おぼろげな夢と始まりの朝
ファンタジー要素ありのラブコメを予定しております。
夢。
そう、これは夢。
自分のではない、誰かの夢。
白い天井に白い壁。
一定周期で静かな部屋に響く電子音。
傍らには夢の主の手を握る、小さな子供の手。
――どれ程の時をそうしていたのだろうか。
わからない。
ただ夢の主の心の有り様が自分に流れ込んでくる。それは深い愛情。そしてそれと同じくらいの深い悲しみ。
子供の頭を撫でる。子供はくすぐったそうに首を引っ込めると、少しだけ強く手を握り返してきた。
――何をそんなに悲しんでいるのだろうか。
わからない。
他人の夢。自分は何も干渉出来ない。
ただ、その夢を見ている人物の視点で同じもの見せられるだけ。
「お……さん。げ………なる……」
まだ幼い子供の声が聞こえる。しかしそれはノイズに阻まれうまく聞き取ることが出来ない。
夢の主が目を覚まそうとしているのか、あるいは自分がもうすぐ目を覚ますのか。
どちらにせよ夢が終わりに近づいているのだろう。
意識が覚醒する直前、夢の主の口が微かに動いたのがわかった。
呟くように。聞き逃しそうなほど小さな声で。
――ごめんね、と……。
見慣れた天井。窓から差し込む光がいつもより妙に眩しく感じて目を細める。
いたって普通の学生、夜風歩夢にとってのいつも通りの朝だ。
「朝、か……」
体を起こすと冬の空気に背中を舐められるようなゾクリとした感覚に襲われ急いで綿入に身を包む。ふと今日見た夢が脳裏を過ぎった。
詳しい内容は思い出せないが、何だか物悲しい感覚はまだ身の内に残っている。
「どうせ見るならもっと楽しい夢を見てくれればいいのに」
『他人の夢を見る』という一見素敵ファンタジーなこの不思議な力は実際のところ自分にとって何のメリットもない。
夢というのは元々からして支離滅裂で見ている本人にしかわからない(本人もわからない場合もあるが)ような内容な上、見せられるのは夢を見ている本人の視点。つまりその夢を見る事が出来ても何一つ干渉出来ず、ただその夢が終わるのを待つしかないのだ。
しかも目を覚ましてみれば所詮は夢なので、内容はほとんど覚えておらず妙な疲労感だけ残るという大層迷惑な代物だった。
寒さのおかげで眠気が完全に飛んだ歩夢はそのまま部屋を出て一階に下りる。
幼くして母を亡くし、父も単身赴任で家を出ている為、学生が一人で住むには少々大きい二階建ての一軒家。
一階にはキッチンとリビング、和室があり二階には同程度の大きさの部屋が二つとそれらより一回り大きな部屋が一つ。あとは浴室がある。
もっぱらそれらの掃除や一人暮らしのおかげで男の割に妙に家庭科スキルが高かったりするのは余談。
階段を下りるとリビングから何やら物音が聞こえてきた。この家には自分を除けば父親以外の人物が入ってくる事は普通ない。
なのでいつも通りドアを開けながら声をかけた。
「父さん、帰って来るなら来るで連絡くらい――」
言いかけて止めた。否、唖然として止まったと言うべきだろうか。
視線の先にあるのはエプロンを身に付けた少女の後ろ姿。明らかに日本人ではないとわかる淡いピンク色の長髪(それ以前に地毛でこんな色の髪が存在するかは知らないが)を靡かせながら先ほどの自分の呼びかけに反応するように振り向く。
蒼い瞳に白い肌、整った顔立ち。身長は自分とあまり変わらないように見えるから165センチ前後だろうか(男にしては低いと気にはしている)。
当然ながらこんな美少女の知り合いなど記憶にない。というか一度見たら忘れるはずがない。
この時、歩夢の頭の中には「貴女は誰?」とか「どこから入った?」とか「そこで何をしている?」とか幾多の疑問が頭の中を駆け抜けていたが動転のあまり口を開けずにいた。
一瞬の静寂。と、それを先に破ったのは少女の方だった。
「お久しぶりです。お目覚め如何ですか、主?」
――お久しぶり?マスター?
思いもよらない相手の言葉についに頭がパンクした歩夢は間の抜けた声で
「はい……?」
と、呟くので精いっぱいだった。
不定期更新でまだまだ未熟者ですが長く温かな目で読んでいただければ幸いです。