三十二話 友達としての彼女、使い魔としての彼女
三女の出番は一体いつだ……
「落ち着きました?」
「……うん、ありがとう」
シエルの優しい問いかけに、苦笑しながらお礼を返す。
何だか自分が自分ではないような、そんな錯覚さえ覚えるほど自然さで。
シエルの腕が離れ、自分も身を起こす。
もう涙は残ってなかったが、何だか気恥ずかしくて目元を擦った。
するとシエルが小さく笑み溢した。
「……?どうかした?」
「いえ、可愛いなと思って」
「へ……?」
シエルに言われた言葉の意味がわからず考える事数秒。
それが理解に達した瞬間、顔が火でも噴いたかのように熱くなった。
「かわっ……!?な、何を言い出すのよ急に!?」
「いいえ、別に。なんでもありませんよ?」
「ちょ、ちょっと!その気になる区切り方やめなさいよー!」
クスクスと小さな笑いを堪えるような表情のシエルに思わず詰め寄る。
何だか心温まるやり取りだった。
火災事故以降、周りの人たちはまるで可哀想なものを見るような目で自分を見るようになった。
それが逆に居た堪れなくて、悲しくて、悔しくて……
その度に死んだ両親を思い出し、もういない事にまた涙して……
そんな事を繰り返すうちに自分はいつしか人をあまり信じないようになっていた。
孤独な心を癒やすには、孤独でいるしかなかった。
いや、違う。
“誰かを信じて、また独りになるのが怖かった……”
ただ……それだけだったのだ。
「お姉ちゃん、入るよ?」
「あ、うん。いいよ」
メアが軽い扉越しにノックしながら聞いてきた。
自分がこの部屋に来る前は彼女もこの部屋にいたのだがここで勉強するという事になった途端、部屋を出て行ってしまった。
シエルとはもう和解しているがメアにはまだ嫌われているのかもしれない。
扉が開くとメアの後ろに夜風がいるのに気付いて、思わずドキッとする。
「お姉ちゃん、話があるんだけど」
「どうしたのメア?改まったりして」
「これ、見て」
メアは後ろからついて来ていた夜風の右手に持っていた何かを手に取るとそれをシエルに見せた。
何が入っているかはわからないが、手のひら大の木箱のように見える。
それを見た途端、シエルの表情が変わった。
「それ……」
「うん」
普段、必要以上とさえ思えるほど明るいメアの声がどこか硬さを含んでいた。
先ほどまで笑み溢していたシエルさえ、突然声のトーンが落ちる。
「どういう事、メア?」
「……おじちゃんがお兄ちゃんに、って言えばわかるよね?」
「……」
「おかしいとは思ってた。ここまですぐにとは思ってなかったけど……」
「でも、まだ主は魔法を使えないのよ?それなのにどうやって……!」
――え?
明星は耳を疑った。
今、シエルは何と言った?
――『魔法を使えない』……?
使い魔との契約魔法。
それは魔法の中でも高等技術とされるものの一つだ。
術式が難しいのは勿論だが、術者の魔力供給を途絶えることなく続けなければならない為、最低限必要な魔力値のハードルが非常に高い。
さらに問題なのが術者の魔力の影響をダイレクトに受ける使い魔は術時に使用された魔力量や純度によって能力に非常に大きな差が出るという事だ。
単純な魔力量だけならまだしも魔力純度はとても精密な技術が要求される。
普通、魔力というものは多量に扱おうとすればするほど純度が落ちてしまう。
何故なら魔力はとても揮発性が高く、一か所に留めておくのが難しい。なので一度に多くの魔力を使用する場合、どうしてもその作業を単純化しなければ術式の維持が追いつかなくなってしまう(純度を上げる為に魔力の総合量を下げてしまうと、術に必要な魔力が足りなくなり契約魔法そのものが失敗する)。
だが、例え魔力値が高かったとしても逆に純度が低かった場合、単純に燃費の悪い使い魔が生まれるだけという結果になってしまう。
つまり使い魔の契約が難しいとされるのは“発動そのものの難解さ”“存続に必要な魔力量”“契約時の魔力純度の維持”という項目全てをこなさなければならないからなのだ。
そしてこれらとは別に存在する根本的な問題。
それは使い魔の元が生物である事だ。
無機物系操作の魔法、俗に言う無機物式使い魔とは違い、使い魔契約され生みだされた存在は一度契約をすると二度と新しい使い魔になる事は出来ない。
正確に言うなら契約を解除したとしても生物の中に出来上がった術式設計(言い方を変えるなら使い魔の設計図みたいなもの)は消えない為、“同じ使い魔しか生まれない”ということだ。
一言で言ってしまえば“取り返しがつかない”という事と同義である。
故にちゃんと熟練した魔法使いでもない限り使い魔契約なんてしない。
否、出来ない。
それなのに彼女達の主である夜風は魔法を使えないというのか?
「お兄ちゃんはもう同調を使った事があるんだよ、お姉ちゃん」
「……嘘」
「嘘じゃないよ。まだ自分の意思で使った事がないだけだと思う」
「でも、やっぱり」
「うん……危険なのには違いない、よね……」
話についていけず一人置いてきぼりを食らう中、口を開く事も出来ず、あたしはただ黙って見ている事しか出来なかった……
三女登場の予定がずれていきます、何故だろう←計画性がないから
楠葉でした。