三十九話 幸せな夢
三女編終了の話なのに三女が出ない不思議(
大晦日なのにクリスマスイベントすら終わっていないという……
歩夢と優夢の二人は箱庭の中心に聳え立つ樹の根元に腰掛けていた。
フィユは先に母との別れを済ませ、箱庭から出て行った。
もう二度と先代の主と会う事は出来ない。
それでも彼女はハッキリと母に告げていた。
夢の中のような後悔からの謝罪ではなく、感謝と別れの言葉を……
「ねぇ、歩夢……」
「……何?」
「これで……よかったと思う……?」
優夢は天井のない空を見上げながら、ポツリと呟くように歩夢に聞いた。
その姿は今にも雪のように溶けて消えそうな、儚い存在に見える。
いや、実際そうなのかもしれない。
「よかった、って何が……?」
「私……あの子達に今の生き方を押しつけたんじゃないかなって思って……」
「……押しつけた?」
「……うん」
寂しそうに見上げているその瞳に何が映っているのか、歩夢にはわからなかった。
ここにいる間、母はずっと一人で自問自答していたのかもしれない。
「後悔、してる……?」
「それは……してない、かな」
「なら、それでよかったんだと思うよ」
歩夢は正直に思った事を答えた。
何をどうするのが本当に正しいかなんて、誰にもわからない。
人によって価値観なんて違うのだから。
今は正しいと思っていても、後に間違いだったと思う日が来るかもしれないし、逆もまた然りだ。
だから、今そんな事を考えても仕方がないし意味もない。
ならばせめて、自分が後悔しない選択をするべきなのだと歩夢は思った。
「そっか。歩夢にそう言ってもらえたなら、そうなのかもね」
「なんだよ、それ」
「ん~ん、何でもない」
優夢がすっと立ち上がる。
歩夢にも何となくわかっていた。
今、こうしていられる時間も、もう長くはないという事は……
「ところで歩夢、明日は何の日か知ってる?」
「明日?……12月24日だからクリスマス・イヴとか?」
「半分正解。実はね、私と歩紀さんの結婚記念日なの」
「……そうだったんだ」
初耳だった。
元々は祝っていたのかもしれないが昔の事だし、幼かった事もあり覚えていない。
母が亡くなってからはそういう日であったという事を父である歩紀に聞いた事がなかった事もある。
「……でね、歩夢に3つお願いがあるの。聞いてくれるかな?」
「クリスマスプレゼントにしては多いね。何……?」
少し冗談めかして返す歩夢。
自分の覚えている中では、恐らく最初で最後の母の頼み。
それをわざわざ断る理由は歩夢にはなかった。
「うん。1つ目は、あの子達を……幸せにしてあげて。それがどんな形でもいいから、生きててよかったって思わせてあげて欲しいの」
「……うん。頼まれるまでもないよ。俺はもう、あの子達の主だから……」
「そっか……そうだよね」
歩夢の答えに優夢は満足そうに微笑む。
「2つ目は歩夢、貴方に魔法を学んで欲しいの」
「魔法を……?」
「うん。それがきっと貴方とあの子達の為になると思うから」
「……わかった。出来るかわからないけどやってみるよ」
今回の件一つとっても自分は何も出来なかった。
結果としてうまくいったからよかったようなものの、いつまでもこのままではいけないとも思う。
そういう意味でも母の言う事は正しい。
「それで、最後のお願いだけど……歩紀さんに伝えて欲しい事があるの」
「……父さんに?」
「うん」
胸に手を当てながら、優夢は瞳を閉じた。
指には銀色の質素な指輪が光っている。
その姿は昔の父との思い出を懐かしむように見えた。
「約束……守れなくてごめんなさい、って……」
「約束……?」
「そう言えば伝わるから。内容は内緒」
悪戯っぽく微笑むも、それが誤魔化しの笑みである事はすぐにわかった。
しかし、だからこそ、歩夢は約束の内容を聞く事が出来なかった。
本当に大事な約束だったのだと思ったから。
「じゃあ、そろそろお別れの時間ね……」
「え……」
歩夢は目を疑った。
優夢の輪郭がぼやけ、薄く透けていたのだ。
それだけではない。
よく見れば床に光っていた魔法陣の輝きも弱くなっている。
「母、さん……」
「知ってるでしょ?私は意識体。戻るべき体のない、実体のない存在だって」
「わかってる……わかってるけど……!」
「歩夢……」
唐突な別れに震える歩夢を優夢が抱きしめる。
確かな温もりが、そこにあるのに。
それが夢のように儚く消える幻想だと、歩夢は思いたくなかった。
「覚めない夢はないのよ、歩夢」
「母さん……」
「……でも」
優夢は少しだけ体を離し、そして微笑んだ。
慈愛に満ちた、幸せそうな笑みを。
「幸せな夢をありがとう……歩夢」
頬に受けた温かな感触を最後に、歩夢の意識は光に呑まれた……
大晦日と元旦も休みがなくて涙目です。
フィユと母の別れの会話は母視点の番外編で書く予定です。
楠葉でした。