十四話 両手に花
贅沢な悩みですね
「移動目的座標、設定完了。転移開始まで120秒……」
足元に広がる赤い光を放つ紋様、魔法陣。固定型転移陣と呼ばれるそれは魔力を供給する事で起動する移動装置のようなものだ。
難易度の高い転移魔法を誰でも使用出来るというメリットがある一方で片道切符である為、行った先に同じものがないと戻ってくる事が出来ないというデメリットもある。
「はぁ、何であたしがこんな事……」
黒い長髪を魔法陣の光で赤々と染める少女が面倒そうに呟いた。
――『会わせたい男がいるんだ。あいつの為にもなるし、きっと君も新しい発見があると思うよ』
「会わせたい男……ね」
今自分がここにいなければならない理由を作った張本人の言葉を思い出し、そのままため息をついた。
確かにあの人は大恩人だし力になれるならそうしたいと思ったのも嘘ではない。
しかし、『男』という単語がやけに引っかかって仕方がないのだ。
「場所はあの人の家って聞いてるし大丈夫だとは思うけど……」
そこまで口にしたところで思考をやめる。
床の紋様が放つ光が強くなり少女を包み込んだ。
――考えても仕方ない。どんな形であれ、破棄出来なかったなら約束は約束だ。
「座標移動……!」
歩夢、シエル、メアの一行は家から徒歩15分程の場所にあるショッピングモールに来ていた。キッカケは何てことはない、朝食時の歩夢のとある発言である。
『気になってたんだけど……二人は服とかってどうしてるの?』
当たり前の事ではあるがつい先日まで彼女達は家にいなかったのだ。
ならば当然彼女達の分の服などあろうはずはなく、その寝間着やら何やらは一体何処から出したのだ、という疑問を持つのは何ら不思議な事ではない(口には出さなかったが下着等が洗濯物になかったのも気になっていた)。
『ボク達の服は自分の魔力で作ってるんだよ』
『そうなの?』
『基本的にはそうなりますね。私物は殆ど持ってないです』
魔力を使って作っている。となれば当然それは彼女達の力(或いは主である自分の魔力)が消費されるはずだ。
恐らく消費は大したものではないのだろうが、それでも魔力が無尽蔵ではない以上、消費を極力減らすに越した事はないだろう(使い魔は魔力供給さえあれば本当は食事を取る必要はないが食事を蓄積魔力に変換する事が出来る)。
『う~ん……じゃあ、今日買いに行こうか?』
『え、でも……』
『良いの!?お兄ちゃん!』
シエルは少し遠慮がちに戸惑いながら、メアは目をキラキラ輝かせながら、喜びの感情が双方から見て取れた。
『うん。あんまり贅沢は出来ないけど少しは持ってた方がいいと思うし』
二人とも可愛いから少しは着飾らないと勿体無い、とは恥ずかしいので言わない。
暇な時にやったバイト代や父親の仕送りで貯金はそこそこあるのでよほど高いものを買わない限りは大丈夫だろう。
『やったー!お兄ちゃん大好き!』
『こら、メア!主に抱きつかないの!!』
……と、いった感じの流れで今に至る。
しかし歩夢は現在少しだけ後悔していた。大きな誤算があったのだ。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん!今度はあそこ!あそこに行こっ!」
「だからメア引っ張らないの!歩き辛いでしょ!」
シエルとメア。
ただでさえ目立ち、人の目を引くその容姿の二人が自分の両側から腕を組んで歩いているのだ。
これでは嫌でも目立つだろう。
すれ違う人々が男女関係なしに振り返ったりしている。
「あの、二人とも腕を離せばいいんじゃ……?」
恐らく無駄なのだろうが一応提案してみる。
「や~だ!」と、メア。
「メアが離さないなら、私も……」と、シエル。
「……」
わかりきっていた回答を聞いて思わず肩を落とし沈黙する歩夢。
メアはべったり頬を腕にくっつけてくる勢いだし、シエルに至っては色々柔らかいものが腕に当たって反応に困る。
両手に花と言えば聞こえはいいが、凄まじく他人の視線痛かった。
しかもこれを引き起こしている当事者達が全く気付いていないのだからまたどうしたものか。
――知り合いに会わなければいいけどなぁ……
こんな状況で知り合いに会ったりした日にはご近所でいったいどんな噂が立つかわかったものではない。
しかし歩夢のこんな小さな願いさえも悪戯好きの神様とやらは聞き入れる気はないらしい。
「お~い、歩夢!」
歩夢を呼び止める男の声が響き、歩夢のささやかな願望は打ち砕かれた。
しばらく続く買い物編です。
一話で書くには予想以上に長くなりそうなので一旦区切りました。
楠葉でした。