現代の錬金術師
このお話ではいよいよ事件が起こります。
一応この作品も推理小説というジャンルを名乗らせていただいておりますので、それ相応の描写がございます。さほど多くはありませんが、苦手な方はご注意ください。
「超人、ですか?」
「ええ。なんか、そういうのを作りだそうとしているって、この辺じゃ専らの評判なんですよ」
「はぁ」
人を求めてふらふらとあてどなく、しかし住宅地に向かって歩く事三十分。聞き込みに出掛けた俺は、ちょうど道端にいた主婦の集団に出くわした。どこにでも、例えここが一般人には近寄る事も恐れ多い高級住宅街だったとしても、こういう方々はいるものである。そこで、近所の情報通である彼女達に話を聞かせてもらおうと思ったのだが……。
――超人、か……。
最初からとんでもないものを引き出してしまった。よりにもよって、そんな非科学的な、信憑性に欠けるものが関わってくるとは。複雑な心境を抱えつつ、話し好きの奥様方のありがたい話に耳を傾ける。
「刑事さん、錬金術ってご存知?」
「まぁ、一応は」
何故いきなり錬金術の話にすり替わったのかは分からなかったが、女性の話なんてそんなもんだと思いつつ、情報を聞き洩らさないようにと話を合わせる。
「ご存知なら話が早いわ」
「あそこのご主人の丹場さんね、“現代の錬金術師”って呼ばれているのよ」
「はい」
「で、だから人間を、しかもそれを超えた存在を作ろうとしてるんじゃないか、ってもっぱらの噂なのよ」
「成程」
どうやら案外、繋がった話題であったようだ。丹場氏がそのような二つ名を持っている事も知らなかったし、それならば妙な噂が立つのも納得である。あの脅迫状の文言にもあった、“人を超えるは神への冒涜”というのはそういう事か。ようやく合点がいった。
「まぁ、実際はロボットのすごい奴とか、そういうのなんでしょうけどね」
そうまとめたご婦人は、流石高級住宅街に家を構えているだけあって、品と常識を兼ね備えた方らしい。
だが、ここで終わらないのが、幕を引いてくれないのが、全国共通のおば様方。
「でもね」
「はい」
「時折、あのお屋敷からうら若き乙女の叫び声が――きゃー!って」
「なんと、まぁ」
それは初耳である。脅迫状の他にも、そんな事があったなんて。係長も先に言っておいてくれれば良かったのに。そう思い、
「それは、通報などはされたんですか?」
と尋ねてみると、思わぬ答えが返ってきた。
「したわよ~。でもねぇ」
「なんか、無かった事にされちゃってるみたいなのよね」
成程。そりゃあ、こちらまで情報が流れてこない訳だ。おそらく、氏の圧力によるものだろうが、これは無視できない重要な証言だった。どうでも良い事であれば、わざわざもみ消したりしないだろう。相手はあの丹場だ。絶対に、無駄な事はしない。という事は、この事件を解く鍵になり得る。
「大変参考になりました。ありがとうございます」
初っ端から、思わぬ当たりを引いてしまった。これ以上関わると、井戸端会議に巻き込まれかねないので、噂好きのこお主婦集団に礼を言って、俺はとりあえず屋敷に戻る事にした。
*
「こんにちは」
他の屋敷の奴等に気付かれないように探すのは面倒だったが、建物の構造とこいつの性格を考えれば大体の位置は分かる。念の為、音を立てないようにそっとドアを開け、その隙間から覗きこんで確認をしてから、俺は丹場の部屋に乗り込んだ。我ながら寒気がするぐらいの営業スマイルを浮かべて、丁寧にノックまでして。
「まだ何か用かね?」
だが奴は、此方をぴくりとも振り向かないままにそう言った。突然の訪問者が誰であるか、承知の上で。一言しか言葉を発していないのにもかかわらず看破するとは。いやはや恐れ入った。
しかし、何やら書き物をしているようだから仕方ないとも思うが、それにしても身分は明かしているとはいえ、どこの馬の骨とも分からない人間に対してその態度。敵も多いだろう事を考えると、肝の座りっぷりに感服するしかなかった。俺も似たようなものだが、流石に格が違う。
「超人化計画」
だから揺さぶりをかける為にも、切り札を一枚切った。
「何だね、それは」
……どうやら、当てこする事も出来なかったらしい。本当に知らなかったというように、彼は答えた。これが演技なのだから、相当の狸爺である。
けれども、化かし合いで負ける訳にはいかない。尚も俺は喰らいつく。
「おや、貴方ならご存知なのではありませんか? “現代の錬金術師”。そのお噂は私のような者の耳にまで届いておりますよ」
「ふん。世辞はいらぬ」
やはり、そのような言い方には飽き飽きしているのか、下らないとばかりに一蹴された。それが功を奏したのかは分からないが、ここで、ようやく丹場が俺の方を向く。
「が、そこまで下調べをしてきた君に敬意を評して、一つだけ真実をくれてやろう」
「はい」
調査してきた事を看破され、しかもいちいち指摘されたのは屈辱以外の何物でもなかったが、それで貴重な証言を得られるなら安い物だ。腸が煮えくりかえりそうになるのを必死に抑え、平静を装い言葉を待つ。
「超人化計画。あれはもう、完了しておる。まぁもっとも、君達には、その意味すらわかるまいがね」
「ほう……」
「聞きたい事は、それだけかね?」
「また、来ます」
偉大なる先人に敬意を表し頭を下げてから、俺は一先ず丹場の前から退散した。
*
「こ、こんにちは」
一人残されてしまった僕は、とりあえず屋敷にいる人に片っ端から声を掛けて見る事にした。のだけれども……。
「また、素通りかぁ」
まるで僕の存在など目に入ってすらいないように、誰も彼もが完全に無視して、すたすたといってしまう。ただ一人、玉串という青年は協力してくれそうな素振りを見せてくれたのだが、それに気付いた弦巻に連れていかれてしまった。それもあり、一人になる所を狙ってアプローチをかけようと張っているのだが、見抜かれているのかどうもチャンスが無い。
どうして上手くいかないのか。笑顔が悪いのか、それとも言葉がまずいのか。一人声を掛けるごとに考え直し、思考錯誤を繰り返していた。
その後も粘ってみたが、全員に空振りを期した僕は、大人しく部屋に戻る事にした。
*
俺が屋敷に戻ったタイミングを見計らったように、部屋をノックする音が響いた。
「はい」
ドアを開けると、そこに立っていたのは、俺達をここまで案内してくれた紅れんげだった。
「大変お疲れ様でございました。今夜はもう遅いですから、どうぞお泊りになって下さい」
「しかし」
「この部屋はお好きに使っていただいて結構ですので」
どうやら彼女は、誰かから言付かってきた事をそのまま俺達に伝えているだけらしい。丁寧な物言いなのに、此方の良い分などお構いなし。有無を言わさぬ雰囲気が出ているのは、使命でやっているからだろう。それでも、流石に留まるのはまずいと引き下がろうとしたのだが、
「おい、れんげ」
「はい、ただいまー。では、おくつろぎください」
誰かに呼ばれて立ち去ってしまい、それ以上議論する事が出来なかった。
「まぁ、良いじゃねえか。後で電話だけ借りて、報告しときゃ問題ないさ」
先輩の顔を立てた訳ではないのだが、我々は丹場邸に泊まることとなってしまった。
「それより」
先程までの適当な感じと打って変わって、真剣な口調になった兵藤はこう問い質してきた。
「何か分かったか?」
隠す事でも無かったので、俺は近隣住民から聞いてきた、普段ならばそんな阿呆な、と一蹴してしまうような噂話を全て話した。何となく、無視する事は出来ない気がしたのである。
「そ、そんな怖い話があるんですか……」
話が終わった後、端本はこんな的外れな感想をもらしていたが、兵藤には引っ掛かる点があったらしく、一瞬だけ険しい顔をする。この仕草は、物事を記憶する時の彼の癖だった。その後、一応とばかりに端本にも同じ話題を振る。
「そっちはどうだ? 何か変わった事はあったか?」
「特に気にするほどの事でもないと思うんですが……」
「ほう」
駄目元で聞いてみたのだろうが、思いのほか何か握っていそうだったので、俺も居住まいを正した。
「本当、大したことじゃないんですよ」
「なんだよ、言ってみろ」
「この家……音がしないんです」
「音?」
思わぬ着眼点に、何が言いたいのかが見えてこなかった。
「はい。ここはそうでもないんですが、離れなんかすごいですよ。ドアの隙間もふさがれていて、中に人がいるかどうかさえ、全く判断できないんです。おかげで、耳をそばだてて会話を盗み聞き……じゃなかった、盗聴、でもない。兎に角、部屋の中にいる人の声を聞く事は出来ませんでした」
よほど何かあったのだろう。端本はぶつくさと不満そうに言うが、だがそれを聞いて、ようやく腑に落ちた。何の事は無い。それはただ、機密主義なだけだろう。そう思った俺は、
「それはまた、念の入った事で」
と当り前の感想を漏らしたが、兵藤は違った感想を持ったらしい。
「いや、でもそれにしたって一応は一般人だぞ? 研究の為だからってそこまでやるか?」
一理あるとは思ったが、誰もそれを否定、あるいは肯定出来る材料を持っていなかった。
この後は推測の押収になり、議論が袋小路に入ってしまったので、その日は大人しく寝ることとなった。
*
一方、先程紅れんげを呼び出したのは、弟子の一人である紬創一だった。
「あいつらと何を喋っていた」
同じ弟子でもあるにも関わらず、横柄な態度を取る紬。やはりこの辺り、何か複雑な事情があるようだ。
「特には。ただ、皆様をご案内していただけです」
「余計な事、喋らなかっただろうな?」
「はい」
それを聞いて、紬は胸をなで下ろしたようだ。けれども、次の紅の言葉を聞くや否や、表情が豹変した。
「紬様の不利益になるような事は、何も」
「あ?」
何と彼は、突然紅を壁際に追い詰めたのである。
「別に、やましい事なんてないんだけど」
どうやら、彼女の言い方が気に障ったらしい。その顔からは一切の余裕が消え、浮かんでいるのは怒りのみだった。
「失礼いたしました」
そんな紬に対し、間髪を入れずに謝罪する紅。それはなんだか、機械仕掛けの人形のように正確で、態度をころころと変える紬とは対照的であった。
「お前はそうやって、俺の言うとおりにしてればそれで良いんだよ」
それだけ言うと、紬は去って行った。その場にとり残される形となってしまった紅。彼の後ろ姿をきちんと見届ける様も、なんだか血が通っていないように見える。
その彼女はと言えば、口元にほんの少し笑みをたたえると、そのまま宵闇に紛れて、どこかに消えてしまった……。
*
「ふぅ……」
昼間来たあの刑事。ぼんくらかと思ったが、なかなかの食わせ者であった。まぁ、たまには刺激も必要だが、これからどう切り捨てようか。
そんな儂の思考を遮るかのごとく、扉を叩く音がした。乾いた音が何とも耳障りである。
「なんじゃ」
面倒なので鍵は開けっぱなしにしてある。入りたいのなら、勝手には言ってくれば良い。しかしこんな夜更けに誰が訪ねてくるというのか。恥知らずの顔を拝んでやろうと、ちらりと後ろを振り向いた。
*
翌朝。
「ふわああ。おい、朝だぞ。起きろ」
「う……」
寝起きには聞きたくもないだみ声で起こされた。不愉快な目覚めである。まぁ実際の所、眠れやしなかった訳だが。
「いやー、ここの布団は最高だな。寝心地抜群」
そんな俺達とは対照的に、すっきりとした爽やかな朝を迎えている兵藤。言うまでも無く、被害者である俺と端本は無言の圧力を送る。
『・・・』
「あ? なんだ、その怨みがましい視線は?」
――あんたのいびきの所為でこちとら寝られなかったんだよ!
非難を浴びせようとしたのだが、その考えは突然鳴り響いたつんざくような悲鳴によってかき消された。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
『!?』
「行くぞ!」
言葉を発するより早く、兵藤はもう部屋から消えていた。これはもう、流石としか言いようがない。この切り替えの速さは見習うべき所がある。
「え、で、でも」
特に、この状況が飲み込めずあたふたとしている後輩なんかには。事件は年中無休。いつ起こるか分からない。それに対応出来るようになれなければ、刑事は勤まらない。
「ぼさっとするな! 俺達も向かうぞ!」
ぐずぐずしてはいられない。端本を焚き付け、俺も現場に走った。
「お、お屋形様が、お屋形様が……」
辿り着いたのは、どうやらこの屋敷の主人である丹場の部屋のようだった。扉の前で立ち尽くす紅れんげを横に退け、中を覗き込む。彼女が第一発見者、という事なのだろう。思い返せば、あの悲鳴は女性のものだった。
部屋の中は、まるで地獄だった。家具やカーテン、カーペットなんかも焼き尽くされ、物という物が焦げてくすぶっている。まるで、彼の断末魔の叫びが咆哮して炎に変わったような、そんなすさまじい有様だった。そして、部屋の中央には、人の形をしたものが倒れている。衣服は勿論、髪も肌も焼けて炭と化し、黒こげになった、かつて人だったと思われる物が。
誰だか分からないほどに焼けただれたそれを、しかし特定する事は容易だった。
「丹場さん……」
「なんだ、今の悲鳴……。って、せ、先生!」
「親父がどうかしたのか!?」
「入るな! 現場を荒らすんじゃねぇ!」
中に入ると、更に異臭が鼻につく。ハンカチを取り出し、口にあてがいながらも、証拠を探してその目を彷徨わせる。
「まるで巨人が口から炎を吐いたみたいですね……」
この異臭と酷い有様を見て吐かなかった事は褒めてやろう。だが、言ってる事はファンタジーである。
「俺には、ガソリンでもまかれて火ぃつけられたように見えるがな」
「ああ、成程」
それでも、嫌味攻撃にも負けず、きちんと正しい事は正しいと自分の意見を修正出来るとは。この後輩、どこまでも素直である。
「噂にとらわれ過ぎなんだよ。とりあえず鑑識に連絡! あと、係長にも連絡入れとけ!」
ここまで深刻な事態ではないはずだったのに。依頼主の死という最悪の形で、事件が幕を開けてしまった。
今回は視点変換が多いので、少し読みにくいかもしれません。
また、まだ明かしていないような(警察サイドが知らないような)情報がちらちらと出てきています。疑問を感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、次話では今回出てきた情報をある程度整理して行きますので、ご安心を。
さて、事件の幕が開けてしまいました。果たして事件の真相とは。
賢吾さん達と一緒に推理していただけると幸いです。