夕刻
空の端が茜色に染まり始めた頃。誰もいないのどかな土手道を、親子が仲良く談笑しながら歩いている。
「お前は、大きくなったら、何になりたいかね」
ふと、男は傍らの少年にそう問いかけた。
「うんとね……」
彼は小首を傾げ少し考えてから、元気いっぱいに言う。
「大きくなったら、僕は、たくさん勉強して、お父さんみたいにりっぱな人になりたい。そして、お父さんのお仕事を手伝うんだ」
「ほぅ。お父さんの仕事を手伝ってくれるのか。それは頼もしいな」
「うん」
仲良く並んで、つないだ手と反対側の手を勢い良く振り回しながら、
「だって、そうしたら、お父さん休めるもの」
と、まだあどけなさが残る少年は笑顔を見せた。
「ははは、そうかそうか」
男もそれに答えるように、嬉しそうに笑う。仲睦まじい、親子の日常である。
ひとしきり笑い終えると、今度は後ろにいた少女に、男は声を掛けた。今までずっと、二人の後ろにつき従っていた、影のような娘に。
「お前は、どうかね」
何故か彼の表情は先程までの優しい笑顔とは異なり、暗く陰ったように見えた。
一方、声を掛けられた方の少女は、突然自分に話しの矛先が向いた事に驚いたようだった。足元だけを見ていた目線が、声の方向に、すなわち男の方を向く。だが、それも束の間。彼女はまた下を向いて、顔を強張らせてしまう。
「わたしは……」
それでも、何とか応えようと一生懸命言葉を探す。消え入りそうなか細い声は、長い黒髪をはためかせた一陣の風に攫われてしまいそうだった。
「もし大きくなれたら、わたしは……」
橙だった空が、いつの間にか燃え盛る炎のように、紅く染まっていた。
縡月葩鵺士の“Seasons”のシリーズでお馴染、名探偵成田賢吾さんの物語第一弾です。
この作品はハードボイルドな推理小説を目指して、ネタ提供は穂葉さんでお送りしております。
どうぞよろしくお願いいたします。