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魔法使いと夢と夢魔  作者: 高町 楠葉
第一章 魔法使いの息子
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二十七話 誰が悪いわけじゃない、強いて言えば間が悪かった

いつもより少しだけ長めです。

 八神は脱衣所で服を脱ぎ浴室に入った。

 ペタペタと足音のなるタイルから伝わる冷たさが浴室に広がる冬の空気を助長させる。

 これだけ寒ければ浴槽の中のお湯も冷たくなっているだろう。

 沸かし直すのも面倒なので、シャワーからお湯が出たのを確認するとそれを頭からかぶった。

 湯気で浴室と目の前の鏡が曇る。


「……」


 お湯をかぶりながら考える。

 これまでの事。これからの事。


――『お帰りなさい、八神さん』


 夜風の言葉を思い出す。

 少し頬が熱くなった気がした。


「そういえば……まだ謝ってなかったっけ……」


 引っ叩いた上に殴ろうとした一件は結局うやむやになってしまっていたが未だに謝り損ねていた。

 何と言うか、タイミングを逃したとでもいうのだろうか。

 今更謝ろうにもどう取っ掛かりを作ったものか、という感じだ。


――せめて二人きりになれればなぁ……


 そこで自分がいろんな意味で凄い事を考えていた事に気付いた。

 誰が見ていたわけでもないのに否定するようにブンブンと首を振る。


――違う違う!そういう事じゃなくて……あぁ!もう!!


 自分で自分が何を考えているのかわからなくなってきた。

 シャワーの勢いを強くし、もう一度思い切り頭からかぶる。

 今、自分の顔が熱いのはシャワーの熱だと思い込む為のように。


「はぁ……どうしたんだろ、あたし」


 シャワーを止めてため息を漏らす。

 ここに来てからというもの、何だかやたらとため息が多い気がする。

 何というか、本当にらしくない。


「……」


 傍らに置いておいたタオルを手に取り、髪と体を拭く。

 脱衣所は暖房をつけたりしているわけじゃないので湯気で暖かくなった浴室より寒い。

 なので浴室内で体を拭けるように置いておいたのだ。

 体を拭き終えるとそのまま浴室を出た。

 ここで悩んでいた事を、そのままここに置いていくかのように……





 一方、歩夢は顔を洗う為に洗面所(=脱衣所)に向かいながら考えていた。

 昨夜の八神の事である。


――布団がかけてあった事について聞かれるよな、きっと……


 これを馬鹿正直に「自分がかけた」と言ったら自分がどんな目に遭うかわかったものではない。

 ならばやはり親切な嘘をつくのが一番だろう。相手の為にも自分の為にも。


――あとでシエルに事情を説明して口裏を合わせてもらおうか。「シエルが部屋に様子を見に行ったら寝てたからかけた」って事にすれば八神さんもあんまり恥ずかしがらずに済むと思うし……


 そんな事を考えながらドアを洗面所の扉を開ける。

 無論そこに人がいるなどとは考えもせずに。

 

「え……?」


 中から声が聞こえた。

 最初に目に入ったのはしっとりと濡れた長い黒髪。

 そして全体的に細いながらも女性としてつくべきところに適度についた、ふっくらとした曲線を描く肌色。

 それらが何を意味するか理解したところで相手と目が合った。


「……」

「……」


 あまりに衝撃的な事態に歩夢の頭の中はショート寸前だった。

 確かに今までもメアが風呂に乱入してきたり目が覚めたらベッドにシエルがいたりとトラブルがなかったわけではない。

 しかし、だ。

 今回の相手はれっきとした人間だ。

 使い魔ではなく客人だ。

 そんな女性のましてや全裸を見てしまったのだ。

 これが例え不運な事故であったとしても、そう割り切るだけの処理能力が歩夢にはなかった。

 そして困った事に八神自身も口をパクパクさせて何か言おうとはしているもののこの状況にうまく対応出来ないでいるようだ。

 いや、まあ実際のところ悲鳴でも上げられた日にはご近所に噂されるどころか警察沙汰になりかねないわけだが……


「ご、ごめんなさい……!!」


 どうにかそれだけを口にし歩夢は勢いよく扉を閉める。

 幸いにも彼女が悲鳴を上げたりはしなかった。


「あの、本当にすみません!俺、とんでもない事を……」


 歩夢は壁越しに必死に謝罪する。

 どういう理由があるにせよ、これは完全に自分の失態だ。

 自分以外の人と一緒に住んでいるなら最低限考慮するべき事柄だった。


――意外と着やせする人なんだな……ってそうじゃなくて!!!


 謝りつつも先ほどの状況が頭に浮かびそれを振り払うように頭を振る。

 すると中から予想以上に穏やかな八神の声が返ってきた。


「あの、さ……」

「は、はい?」


 内心ビクビクしながら歩夢は返事を返した。


「寝てたあたしに布団をかけたの……アンタ?」

「え……それは、その……」

「……いい。今ので大体わかった」


 即答出来なかった事で八神はそうだと確信したようだ。

 今更嘘をついても意味はあるまい。


「……その、ごめん」


 歩夢は再び謝罪した。

 それは素直に白状するのと同義だ。

 重苦しい沈黙。

 それを八神は再び穏やかな声で破った。


「いい。あれは、あたしの不注意だから……」

「でも……」

「……アンタは風邪ひいたりしないように気を使ってくれたんでしょ?あたし、謝られるような事された覚えはないから」

「……」


 再び沈黙。

 このまま一言謝って立ち去ろうかとも考えたが、まだ何か彼女が言おうとしている気がしたので歩夢は静かに待つことにした。


「その……あの時は、ごめん」

「え……?」

「初めて会った時。引っ叩いたりしてさ……」

「いや、そんな事もう気にしてないよ。それを言うなら今、俺がした事の方がよっぽど……」

「う……こ、これは事故よ!あたしはこんな時間に人が来るとは思ってなかったし、アンタはこんな時間に人がいるとは思わなかった。それが偶然重なっただけの事故!思い出させないでよ、恥ずかしい……から……」


 語尾が段々と消え入りそうな程に小さくなっていく。

 我慢はしているみたいだが、やはり恥ずかしくないはずがなかった。

 その事を再認識して歩夢はもう一度扉越しに謝る。


「ごめん……」

「バカ、謝らないでってば……その、思い出しちゃうでしょ……」

「ごめ、じゃなくて……えっと、その……」

「いいからもう黙りなさい、バカ……」

「……はい」


 思わず語尾に「ごめんなさい」とつけそうになりそれを何とか堪える。

 これではバカと罵られても仕方ないかもしれない。

 実際のところこの『バカ』という発言も彼女の照れ隠しでしかないわけなのだがそれを罵倒の言葉だと取り違える歩夢もなかなかの鈍感さである。


「ねえ……」

「……な、何?」

「いつまでもアンタ、って呼び方も失礼だと思うからさ。その……なんて呼べばいい?アンタの事……」

「え、えっと?」

「……ごめん!忘れて……!」


 八神の唐突な問いに歩夢は答えられず、八神もまた答えを聞く前にそれを撤回した。

 そのまま誤魔化すように八神は矢継ぎ早に言葉を告ぐ。


「そ、その……!もう着替えるから!悪いけどここ使うの後にしてくれない……!?」

「え!?あ、はい!」


 これ以上ここにいるとかえって墓穴を掘りそうだと判断した歩夢は返事をするや否や急いでリビングにおりるのだった。





 落ち着け。

 落ち着け、落ち着け。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け。


「なんだって、いうのよ……」


 夜風と話している間にすっかり冷えてしまった体の上から服を着てそのままドアに背中を預ける様にうずくまる。

 まだ心臓がバクバクいってるのがわかる。

 体は冬の空気が身に沁みるほど冷たいというのに、顔は今にも湯気でも出るのではないかと錯覚するほど熱かった。


――落ち着け、あたし……


 何度も、何度も、同じように心の中で反復する。

 必死に顔の熱を抑える様に。


――ドキドキなんてしてない……してないんだから……

八神さん着やせ説!(

少しラブコメ色を強くしようとしたら時間がかかってしまいましたorz


楠葉でした。

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