三十七話 箱庭と夜風優夢
ク、クリスマス……(汗
「……起きれる?」
優夢の問いに歩夢は頷きながらゆっくりと身を起こした。
視界に最初に飛び込んだのは、大きな樹木。
そして真っ暗な部屋を照らすように光る、床に広がった大きな魔法陣。
「ここが、箱庭……?」
「そうよ」
栗色の髪を肩まで垂らした、やや色白の肌。白いワンピースに身を包んだ優夢が立ち上がりながらそう答えた。
「じゃあ、やっぱり貴女は……」
「ふふっ、若いでしょ?」
茶目っ気のある笑みを返しながら微笑む優夢。
しかし歩夢はあくまもで真面目に切り返した。
「貴女が……母さんの意識体……」
「あら、私は夜風優夢本人よ。人格も記憶も間違いなく私。戻るべき体がないのは確かだけど、証明の為に歩夢の生年月日とか言っておこうか?」
「そういうことを言ってるんじゃない!!」
優夢の微笑みに対して歩夢は思わず怒鳴り返していた。
「どうして……どうしてなんだよ……!!!」
意識体だと――本人ではないと割り切るつもりだった。
フィユを救うことだけを考えていたはずだった。
今の今までは。
歩夢の心は……グラついていた。
「どうして、そんな風に笑っていられるんだ……!?」
あの膝枕の温もりも、髪を撫でられた時の感触も、向けられる笑顔も、名前を呼ぶ声さえも。
母だった。
何も違わない。
今、自分の目の前にいるのは間違いなく自分の母なのだ。
それを自らの手で消す事などどうして出来ようか!?
「母さん俺は……!!」
「フィユを起こしに来たんでしょう?」
歩夢は面喰った。
驚くでもなく、悲しむでもなく、ましてや怒るでもなく、ただ微笑みを浮かべる母を見て。
そして、それを行えばどうなるか誰よりもわかってるはずの本人の口から事実を告げられた事に対して。
「どう、して……」
「ずっと見てた。オルゴールを通して、ずーっと。だから知ってた」
「それなら何で……」
「自分で言ってたでしょ?歩夢も、勿論私もフィユが消える事なんて望んでない。あの子達に歩夢が言っていたみたいに、歩夢もこの事で気に病む必要なんて何もないの」
優しく、ただ優しく、優夢は歩夢を抱きしめた。
そこには一片の誤魔化しもない。ただ、事実を事実として受け入れた母の姿があるだけだ。
「でも、俺は……」
「辛い思いさせてごめんね、歩夢。でも、お母さん本当に嬉しいの」
心底嬉しそうな笑みを浮かべて、優夢は続けた。
「成長した、優しい息子に会えたから……」
「母、さん……」
母の言葉に、歩夢は目頭が熱くなる。
瞼の奥から込み上げてくるものを堪えることは、もう出来なかった。
「う……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
歩夢は声を出して泣いた。
泣いて悲しみが消えるわけじゃない。
それでも歩夢は泣いた。
今、ほんのひととき出会えた奇跡に、感謝と喜びを少しだけ混ぜて。
「フィユ、聞こえる?」
「……」
優夢の問いかけに、大きなカプセルの中で眠る少女は答えない。
彼女が母の最期の使い魔、三女のフィユ。
「歩夢がね、来てくれたのよ。フィユがあんまりお寝坊さんだから……」
「……」
シエルとメアの丁度中間くらいの身長に優夢の髪の色に似た薄い栗色の長髪。
まるで日向ぼっこでもしているかのようなあどけない寝顔。
しかしどれだけ優夢が声を掛けても、その瞼はピクリとも動かない。
そんな結果に優夢は少し寂しそうな表情のまま、唇を噛みしめた。
今度は歩夢が話しかける。
「フィユ。初めまして……じゃないんだっけ。俺が覚えてないだけで昔に会ってるんだよな……?」
歩夢はフィユの答えなど待たずに続けた。
「シエルもメアも、母さんも俺も……フィユが目覚める事を望んでる」
「……」
「俺の事が嫌いなら、それも仕方ないとも思う。でも君は謝ってくれてる。後悔もしてる。俺はそんな君がこのまま悲しい夢の中で消えていって欲しくない……」
「……」
どれだけ言葉を吐露してもフィユは反応しない。
シエルとメア、それに母の想いに応える為にここまで来たのに自分に出来る事はこうやってただ語りかける事だけなのだ。
――ちくしょう!ここまで来て俺は……!!
フィユの夢が脳裏をかすめる。
彼女の悲しい懺悔の夢。
謝り続け、後悔し続ける悲しい夢。
それと同時に思い出した。
決めつけられた、自分の気持ちを。
――誰が怨んでるなんて言った……?
――誰が奪われたなんて言った……?
ギリギリと握り拳を握り締める。
夢を見た直後と同じ怒りがこみ上げてきた。
「人の気持ちを勝手に決めてないで……さっさと起きろこの寝坊娘ぇぇぇぇぇ!!!」
思い切り振り下ろした拳がカプセルのガラスをを砕いた。
歩夢がキレた(
クリスマスイベント、間に合うかな……
楠葉でした。