三十五話 禁じられた魔術書のしおり
先に断っておきますがガンダムではありません(
「シエル、メア……」
部屋の扉を開けると、そこには先ほどと同じ位置に座ったシエルとメアがいた。
泣きはらし、目を赤くした二人から思わず目を逸らしてしまいそうになる。
――『封印……?』
――『はい。術者が死んでしまえばオルゴールは止まってしまう。しかし、術者の意識体そのものを術式に組み込んで本体と共に封印すれば、魔力が続く限りはオルゴールを稼働させ続ける事が出来る。貴方が今お持ちのオルゴールから音がしないのは、本体が“箱庭”の中にあるからです』
――『それをしたら術者は……母さんは、どうなるんです?』
――『“箱庭”の中で意識体として生き続ける事になります。当然、魔力は有限なので永遠の時を生きる事が出来るわけではありません。眠っている使い魔の方々が再び覚醒し、“箱庭”から出ていくまで持てばいいという算段だったのでしょう』
――『……つまり、フィユを起こすって事は』
――『“箱庭”の存在意義の消失。即ち、“箱庭”と優夢様の意識体の消滅を意味します』
歩夢はそのまま二人に近づき、そのまま抱きしめた。
力の限り、ありったけの想いを込めて。
「主……」
「お兄、ちゃん……?」
彼女達は歩夢を悲しませたくなかったのだ。
故に理由を話す事も出来ず、フィユもまた目覚める事を拒んだ。
目覚めてしまえば、歩夢の母は本当の意味でこの世から消えてしまうから。
傷つくのは、自分達だけで良いと。
「ごめん、全部聞いた。あの人から……」
「え……?」
シエルとメアの声がハモり、驚きに目を見開く。
あの人――栞は扉の外から様子を見ていたが歩夢が振り返って頷くと部屋の中に入ってきた。
「……誰?」
「初めましてシエル、メア。私は栞。“禁じられた魔術書のしおり”と言った方がわかりやすいですか?」
訝しみながら問うメアに対して栞は動じる様子もなく、淡々と答える。
しかし彼女の言葉には聞きなれない単語があった。
――フォビドゥン……?
だが彼女にその事を聞くよりも先にメアが口を開いた。
「禁じられた魔術書のしおり……じゃあ、もう全部聞いちゃったんだね。お兄ちゃん……」
「……うん、ごめん」
「主、それなら聞いたはずです。フィユを起こしたらどうなるか……」
「……聞いた。でも、それを先延ばしにする事に意味はないよ。シエル」
再び涙を浮かべそうになる二人に歩夢は静かに首を横に振った。
「例えこのまま放っておいたとしても、いずれ母さんの魔力は尽きて“箱庭”は消えてしまう。そうなればフィユも一緒に消えてしまうだろ?」
「それは……」
「お兄ちゃん……」
シエルとメアは視線を落とし、俯いた。
二人も本当はわかっていた。
それでも彼女達は割りきれなかったのだ。
フィユを起こすということは歩夢に再び母を失う悲しみを負わせる事になるのがわかっていたから。
だからこそ二人はフィユが自力で目覚める事を望み、オルゴールを使うことを拒んだのだ。
歩夢はもう一度、二人を抱きしめる腕に力を込めた。
これ以上、彼女達が悲しむ事も、不安がる事もないように。
「いいんだよ、二人とも。母さんだってフィユが消える事なんて望んでないはずだし、俺も望んでない。二人が気に病む必要なんて何処にもないんだ。だから……」
この言葉にシエルとメアは肩を震わしながら頷いた。
辛い決断なのは事実だ。それは変わらない。
でもとるべき選択肢は元より一つしかないのだ。
ならばせめて前だけ向いて進もう。これは後悔しない為の選択なのだから。
「夢魔は人間以外の夢に干渉する事は出来ません。なので、貴女達には私が今から発動する術式と同じものを発動してもらいます」
「わかりました。形式は?」
「まず私が意識転移の魔法を発動させ、シエルとメアどちらか一方がその術式の維持とコントロールを行い、もう一方が出力安定の為に魔力供給を行ってもらいます。これは魔法をコントロールする側の意識を極力安定させる為の措置です」
「二者同時操作形式だね、わかった。ボクが魔法をコントロールするからお姉ちゃん、バックアップお願い」
「うん、任せて」
オルゴールを囲むようにして話を進める彼女達を歩夢は部屋の端で見ていた。
実行するのは自分とはいっても、魔法に関しては全くの素人である歩夢が口を挟めるはずもない。
「……」
「緊張してんの?」
隣から話しかけられる。
事の成り行きを見ていた八神だった。
「そりゃ、ね」
歩夢が正直な答えを漏らすと八神はあっさりと言葉を返した。
「心配いらないわ。だってあの禁じられた魔術書のしおりがいるんだから」
どういう関係かはわからないが八神は栞の事を知っているようだ。
その事を前提に歩夢は今までの会話で気になった事を聞く事にした。
「八神さん。あの人、誰かの使い魔じゃないの?フォビドゥンって……?」
我が主という言葉を主と同義と捉えればそういう解釈になる為、歩夢はてっきりそうなのだと思っていた。
しかし、八神は首を横に振った。
「少し似てない事もないけど違うわ。彼女は使い魔に近い人格を組み込まれて作りだされた魔法の記憶媒体、“生きた魔術書”。そして魔術書の中でも危険とされ、一般の魔術師には閲覧の許されない特殊な書物とも遠隔的に接続して、発動する事が出来る特殊な力を持った“禁じられた魔術書のしおり”なのよ」
「……それってかなり凄いんじゃ」
「そうね。生きた魔術兵器って言っても言い過ぎじゃないと思う」
「……」
色々な意味で歩夢が言葉を失っていると栞が声を掛けてきた。
どうやら準備が整ったようだ。
「準備は整いました。始めましょう」
栞の言葉に歩夢は力強く頷いた。
長引いてます。
クリスマス中にクリスマスイベントを書きたかったけど無理みたい。
せめて今年度中には……
楠葉でした。