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思い出話をしましょうか。

作者: 柚木あずさ

 今までありがとう。一緒にいさせてくれて。


 こんなこと一度も言えなかった。つきあい自体は長かったけど、真剣に向き合ったことって、あんまりなかったもんね。けど、私はずっと感謝してた。白いだけの飾り気の無い私を選んでくれたもの。その時のこと、貴方はもう忘れているのでしょうけれど、私は今でもしっかりと覚えているわ。


 そういえば、貴方と一緒にいて本当にいろんなことがあった。


 私が迷子になったこととか、覚えてる? 出会ってから一か月たつかたたないか、くらいの時のことなんだけれど。あの時は私ひとりが締め出されちゃって、貴方のところへ行けなかった。私だってどうにかしようと思ったの。でもどうしようもできなくて。居場所くらい伝えられたら良かったんだけど、それもできなくて。


 知らない場所で一人ぼっち。暗く、しんと静まり返ったあたりの空気が重苦しくまとわりついていた。遠くへだてて聞こえてくる音が、静寂を際立たせるだけでしかなかった。潰れそうだった。


 その時なの。貴方は私を見つけてくれた。


 嬉しかった。あぁ私って大切にされてるんだ、って実感できたのもその時。いつもそっけない貴方だから、もしかして来てくれないんじゃないかって不安だったのよ。迷子癖がついたのもその時からだったの。気づいてた? 迷惑かけてごめんなさいね。


 貴方は少しおっちょこちょい。よく失敗して、そのたび私に泣きついて。自分の後始末くらい自分でしなよ、って一度くらい言ってみても良かったかな。――冗談よ。


 頼りにされるのって嬉しいものよ。ちょっと大変だったけど貴方のためならと身を粉にして働いたわ。こんなことを自分で言うのって少し変な感じがするね。


 そうやって綺麗さっぱり片付いた後は、早速次の仕事に手をつける。また似たようなミスを繰り返してたものだから、傍から見ていつもハラハラしてた。でも、また頼ってくれるのかなぁ、なんて期待してたりするわけで。


 ちょっと不注意だけど、失敗にくじけない貴方が好きなの。ずっと見つめていたかった。


 それも叶わない夢よね。


 きっと私の存在っていうのは、とうに小さく小さくなっていたんでしょうね。扱いが乱暴になっていくのも耐えて、貴方のためならと身を削ってでも成し遂げて、ひたすらに貴方を追いかけていた。


 ただ認めたくなかっただけかもしれない。貴方はまだ必要としてくれていたから。


 真っ黒に汚れてボロボロで。


 必死になって頑張って。


 ただ一緒にいられることが嬉しくて。


 ……けれど、綺麗でいた方が嬉しいよね。



 ゴシゴシ、ゴシゴシ。



 こすっても磨いても綺麗になれないの。むしろ黒く黒く汚れていく。



 ゴシゴシ、ゴシゴシ。



 汚れは取れるのに、どうして綺麗になれないの。黒く黒く、どんどん黒く――。


 もうそろそろお役御免よね。大丈夫、分かっていたつもり。すりきれて汚れきった私が、いつかは捨てられるってこと。さんざん利用して捨てるってことを繰り返してきた貴方だもの。私が初めてじゃないってことも薄々気づいていたのよ。知ってた?


 もう新しい子を探しているのかしら。その子も利用するだけ利用して捨てるつもりかしら。


 ――ねぇ、返事もしてくれないの?




「あ」




 それは小さなすれ違い。


 私は貴方の指の間から抜け落ちた。


「やべ、消しゴム落とした」

「どこ? 拾うよ」

「あ、いいよ。もう小さかったし、代わりのあるし」


 もう見向きもしてくれないのね。ひどい人。





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― 新着の感想 ―
[一言] 柚木さん、初めまして(笑)。 なろうでお世話になっております藤夜でございます。m(_ _)m 恋愛小説に飢えてかつえて(しつこいですね)さまよって辿り着いたこちらの作品。 切なげに始まる物語…
[一言] e-っとですね普通に読んでいたらオチに気づかずに最後まで読んでたかなと思うんですけど……不覚にも、ちょいパソコンの左端を見てしまって……それでも面白かったです。それと何か恐怖も感じました。消…
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