三話 パーティゲームはノリと勢いが大事です
色々と大変なことになってます。
クリスマスパーティは楽しく、賑やかに、騒がしく進んでいた。
料理はトラブルや急拵だったのもあったので手の込んだものは作っていない、と夜風が言っていた。
実際は定番ともいえるローストチキンに加え、ポテトを中心にブロッコリーやトマトで周りを囲い、ハムで作ったリボンをつけたリースサラダといったデザイン性まで凝ったものまで並んでいるので、とても急拵で作ったような代物には見えない。
そしてもう一つ驚いたのは史が持ってきたホールケーキだ。
彼が持ってきた箱から出されたのは7号(大凡21センチ)はあるであろう大きなホールケーキ。
生クリームに苺といったシンプルなもので、上の部分にはチョコレートの板には“Merry Christmas”と描かれ、脇には小さなサンタの砂糖菓子が置かれている可愛らしいデザインのものだった。
それを箱から出した史に対して夜風の友人らしい眼鏡の少年の『何処で買ったんだ?』という問いに対して彼はこう答えた。
――『自分で作った』
普段の彼を知っているなら者なら誰しも驚愕するような事実にその場にいた全員が驚きの声を上げた。
あの何を考えてるかわからないような無表情男がこんなファンシーなデザインのケーキを作ってくるとは誰も思わないだろう。いや、それ以前にケーキが作れるという事実そのものが驚きだった。
「お兄ちゃ~ん!もっともっと飲もうよ~!」
「おい、正平!メアに酒は飲ませるなって言っただろう!?」
「かったいこと言いっこなしだぜ、歩夢!今日は無礼講だ~!!」
「アハハハッ、そうですよ歩夢君!こっちで一緒に飲みましょう~!!」
「ええっ!?ちょ、シエル!?」
「ふふっ、皆が酔いつぶれたところで歩夢さんは私のものです……」
そしてもう一つ。あの眼鏡の少年が持ってきていた酒によって状況はより激化していた。
とりあえず、何というカオスな状況だろう。
メアはともかくシエルに至ってはキャラ崩壊を起こしているではないか(フィユの発言は敢えてスルーする事にした)。
そんな風に騒ぐ夜風達をオレンジジュースを飲みながら横目に見ていると隣に誰かが座った。
史だった。
「混じらないのか?」
「……アンタこそ」
「俺があそこにいたら場違いってものだろう」
「なら……あたしだってそうよ」
「そうか?俺にはお前が、羨ましいものを見る目をしているように見えるんだがな」
「なら、それはアンタの目が節穴なのよ」
「……そうか。それならそういうことにしておこう」
「……引っかかる言い方ね。まるであたしが間違ってるみたいじゃない」
「事実そう思っているからな。少しは素直になったらどうなんだ」
「……アンタにだけは言われたくないわ」
「……それもそうだな」
会話が一度途切れ、残ったオレンジジュースを全て飲み干す。
コップの中身が無くなったところで、八神は再び口を開いた。
「アンタさ……」
「……何だ?」
「変わった、よね……」
以前会った時は気がつかなかったが、今の史は自分の知る昔の彼とは違っていた。
無表情なのは変わらないが、こうして改めて話していると、彼の目が生きている者のそれになっているのがわかる。
八神の問いに史は少し逡巡するような間を挟み、そして答えた。
「お前もな……」
「…………」
史のその言葉に、八神は無言で返した。
「さ~て、盛り上がってきたところでメインイベントだ~!」
不意に立ち上がりながら声をあげたのは眼鏡の少年、しょうへいだった(夜風がそう呼んでいるので多分そういう名前なのだと思う)。
その手に握られているのは箸立てのように割り箸が何本か入った容器。
「王様ゲームを始めるぞ~!」
「マ、マジでか……?」
「アハハッ、面白そう!」
「お~、正平君ナイスアイディア~!」
「定番ですね」
やった事はないがどこかで聞いた事がある。
確か何人かでクジを引いて、王様を引いた人が「○番が○○する」や「○番が○番に○○する」といった感じでブラインド形式で命令して楽しむパーティゲームだ。
命令の内容は余程モラルから外れたりしていない限りは基本的に拒否できず、極端な話ノリだけで進行すると言っても言い過ぎではないようなゲームなので進むにつれて命令内容がかなり過激なものになったりもするらしい。
「あたしはパス」
八神は早々に不参加の意を示した。
何もこんなギャンブル性の塊みたいなゲームに参加する義務はないはずだ。
しかし、ここで挑発めいたメアの声が返ってきた。
「へぇ~、逃げるんだ?」
「……何か言った?」
嘲笑するような笑みを浮かべるメアに八神は眉をひそめながら問い返した。
「言ったよ~。自分が何か変な事させられるんじゃないか不安で逃げるんだよね~?」
「……言ったわね」
血管が頭の中でブチッと切れるような音が聞こえたような気がした。
メアも恐らく酒の勢いだとは思うが(そもそも普段ならゲームに混ざって欲しくないと思うはず)こんな風に挑発されては引くに引けない。
我ながら単純だと思う。
「やってやろうじゃないの!」
「よ~し、じゃあ皆クジを引いてくれ!史、お前もな!」
「……たまには悪くないかもしれんな」
「あんまり過激なのは勘弁してくれよ……」
しょうへいの用意していたクジを皆で一斉に引く。
引いたクジの先には3と書かれていた。
正直なところ勢いで始めてしまったがいきなり王様になっても何を指示したらいいかわからないのである意味安心した。
「さあ、王様は誰だ!?」
「お、俺……」
おずおずと手を挙げたのは夜風だった。
「おっし、歩夢。最初の命令は?」
「う、う~ん……」
「無難なものにしておけばいい。こういうのは少しずつ盛り上げていくものだ」
「……じゃあ、1番が3番の肩を1分間揉むってのでどうだ?」
「よ~し、1番と3番挙手!」
――いきなり、か……
しょうへいの言葉に従い、八神はしぶしぶ手を挙げる。
もう一人はシエルだった。
普段より赤みを帯びた顔でニコニコと八神を見ながらシエルは彼女の後ろに回り込んだ。
「明星さん、失礼しますね~」
「う、うん……」
「栞、時間の計測を頼んでいいか?」
「はい」
史が栞に時間の計測を頼んだのを確認したところでシエルは肩を揉み始めた。
特別凝る方ではないと思っていたがその絶妙な力加減が気持ちいい。
「ん……ふ、う」
「ふふっ……明星さぁん、気持ちいいですか~?」
「気持ち……いい、けど……声が、あ、ふ……」
舌足らずな感じで聞いてくるシエルの問いに思うように答えられない。
我慢しているつもりなのに、気持ちよさからどうしても声が漏れてしまうのだ。
そんな姿を周りにいる人たち全員に見られているという羞恥で顔も火照ってしまう。
「女の子同士なんですから緊張しなくていいんですよ~、りらっくす、りらっくす~」
「ふ、あ……ちょ、栞……ま、だ、なの……?」
「あと28秒です」
栞の無慈悲な宣告を受け八神は項垂れる。
気持ちいいのは確かなのだがこれではある意味生殺しだ。
「明星さん、か~わい~♪」
「シ、エル……も、やめ……ふ、あぁ……」
「時間になりました」
終了の合図でシエルから解放された八神はそのままクッタリと倒れた。
今まで生きてきた中で最も恥ずかしいシチュエーションだった気がする。
「ふ~ん、八神もちゃんと女の子みたいな声出せるんだ~」
「ど、どういう意味よ……!?」
「顔を真っ赤にしてる明星さん、可愛かったな~」
「シエル、アンタ手加減って言葉知らないの……?」
「肩揉まれてる時のやがみさん、何だかエロかったなぁ……」
「思い出すな!変態眼鏡ッ!!」
「八神さん。その、大丈夫……?」
「アンタのせいでこうなったんでしょうが!!」
ゲームはまだ始まったばかりである。
予定通りに終わるのだろうか……
楠葉でした。