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第14話 選び続ける男

インターホンを押す指は、震えていなかった。

扉が開く。

真希の父は、無言で陽介を見る。

「……何の用だ」

「もう一度、話をさせてください」

真希の父の眉がわずかに動く。

「前にも言ったはずだ」

「はい。聞きました」

陽介は頭を下げる。

「でも、あの時の俺は、覚悟が足りませんでした」

真希の父は冷たい目を向ける。

「言葉だけなら、いくらでも言える」

「そうですね」

否定しない。

言い訳もしない。

「前回は、認めてもらえなければ諦めるつもりでした。でもそれは、真希を幸せにする覚悟じゃなかった」

沈黙。

真希の父は扉を半分閉める。

「帰れ」

陽介は深く頭を下げた。

「また来ます」

扉が閉まる。

陽介は振り返らずに帰った。


二度目の訪問。

真希の父はあからさまに不機嫌だった。

「前科がある。職も安定とは言えん。何かあれば逃げるんじゃないのか」

まっすぐ見つめられる。

陽介は視線を逸らさない。

「逃げてきました」

真希の父の目がわずかに動く。

「人のせいにもしました。流されて、生きてきました」

大学も、就職も、タバコも。

自分で選んだつもりで、選んでいなかった。

「でも今は違います」

静かに、しかしはっきりと。

「真希と生きることは、誰かに勧められたわけじゃない。俺が選んだ」

真希の父は低く言う。

「選んだというなら、証明してみろ」

扉が閉まる。

二度目の拒絶。


三度目。

雨の日だった。

真希の父は少し驚いた顔をした。

「……また来たのか」

「はい」

傘を畳む陽介の手は冷えている。

「俺は立派じゃありません。あなたが望む完璧な男でもない」

真希の父は黙っている。

「でも逃げません」

「何からだ」

「真希からも、あなたからも、人生からも」

長い沈黙。

真希の父は陽介を真正面から見る。

その目に、初めて値踏みではない何かが宿る。

「何度断られても来る男は嫌いだ」

陽介は黙っている。

「だが、逃げる男よりはマシだ」

小さく息を吐く。

「……真希を泣かせたら、俺が許さん」

陽介は深く、深く頭を下げた。

「ありがとうございます」


― 招待状 ―

机の上に並ぶはがき。

陽介の手が止まる。

自分の家族の名前。

真希が静かに言う。

「知らせない後悔より、知らせる後悔の方がいいと思う」

陽介は頷いた。

ポストに投函する。


数日後。

両親からのはがき。

欠席に◯。

空白のメッセージ欄。

陽介は小さくつぶやく。

「そうだよな……」


別の日。

妹からのはがき。

同じく欠席。

でも小さな文字。

結婚おめでとう。

式には参加できなくてごめんなさい。

二人の幸せを祈っています。

理由は書いていない。

でも、陽介にはわかる。

はがきをそっと引き出しにしまう。


― 結婚式 ―

小さな式場。

参列者は、真希の両親と職場の同僚たち。

陽介側の席は静かだ。

一瞬だけ見る。

それ以上は見ない。

(ここにいない人も、俺の人生だ)

胸の中でだけ思う。

真希の父の祝辞は短い。

「娘を頼む」

「はい」

それで十分だった。

指輪をはめる。

手は震えない。

真希を見る目に、迷いはない。

拍手は大きくない。

でも温かい。


― 新居 ―

式を終え、私服に着替えて帰る。

まだ段ボールが残る部屋。

スーツでもドレスでもない、いつもの服の二人。

真希がソファに座り込む。

「なんか、実感ないね」

陽介は部屋を見渡す。

二人分のマグカップ。

並んだ歯ブラシ。

カーテン越しの夜の灯り。

ゆっくり息を吐く。

「……いや、ある」

真希が首を傾げる。

陽介は少し照れながら言う。

「帰る場所が、できた」

真希は微笑む。

「おかえり」

陽介も微笑む。

「ただいま」

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