scene2
退院してから二週間ほど、僕は家の近所の道を覚えるためにあちこち歩き回った。
どうやら以前の僕は近所付き合いはまあまあ得意だったらしく、弁当屋のオヤジやコンビニの店員などから声をかけられた。とりあえず無難な会話をしてそそくさと退散した
誰が誰だか覚えていないんだ、すまぬ
こうして近所を歩いているうちに、行ったことがないはずの建物に既視感を覚えたり、行きと帰りで違うルートを通れるようになったりと、僕は少しずつ周りの環境に慣れていくのを感じた
バウム第三層居住区全域に緊急避難命令が発令されたのはそんな時だった
昼下がりの街に流れるのどかな空気を、サイレンの甲高い叫びが切り裂いた
* * *
————オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオ————‼‼
「うお!……っと……」
心臓に悪い。鼓膜が破れるかと思った
静かな住宅地を歩いているタイミングで急に大音量でサイレンなんかを鳴らされるんだ。どれほど喧しいかはご想像にお任せします
次いで、電柱の上に設置されているスピーカーが、第3層全域に緊急避難命令が発令されました、と繰り返し始める
同時に、街の各地でシェルターの入口が地面からせり上がり、近隣の市民を収容し始めた
レオに避難経路は教わっていたけれど、実際にシェルターが起動するのは初めて見たな
僕の周囲にも何人かの人がいたが……
みんな慣れた様子でさっさと避難し始めている。よくある特撮の一般人のように、パニックに陥って各々好き勝手な方向に逃げ回り始めないあたりは流石、襲われ慣れている街の住人といったところか
僕も早いところ安全圏に入ってしまおうと思ってシェルターの入口に向かう。途中で、ズボンのポケットの中の携帯電話が震えた
相手は、レオか(というか、それ以外の番号が登録されていない)
「何?」
『変わった受け答えね』
「…………まあ、いいでしょ?レオ、今どこにいる」
『マンションのエントランス。ハルとは別のシェルターになるから、先に避難しちゃって』
「わかった」
『ん。じゃ、切るわ』
返事をする前にプツリ、と切れた。そういえばシェルターの中って電波入るのか?まあいいや
僕は携帯をポケットにねじ込むと足早に入口をくぐり、奥に進んだ
歩くこと少々、辿り着いたシェルターは思っていたよりも広かった。そして明るい
てっきり真っ暗で狭苦しい部屋で嵐が去るのをじっと息を潜めて待つのかと思っていたが、みんなお喋りしたりゲーム機をいじったり本を開いたりと、かなり自由だ
僕も部屋の隅っこに移動すると、壁にもたれて座る
どうしようかな?本なんて持ち歩いていないし、携帯には何一つ暇つぶしのためのアプリを入れていないしな………………ついでに雑談する相手もいない。ほ、ほら!記憶をなくす前なら友達の一人や二人はいたと思いたいし、決してぼっちではない。 多分
結局、適当にぼーっとすることにした
遠くの方で、低い機械音が響いている。おそらく入口を閉鎖しているのだろう
『ゴースト』とやらが近くまで来ているということなんだろうか
【サジタリウス ヨリ 本条ハルキ ヘ】
「っ!?」
まだ全然ぼーっとしていない。数行前に書いたことが早速矛盾してるじゃないか
じゃなくて。
今のは何だ……
頭の中に響いた声。明らかに周囲の人間の会話ではなかった
僕の動揺など全く気に留めずに、再び頭の中で『誰か』の無機質な声が響く
【レーダー ニ 感 アリ】【ゴースト レベル1 反応 15】【レベル2 反応 5】【レベル3 反応 1】【距離 2731メートル 方位 北北西】【敵性反応 ノ 他 ニ リブラ タウルス ノ 信号 ヲ 確認】【レベル1 ダウン 残 13】【報告終了 以降 ノ 指示 ヲ 待ツ】
それきり、その『声』は聞こえなくなった。
「サジ……タリウス…………?」
その言葉を呟いた瞬間のことだった
「ッ!?……ぐ……ぅぁ……ッ‼」
僕は猛烈な頭痛に襲われた。まるで、太い錐で頭を串刺しにされた上で、脳をグチャグチャに掻き回されたかのような痛み
頭痛がどれだけ続いたのかは分からない。僕は必死に歯を食いしばって悲鳴を押さえつけ続ける
我に返った時にはびっしょりと脂汗をかき、荒れた呼吸を繰り返していた
痛みの残滓が残る頭には、一つの確信が残された
アンチゴースト、サジタリウス この存在は、僕の記憶のどこかと繋がっている
* * *
————階層都市バウム第2層 某所
「なに?……『サジタリウス』の反応だと?」
薄暗い指令室の唯一の光源————アンチゴーストの一人の視界を借りた映像を流しているモニタ————に照らされた男が、驚きを含んだ声をあげた。その後ろに控えた少女は、複雑な表情を浮かべてモニタをじっと見つめている
『ああ、間違いないぜ。ゴーストに反応して起動したらしい』
『リブラも同様の信号をキャッチしています。距離3キロ弱、戦闘モードではないようですが……』
『マップ照合、あれは……市民用のシェルターか』
続々とデータを解析していく彼らの足元には、20以上にもなる異形の怪物が無残に斬り殺され、あるいは体をねじ切られ、その体に流れる青い血で巨大な水たまりを作っていた。骸は徐々にその輪郭を薄れさせ、文字通り灰に還っていく
その様子を無感動に眺める二人の魔術師もまた、普通の服は着ていなかった
鈍く光る装甲で全身を覆い、その顔も丸みを帯びたメットに隠されている。眼にあたる部分には、昆虫の複眼を連想させる大きなレンズがはめ込まれており、スモークがかかっているせいで外側からその表情を覗うことはできない
アリエス
タウルス
ジェミニ
キャンサー
など、それぞれが固有の名前を持つ世界に12領しかない魔鎧
それはいかなる銃弾をも防ぐ最強の盾
そして強靭なゴーストの体すら破壊する最強の剣
全身を覆うこの兵器を身に着けてゴーストを討つ選ばれた魔術師、それがアンチゴースト
バウム全域からゴーストを駆除して周る彼らの数は決して多くない
魔鎧に振り回されない魔術師というのは極めて稀なのだ
現状魔鎧に適合している魔術師の数は、たったの4人。そのうち活動しているのは3人
『リブラ』『タウルス』『キャンサー』だけだ
そして残された機体は損傷が激しかったため、セーフティをかけて厳重に保護されていたはずだった
現れた敵の気配を察知し再起動した9番目の魔鎧の名は、『サジタリウス』
未だ目覚めぬ適合者の名は、本条ハルキ
「サジタリウスが動いたということは、機体の損傷も適合者の体も完治したということだ」
「……」
男は視線をモニタから外し、少女の目をまっすぐに見つめた
「君は納得いかないだろうが、彼が抱えているのは機密情報の塊なんだ。こうなった以上、ハルキ君を普通の少年にしておくことはできない。使える者は使う、分かってくれるね?」
「…………承知しています。彼を一般人に戻してくれ、というのは……私の我儘ですから」
「分かっている、浸食率には細心の注意を払う」
「…………お願いします」
少女、本条レオは無表情のまま答えた。表情を少しでも動かしたら、涙がにじみそうだったから
「ただし……彼に『思い出す』ことを強要しないでください。最後の我儘です」
「あいつの体もだが……ユキホ君のことかな?」
「ハル……いえ、兄を一番愛していた人ですから……」
男はそれ以上何も言わなかった。上司の気遣いに感謝しつつ、レオはその場を立ち去った
* * *
ゴーストの襲撃から数日後、僕に速達で一通の郵便物が届いた。
差出人は『漆原ジュンイチロウ』
第2層政府施設 ゴースト対策総合本部(AGGO) 代表取締役
その手紙には簡単な挨拶の後に……AGGOへの出頭命令が記載されていた
————あの時僕の頭の中に響いた『サジタリウス』という単語とともに
ようやくscene2を投稿することができました。
本文を読んでいただいたことを前提にちょっとだけ捕捉を。『魔導鎧』の外見についてです。
全身装甲とか頭まで覆われているとか色々書きましたが、個人的にはベルトをつけていない仮〇ライダーっぽいのを想像してまs(殴
更新遅くてすみません。近いうちに某ゲームの春イベも始まりますし、ますます投稿が遅くなりそうです