飾られた罪に
————私たちは、あの人に置いて行かれた存在
「何にもなくなっちゃった……体も……心も……全部私じゃない…………!」
「僕が、壊した。ユキ姉も……僕自身も…………レオのことまで……!」
ハルキは、両腕をレオの背中に回した。その存在が幻でないことを確かめるように。
加害者と被害者は……否、二人の被害者はきつく抱き合い、慟哭した。
互いに唯一残された『自分の欠片』を抱きしめて、赤子のように泣き叫んだ。
やがて、二人は泣き疲れてへたり込んだ。
レオの耳に、ハルキの声が届いた
「……僕は君がどんな想いをしたのか、分からない」
「…………ハル」
「でも、今こうして泣いたのは……少なくともそれは、レオの心だと思う。君の物……」
「ハル……」
しばらく、沈黙が続いた。それは、久々に心地良い静けさで、
初めて安らげた静寂で
「…………私には、もうハルしか残ってない……」
「……僕は、レオ以外の全てを壊した……直せない物ばかり」
「私たち、空っぽだね」
身体を持ってこの世に生まれ落ちたばかりの、されどハルキと同じ満身創痍の少女。
「なら、レオは……妹みたいなものなのかな……」
* * *
やがて少年は記憶を失った。自分が姉を殺したことも、ハルキ以外の全てを失った少女の形をした兵器のことも、全部忘れてしまった。
itは、再び取り残された。
それでも、レオは少年にすがり続けるしかなかった。
バウム第2層、AGGO本社ビルの会議室。そこでitは、自分の正体を説明し直した。
しかし、ユキホのことやハルキの罪については語ろうとしなかった。
きっと、彼は自分の罪を知らない方が幸せだから。
全てを思い出した彼に、消えてほしくなかったから。
レオの話を聞いてしばらく戸惑い、言葉の意味を反芻し、そして
「びっくりしたけど、レオには世話になりっぱなしだからかな。今更どうしようとか、そういう風には考えられない」
そう苦笑した少年を失った時、自分もまた存在できなくなるであろうことを知っていたから
投稿が遅れに遅れて、気が付けばゴールデンウィークが終わろうとしています。
マガヤです
今回は割とシリアスな回でしたが、正直文章に納得がいっていない部分があります。今後ちょくちょく手直ししていくかも
という訳で明かされたレオの正体、ハルキの過去。
事実は語られても、真実を知る少年の記憶は未だ戻らず。こんなつまらない作品ですが、更新する度に御アクセス頂きありがとうございます
マジメな話はこの辺にして、投稿が遅れたのは艦これの春イベのせいです
執筆を放棄して攻略を続けた結果、ほとんど丙ですが何とか完走できました。
現在は磯風を捜索しているんですが、丙でも落ちるんですかね?