復縁を求める手紙
「あいつが出て行った。やはり若いだけの女は駄目だな。
俺にはお前が必要だ。
お前の作ってくれた温かい食事が恋しい。
あの優しい味を、思い出させてほしい。
お前の献身がどれほど俺を支えていたか、今さら身に染みている。
あの過酷な戦場から俺が戻ってこられたのは、お前のおかげだったんだな。
二人で過ごした日々が、最近よく頭に浮かぶ。
永遠を誓った日を覚えているだろう?
あの時の笑顔、俺は忘れていない。
お前ほど俺を愛してくれた女はいない。
君も一人では肩身が狭いだろう。
また一緒に支え合わないか。
それに君は子どもが欲しいと言っていただろう?
だったら、あいつが置いていった子どもを一緒に育てよう。
血のつながりなんて関係ない。
君なら、きっといい母親になれる。
帰ってきていいんだ。俺は広い心で受け入れる。
もう一度、君に素直になるチャンスをあげるよ。
お前にも、俺が必要だろ?」
もう、ツッコミどころ満載で、どうしたらいいのかしら。この手紙……。
こみあげる恐怖と怒りを、深呼吸で受け流す。
大丈夫。この男は、今、私に危害を加えることはできない。ひどいことをされた記憶は、二度と同じ目に遭わないためのもの。大丈夫、大丈夫。
胸に手を当てて、大丈夫と繰り返す。
心臓はまだ痛いほど脈打っているけれど、手はもう震えていない。私はもう、あの頃の私じゃない。
誰かの都合に合わせて生きるのは、やめたのよ。
――ただ、手紙の返事は書いた方がいいのかしら。
「もう私は関係ありません」とか、「手紙を寄越さないでください」とか?
「どうしたの? 渋い顔しちゃって」
同僚に声をかけられた。
手紙をゴミのように指先で摘まむ。
「元旦那から、気持ち悪い手紙が来たの。しかもこれ、庁内便よ」
同じ軍に勤めているから、庁舎内の配送を使ってきた。せこい男だ。
「公私混同ってやつね。人様の手紙を読むなんてマナー違反だけど……」
「いいわよ。あんなふうに人を捨てたくせに、こんな手紙を寄越してくる方こそマナー違反だもの。
いえ、職務専念義務違反?」
「では、失礼して――
うっわー、鳥肌もの~。
復縁の話をする前に、殴ったときの治療費を払えって」
同僚が遠慮なく元旦那のことをこき下ろす。彼女のこういうところに救われる。
「気持ち悪いでしょ? これで詫びてるつもりなのかしら」
「あの新妻、行方をくらませたの?
この街は軍の司令部があるから、軍人婦人会に睨まれたら生活しづらいわよね。
でも、そうやって目を光らせているから、街の中は安全とも言えるわけで。
街の外は治安が悪くなったままでしょ。
素朴な乗合馬車で街の外に出たら、人さらいの餌食になるわ」
「その場の思いつきで行動するタイプなんじゃないの?
お腹が大きくなる前に戦争が終わったからいいけど、長引いていたら戦場で出産よ。
どんな理由があろうと、前線から離脱したら看護学校の奨学金を国が肩代わりしないって決まりなんだから。
ほんとバカップルで、お似合いだわ」
「子どもが可哀想だけど、今は戦争孤児対策で孤児院もしっかりしているから、大丈夫でしょ」
内心、同僚に『子どものために復縁した方がいい』と言われたらどうしようかと思っていた。
たまに、そういう人がいるから。
「あいつの実家で引き取ればいいと思うわ。
舅も姑も『子どもがいないのだから慰謝料はいらないだろ』って、口を出してきて。あっちの味方をしたんだから。
それにしても腹が立つ。私は家政婦じゃないっていうの」
「――いや、待って。
戦争未亡人で、家政婦協会を作ればいいんじゃない?
仕事が忙しくて、家事をやってほしい人間もいるわよね。孤児院で人手がほしいときは派遣してもいいし。
未亡人の方だって軍事恩給の年金があっても、やりがいや生きがいって大事よ」
同僚は人差し指を額にあてながら、考えをまとめていく。
「そうね! 早速、事務長に提案しましょう。
ゴミもたまには役に立つわね」
私は彼女と一緒に行くために、席を立った。その拍子に、指で摘まんでいた手紙にぐしゃりとしわが寄る。
自分で提案したら、あなたの手柄になったのにね。
残念でした。
――そう考えながら、手紙を丸めてゴミ箱に捨てた。




