9月15日
敬老の日です。
「……花?」
「そう、花。敬老の日のね。今からちょっと買って来てくれない?」
なんて、お母さんが言った。
私の家では毎年、敬老の日には花を贈ることになっていた。
祖父母の家が近いから、夕食を一緒に食べて、それからプレゼントするのだ。
「注文してたんじゃなかったの?」
「してたはずなんだけど……出来てなかったみたいなの」
「何で私が」
「いいでしょ、暇そうなんだから」
親ってよく暇そうだとか言うけれど、正直学生は学生で忙しいのだ。
断じて、暇なんかじゃないのに。
だけど、
「お小遣いあげるから」
「行きますお母様」
お小遣いに敵うものはない。
「花、花、花ね……」
某大ヒット曲じゃないけれど、花屋の店先に並んだ色んな花を見ていた。
が、よく分からない。
自分でも、センスがある方じゃないって言う自覚はあるのだけども、花ともなると花言葉やらが絡んできて更に訳が分からないのだ。
「敬老の日の花をお探しですか」
「あ、はい。えっと、お勧めとかありま……」
ふっと顔を上げれば、そこには……。
「……笹塚くん」
「こんにちは、かな、百日さん」
と、彼は微笑む。
「ど、どうしてここに?」
「どうしてって言われても、ここ、うちだから」
「うち? ……さ、笹塚くんちって花屋さんなの!?」
ほら、と言われて看板を見れば、フラワーショッブsasaと書いてある。
なるほど、笹塚の“sasa”か……。
彼が花の名前や種類に詳しいわけが漸く分かった。
家の影響ってやつなんだろう。
「手伝いしてるの?」
「うん。ダラダラしてたら、暇なんでしょって言われちゃった」
「あはは」
「百日さんは? お使い?」
「うん。お小遣いにつられて」
「僕もだ、給料もらえるからって」
お金が欲しいのはどこの家のこも同じらしい。私は思わずクスクスと笑った。
彼も控えめにクククと笑いを漏らした。
ひとしきり笑いあって、彼はそれで、と口を開いた。
「百日さんは何が欲しいの?
花束? それともアレンジメント? ああ、鉢植えっていうのもアリだけど」
「えっと、よく分からなくて」
そうだな、と笹塚くんは顎に手を当てた。
「花束はまぁ、敬老の日にはあまり向かないかもね。
飾っておくスペースがあったり、そういう飾るのが好きな人に贈るならアレンジメントかな。
植物を育ててたりする人なら、鉢植えもいいと思う。……これまでに花を贈ったことは?」
「ある、けど、多分アレンジメントだった気がする」
「植物育てるのは好きなの?」
「あ、うん。庭とかで、結構……」
おばあちゃんの管理する庭は、いつ見ても綺麗な花が咲いているイメージがある。
「なら今回はあえて鉢植えで、これとかどうだろう」
「……何、何の花?」
「竜胆。それも白寿っていう名前のね」
はくじゅ、と口にしてみた。
言い慣れない響きだ。
「百の一番上の棒を取ると白になるだろう?
だから、99歳のことを白寿って言うんだよ 。
長寿を祝い祈る気持ちを込めて、贈るにはいいと思う。
この鉢植えも、敬老の日のために用意したものなんだ」
当日には無いことも多いんだけど運がいいね、と彼はにっこりと笑った。
「ちなみにお値段2800円。ネットなんかだともう500円はするから、安いよ」
「……商売上手だね」
「ありがとう」
待ってもらってスマホで確認したら確かにそのくらいはした。
ね、と彼が追い打ちをかける様に、首を少し傾ける。
「じゃあ、それをください」
「お買い上げありがとうございます」
可愛らしい包装紙と籠まで付けてくれた。
これで2800円なら、本当に安いな。
「そうだ、百日さん。明日、あそこで会える?」
「あそこ? ああ、うん」
あそことは勿論、あのブックカフェのことだろう。
「螺旋階段の続きが出たんだって」
「え、嘘!」
「ほんと。今度のタイトルは『空中庭園』だってさ」
「うわぁ、早く読みたい」
「だよね」
と言って、彼ははい、と鉢植えを手渡した。
「ありがとう」
「いいえ、今後ともご贔屓に」
「ふふっ、よろしくお願いします」
そして彼は、そうだ、と悪戯っぽく笑って言葉と花を付けたした——。
店を出ていく時に、彼が小さく手を振ってくれていた。
恥ずかしいけれど、私も小さく振りかえした。
「ただいまー」
「おかえり。って、鉢植えにしたの」
「うん、店員さんのオススメでね。予算通り、三千円以内ですんだよ」
「それなら良かったわ」
と、鉢植えを渡す時、私は一緒に入っていたものをスルリと抜き取る。
「それは?」
「おまけ。その店員さんが私にくれたの。素敵でしょ」
「……その店員さんってイケメン?」
「それはもう」
「なら確かに素敵ね」
顔なのかよ、と思いながらも、私は手の中の花をクルクルと回す。
これは去り際に彼がくれた、笹百合の花だった。
彼は楽しそうに、でも気恥ずかしそうに、
「これが、本物の笹百合の花だよ」
と私に一輪手渡した。造花とはやっぱりまるで違うな、という言葉は飲み込んで、
「綺麗だね」
とだけ言った。
私の感じたのは、間違いじゃなかった。本物を見るとなおさら、笹塚くんと笹百合は重なって見えた。
「あげるよ、それ」
「え、いいの」
「いいんだよ、百日さんならね」
彼はそして、はにかみ交じりにこう言った。
「百日さんには、本物の笹百合を見て欲しいから」
「ふふふ」
笹百合を見ながら妙に機嫌のいい私に、お母さんが不思議そうに首を傾げた。
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