表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

10月6日

「学校、休みにならなかったね……」


全然晴れやかじゃない気持ちに対して、台風一過、青い空が広がっている。

未だ強い風が、少し開けられた窓からビュウと吹き込んでいた。


「休みになって欲しかったんだ?」

「なって欲しかったよー」


放課後、ブックカフェでくてーとしてしまった私に、彼はクスクスと笑った。

最近……というか、体育祭が終わってしまってからどうも、怠さが抜けないのだった。


「なんかいつもより疲れた気がする……」

「あはは、まぁ、休みになりそうだなぁって思ってると、余計にそうかもね」

「というか、十月病?」

「十月病って、五月病ならぬ?」


彼は面白くなったのだろう、身を乗り出した。


「因みに、症状は?」

「主に倦怠感かな」

「あはは」


彼はそれから、ふと思いついたのか、イタズラをするような表情になった。


「でも、きっと十二月か一月ごろには十二月病とか一月病とか言ってるんだろうね」

「へぇ。そっちの症状は?」

「そうだなぁ、こたつ依存?」

「あはは、すごくありそう」


彼とする、こういうくだらない話はひどく快適だった。

悩みを相談するでもなく、慰めあうでもなく。


彼とはあまり、未来の話をしなかった。

しては行けない気がしていた。

だから、


「あーあ、来年はこうのんびりともしていられないんだろうなぁ……」


とふと言ってしまった時、その時の彼の表情を見て、私はしまった、と思った。


「来年、ね」

「あ、いや……」

「ねぇ、百日さん。来年になったら、何か変わるかな」

「何かって……」


そりゃあまず、学年が変わり、クラスが変わる。付き合う相手も変わるかもしれない。

だけど、彼の言う変化とは、そういうものじゃないのだろう。


「こうして百日さんと話すことは、僕にとっては、結構、大きな変化だった。でも、今じゃ普通になりつつある……」


それが僕は怖いんだ、と彼は言った。

自分のことを語っているはずなのに、自分をどこか遠くに置いてきたような、そんな話し方だった。


「変わりすぎてしまうことは怖い。置いていかれる様で怖い。でも、何も変わらないことも怖い。僕が溺れてしまいそうで……」


彼の言葉は瑞分と、詩的で抽象的だった。

なのに、妙な現実味を帯びていた。


「これって、変なのかな」

「いや……」


私もその気持ち、分かる気がする。

そう言おうとした。

でも、胸の奥で誰かがこう言った。


分かる? 本当に?


……私は逃げた。


「いや、変じゃ、ないと思うよ」

「そっか」


良かった、と彼は言ったけれど、声は正反対に沈んだままだった。


店内を吹き荒れる風がパタパタと感想のメモを揺らした。

それが気になったのだろう、店員がピシャリと窓を閉め切ると、風は入りたがるように窓を叩いた。


私は言葉に困って、窓の外を見ていた。

あの青い空のように、彼の心を晴らすことは出来ないだろうか。

彼の望む、小さな変化を提供することは?


そう、例えば——


「笹塚くん」

「……何?」

「私のこと、これから紅って呼んでみて」

「え?」


彼は、虚をつかれたとパチパチと瞬いた。

それから、吹き出して笑った。


「あは、は、ははは、やっぱり、百日さんって面白いよ」


周りの席の人が、驚いたように彼を見た。

彼には珍しく、まるで声をおさえない笑いだった。


すみません、と彼は周りの人らに軽く頭を下げて、唇に笑みを残したまま私に向き直った。


「紅さん。紅さんって、呼ぶよ」

「呼び捨てでも……」

「それは、またいつかにとっておくよ。それより、ねぇ紅さん」


どきりとした。自分で言っておいてなんだけれども、男子に下の名前を呼ばれるのなんて、幼稚園くらいのものだったから。


「紅さんは、僕のことなんて呼ぶの?」

「え?」

「僕だけ紅さんで、そっちは笹塚くん、だなんて、なんかズルくない?」

「あー……」


ズルいのか。そうか、ズルいのか。

なら、


「笹百合くん」

「……ん?」

「笹百合くんって、私は呼ぶよ」

「……それってやっぱりズルくない?」

「ズルくない」


私が言い張れば、彼はふふっと笑った。

青空のような、あるいはその下で咲く、百合の花の笑みだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ