scene3
僕はレオに、出頭命令書を見せて現状を説明した
不思議なことに、レオはAGGOなどという怪しげな社名を見ても眉ひとつ動かさなかった
その代わりに……
「ハル…………私は謝らなくちゃいけない」
真剣な表情で言われた。戸惑う僕に
「私はハルが記憶をなくした経緯を知っているのに黙っていたことを。サジタリウスを保持していることも知っていた」
「どういう……ことだ?」
「私の知っている本条ハルキは、この都市のどこかにゴーストが出現した場合可及的速やかにこれを撃滅する義務を持つ、ごく少数の魔術師の一人。その魔術師たちを一括管理、育成している政府直属の機関がAGGO。私もその関係者」
その時頭の中に蘇る、夢で見聞きした言葉
「アンチゴースト……」
「そう、ゴーストに対抗できる兵装を操れる4人の魔術師。その一人が、ハル」
————あなただった。
「あなたの過去は決して明るいものじゃない……だから私は私の我儘で、ハルには優しい世界を知ってほしかった。そこで生きていてほしかった」
一か月ももたなかったけどね、と寂しげに笑う少女。
僕は、不思議な郷愁にかられた
僕は昔、同じような笑顔を見たことがあった。でもそれはレオではなかったはず……誰か……とても親しい誰かの……
「ッ‼」
頭の中がキリキリと痛む。
浮かびかけていた誰かの像が再び霧散してしまいそうだ
このことを無理矢理思い出そうとしても、また昼のような激痛に襲われるだけだ。そんな確信があった
だけど…………『その人』は僕にとって、とても大切な……
「ぐ……ッ‼ ————————ッ‼‼」
「ハル…………」
————もう、やめて
消え入りそうな声で言われた
ひんやりとした手がそっと頬に添えられる
その手に冷やされたように、今にも破裂しそうだった頭から熱が引いていくのを感じた
「……レオ?」
「その苦しみ方は普通じゃない。ハル自身が思い出すのを無意識に拒否している証拠よ」
「…………」
「いつもそう……昔からあなたが大切にする人間の頭数には、ハル自身が入っていない」
「損な性格だな、それは」
「ええ、まったく」
「はは……」
「…………馬鹿」
「……ごめん」
軽く頭を下げて詫びる
「馬鹿よ……本当に、馬鹿」
くしゃり、と頭を撫でられた
「レオ?」
「とにかく、明日のことは心配しなくていい。施設内の勝手は知ってるし、漆原部長も信用できる。万一のことがあったら……」
少女は、ふわりと微笑む
「今度は私が、ハルを守るから。覚えてないかもしれないけど、ハルが私を救ってくれたみたいに」
* * *
————翌日 バウム第2層 ゴースト対策総合本部(AGGO) 小会議室A
僕はレオの案内で第2層に建つ、横長で4階建てのビルにいた
そして対面しているのは、くたびれたスーツを着た初老の男。漆原ジュンイチロウと名乗った
「わざわざお越しいただいてありがとう。本条ハルキ君」
「ええ、バスを乗り継いで駅のターミナルまで。そしてそこから乗った第2層行きのバスが馬鹿みたいな値段でしてね。なかなか面白い体験でした」
「ちょっと、ハル……!」
こんな所でお金の話をしてみっともない、と睨んでくる妹に、軽く肩をすくめて応える
第一印象でなめられないようにするために冗談言っただけなのに……
「怖い子がいるので手短に……本条です。はじめまして、ではないかもしれませんが」
「…………」
会話のネタに使われた少女が脇腹をつねってきて正直痛いのだが、話が進まないので放っておくことにする。ちなみに、『手短に』の後の『……』でつねられている
どうでもいいか
「ああ、あとフルネームでなくて結構です。あなたが呼びやすいようにしていただければ」
「そうか。ではハルキ君、単刀直入に訊こう」
「……」
「我々は先日のゴースト発生の際に、『サジタリウス』という兵器のシグナルを確認した。君にも、心当たりはあるね?」
「ええ。頭の中で何かの声?が響きました。周りにいた人の声ではなかったのですが」
やっぱりか、と漆原は呟いた
「君はサジタリウスが、そもそも何なのか知っているかな?」
「さっぱり分かりません。ただ……」
レオを見遣って、
「僕を含めこの街で4人の人間が動かせる兵装、とだけ」
「そうだな、その認識は概ね正しい。そして、ここからが大事な話になる」
「何でしょうか?」
「サジタリウスのような兵装……我々は魔鎧と呼んでいるが、それらは対ゴースト戦の切り札。存在そのものが軍事機密なのだよ」
一瞬理解できなかったけれど、すぐに分かった。この間のゴーストの襲撃の時、僕や他の一般人は地下のシェルターに避難していた。そして、『上』で誰がどうやってゴーストを排除したのか
その答えがサジタリウス……いや、『魔鎧』と、そして『アンチゴースト』か
「それを、いくら記憶を失っているとは言え一般人の手に渡しておくのは危険なんだ。世の中、良い魔術師だけで回ってる訳ではないからな」
「なるほど……それで僕が持っている……と言っていいんですか?僕が持っているサジタリウスとやらを何らかの方法で回収する、ということですか」
「いいや、回収はしないよ。できない、と言った方が正しいか」
「どういうことです?」
横にいたレオが答えた
「ハル、魔鎧はとてもデリケートな兵器なの。人を……というより、装着者の魔力を選ぶ。そして、一度適合した魔鎧はパートナーの魔術師に合わせて自分を最適化する。そしてその魔鎧は、その魔術師以外には動かすことができなくなるの」
「そういうことなんだよ。ただ兵装を回収しても、使用することができなければ粗大ゴミと一緒だ。サジタリウスは一度最適化を済ませている。ハルキ君、君とね」
「…………何をおっしゃりたいのでしょうか?」
僕は漆原の目を見て、ゆっくりと尋ねた。彼は僕の視線を真っ向から受け止める
「AGGOの魔術師に戻ってもらいたい。そして、これは……お願いではない」
「…………」
互いに視線は動かさない。先方に撤回する意思はない
ならば僕も、適当に切り抜けるという選択肢を捨てる
「返事をする前に、1つ質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、何でも言ってくれ」
僕が目覚めた場所、夢で聞いた『陰』の魔力の話、寒気や痛み……記憶の欠片
「僕が……『今』の僕が初めて目を覚ましたのは病院でした。その時、体に痛みも悪寒もなく、健康そのものであったことが不思議だったんです」
「…………」
「…………」
ひとつひとつ記憶の糸をたどりながら、ゆっくりと話す。男と少女は、黙って続きを待っていてくれた
「もし僕が前から特殊な魔術師だったとしたら……僕が入院するきっかけは何だったんでしょうか?脳の手術でも受けて失敗したんですか?それとも……体か精神に、脳が記憶を消そうとするほどのストレスがかかったんでしょうか?」
「…………ハル」
「……お察しの通り。あの時君は仲間のアンチゴーストを庇って、上位のゴーストから汚染魔力を体内に直接流し込まれ、ゴースト化しかかった。汚染魔力を他に移すことで君は一命を取り留め、今もこうして生きている。しかし、その時の苦痛は想像を絶するものだった」
「だから脳がそのことを忘れようと無理矢理記憶を…………じゃあ、汚染魔力は誰に移ったんですか」
「……悪いが、1つという約束だ」
「待ってください、部長」
意外にも、遮ったのはレオだった
「私が、話します」
「レオ?」
「レオ君…………いいのか?君はそれで」
「構いません。私にとって、そのことは一番の誇りですから」
「そうか……分かった」
「ハル」
「……」
「その汚染魔力を引き受けたのは、私」
「レオ……お前、何やってるんだ……っ」
「いいの。それに、『普通』の人間では、やろうと思ってもできないことなんだから」
「お前……何を言って……」
「私、ハルには救ってもらったって言ったでしょ?」
「……」
「ハルはあの時、作り物の身体と機械でできた心で追い詰められていた私を、救ってくれた。お前は妹みたいなものだなって」
「それは……え……?…………何を……」
————黙っていて、ごめんね
私は……私の『身体』の名前は、『ファントム』。人の手で作られた魔力の人形
『わたし』の名前は、
魔鎧 第5号機 レオ
更新日時がこうなったのは私の責任だ。だが私は謝らない
茶番はさて置き、更新が遅れてすみませんでした。
プロローグを抜いて第3話にして主人公の妹が衝撃のカミングアウト。
どのようにしてレオはハルキの『妹』になったのか。
次回、また遅くなりそうです……