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魔法使いと夢と夢魔  作者: 高町 楠葉
第一章 魔法使いの息子
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三十八話 おはよう

年末年始少しくらい休みが欲しい……

 そこはとても暗いところだった。

 ただ、何処までも続く闇。

 光も、音も、何もない。

 立っているのか、浮いているのかもわからない。

 そんな奇妙な感覚。


――ごめんなさい……


 最初に出た言葉はこれだった。

 これは罰なのだと思ったから。

 大切な人を傷つけてしまった罰を受ける場所なのだと。

 そう思ったから。


――ごめんなさい……ごめんなさい……


 謝ると、苦しくなった。

 謝ると、切なくなった。

 謝ると、周りがもっと暗くなった。

 謝ると、体がどんどん重くなった。

 謝ると、闇の底に沈んでいくような感じがした。


――ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……


 でも、私は謝る事をやめなかった。

 これは罰だから。

 大切な人を奪ってしまった罰だから。

 謝らないといけない。

 許してもらえなくても、謝り続けないといけない。

 そう、思っていた。


『誰が怨んでるなんて言った……?』


 闇の中に声が響いた。

 それはとても懐かしい声。


『誰が奪われたなんて言った……?』


 声が響く度、闇がひび割れて光が差し込んだ。

 それはとても懐かしい光。


『人の気持ちを勝手に決めてないで……さっさと起きろこの寝坊娘ぇぇぇぇぇ!!!』


 闇が……砕けた。





 砕けたガラスが宙を舞い、霧散していく。

 その様子を私は少し驚きながら見ていた。

 正確に言えばアレはガラスのような透明な何か、でしかない。

 ここは空想の世界。自分で好きなように作り変える事が出来る夢の世界。

 故に“箱庭”。

 つまりアレは私と使い魔達を隔てる為に作った壁。

 透明なのは、再び目覚めるその日までの孤独を僅かでも癒やす為。

 そんな私の心の現れ。


「フィユ……」


 アレは単純な物理的衝撃で壊せるものではない。

 本人が望むかあるいは望まれるかしなければ開かない。

 フィユの場合は周りに望まれていても、それを上回る自責の念で開かなかったのだ。

 それを歩夢は破った。

 自分の気持ちを、想いをぶつけて。

 彼女は許して欲しかったわけではなかった。

 でも、罵って欲しいわけでもなかった。

 ただ、叱って欲しかったのだ。


――「謝るな」と。

――「人の気持ちを勝手に決めるな」と。


 歩夢の口から、そう言って欲しかっただけなのだ。


「ホント、根は素直なくせに強情なんだから……」


 呆れと愛おしさを半分ずつ混ぜたようなため息が漏れた。

 これでようやく私もお役御免だ。

 胸に手を当てる。

 自分の中で、心臓のように音を奏でるオルゴール、“エターニティ”。

 これを止めれば箱庭も消え、そして私も消える。

 未練は沢山あるけど後悔はない。

 歩夢が言っていたように、これは自分で決めた事なのだから……





 ガラスが砕け、全て散って消えた後、歩夢は我に返った。

 勢いに任せて殴ってしまったが、自分は今とんでもない事をしたのではないだろうか?

 砕けたガラス?のようなものは宙で消えたようで、中にいるフィユに怪我などなさそうだが、それも安心する理由にするには少々心許ない。


――まさか殴っただけで壊れるとは思わなかった……


 恐る恐る優夢のいる後ろを振り返る。


「もう、大丈夫よ。ありがとう、歩夢……」

「……本当に?」


 ただ単に思い切り殴っただけなんだが。


「うん、本当に」


 優夢の言葉にひとまず胸を撫で下ろす。

 そのまま視線をカプセルに戻し、フィユの様子を窺うように顔を近づけた。

 ピクリとその目元が動く。


「フィユ、聞こえるか……?」


 歩夢の問いに対してゆっくりと瞼を開くフィユ。

 琥珀色の瞳に自分の姿が映ったかと思うと、次の瞬間には首筋に腕を伸ばして抱き寄せられた。

 そんな場合ではないとわかってはいても、思わず胸が高鳴る。


「フィ、ユ……?」

「……」


 歩夢の呼びかけにフィユは応えない。

 或いは言葉が浮かばないのか。

 彼女の心音がトクトクと伝わってくる。

 それが歩夢をかえって落ち着かなくさせた。


「歩夢さん……」

「な、何……?」

「一度だけ。一度だけ、謝らせて下さい……」


 一度だけ。

 きっとその一度に大きな意味があるのだろう。


「いいよ、何?」


 察した歩夢は言葉短く、フィユを促す。

 フィユは小さく息を吸うと口を開いた。

 なんて事はない、ごくごく小さな謝罪を。


「寝坊してしまいました。ごめんなさい」


 予想していなかった一言に歩夢は一瞬キョトンとする。

 そして小さく吹き出した。


「ああ、おはよう。フィユ」

あと少しなのに終わらない……


楠葉でした。

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