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帰還兵の家の、灯が消える  作者: 紡里


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1/3

帰ってきた夫

「戦帰りの夫が妊婦を連れ帰る」という作品をいくつか読んで、自分も書いてみたいと挑戦しました。

当初の予定より、リアル寄りで重たい話になってしまいました。


※暴力描写あり。


 夫が戦場から戻ってくる。

 軍人の婦人会で情報が回った。

 私は無事を神に感謝し、少ない物資をやりくりして、ささやかな料理を用意した。


 近所から時折歓声が聞こえる。

 家族が帰ってきたのだ。

 心の中でお祝いを述べつつ、我が家の扉が開かれるのをジリジリと待つ。


 日が暮れた。

 部屋にろうそくを灯しながら、不安がこみあげる。

 死亡連絡は来なかった。

 帰ってくるはずだ。


 ガチャリ。

 玄関を開ける音がした。


 駆け寄った私の目に入ってきたのは、薄汚れた夫と……誰?

 若い女だ。

 すらりとした体に、不似合いな腹の膨らみ。


 予想はできる。

 だが、頭が理解を拒んだ。


「おかえりなさい。あなた」

 なんとか、そう言葉をひねり出した。


「なんだ、その愛想のない言い方は」

 夫は不機嫌な顔をするが、その女がいなければ私だって満面の笑顔で飛びつきたかった。



 え……本当に、何が起きているの?




 夫曰く、彼女は戦場で看護師をしていた女性だとのこと。

 怪我を看病してもらううちに愛が芽生えた。

 彼女を妻にするから、お前は出て行け。

 戦争中も平和な場所でぐうたら怠けていたお前の顔など見たくない。



 離婚届にサインをしろと脅された。

「戦時中に、家を守ってきたのは私です」と口答えしたら、殴られた。


「俺たちが泥水を啜って国のために戦っていたときに、のうのうとこの家で暮らしていたんだろう!」

 戦場帰りの容赦ない一発に、死の恐怖を感じた。

 こ、殺される!

 だって、この人、敵は殺していいという世界にいたんだもの。私を敵と認定したら――!


 私は震える手でサインをして、手荷物一つで家を追い出された。

「惨めなおばさん」という、彼女の声を背中に浴びながら……。




 近所の戦争未亡人の家に駆け込み、一晩の宿を頼む。


 私は一日かけて料理をしたけれど、一口も食べられなかった。

 一方で彼女は、二人分の料理を作るだけ作って、暗くなった部屋で呆然としていたらしい。

 慌てて灯をつけて、迎え入れてくれた。


 二人で泣きながら、彼女の手料理を食べた。

 私は濡れたタオルで頬を押さえながら、それでも食べた。彼女の亡き夫への愛情を――。


「ねぇ、うちの人が生死を彷徨っている間に、乳繰り合っていた奴がいると思うと許せないんですけど」


「復讐してやりたいけれど、私は無力だわ。こんなに頬が腫れ上がるのを考えたら、立ち向かう勇気は出ないわよ」

 情けないけれど、仕方ない。


「慰謝料もなく放り出した報いを受けさせなきゃ。どれだけ非道なことをしたか、思い知らせなくては――」

 未亡人の目に、久しぶりに光が宿った。




 翌日、戦勝祝いの宴を用意している婦人会の集まりに、元妻は顔を出した。


「お手伝いしたいところなのですが、昨日、離婚されてしまいました。

 戦場で愛を育み、その愛の結晶が生まれると言われて……」

 話しながら、自然に悔し涙が出る。


 夫人たちは手を止めて、周りに集まってきた。


「身一つで追い出されて、これからどうしていいのか、私……」

 わあっと泣き崩れてしまった。

 少し大げさに言おうと思っていたが、自分の言葉に傷ついてしまった。本当にこの先どうしたらいいかわからない。

 田舎にある実家に帰るにしても、鉄道がちゃんと走っているかわからないし、運賃もない。



 戦況は一進一退だった。その不安を共に耐え忍んだ夫人たちの中には、年若い妻たちを娘のように可愛がっている人もいた。


 代わりに未亡人が経緯を説明してくれた。


 準備のためのざわめきがかき消えた。


 信じられないという囁きが聞こえた。



「許せませんね」

 リーダー格のマダムが、ドスの利いた声を出した。


「ええ、うちの人に不心得者がいたようだと伝えましょう」

 将軍の妻が、静かに宣言する。


「行くところがなければ、引き上げてくる軍人の受付をする人を捜しているのよ。

 そちらで働いてみる?」

 マダムが素晴らしい提案をしてくれた。


「はい! 私、結婚する前は事務職でしたので。よろしくお願いします」

 涙を拭いて、頭を下げた。


「では、今夜の祝勝会の準備を……妻としてではなく、事務員として手伝ってちょうだい」

 マダムはテキパキと準備を進める。


「あの、無給ではなくお給料が出ると言うことですか?」

「もちろんよ」


 誰かが「私も離婚したい」と呟いた。


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― 新着の感想 ―
その若い女も、女を殴るような男とよく一緒になろうとするなぁ そのうち数年経ったら自分も殴られる側になりそうじゃない 怖いよ
戦争は人間性を破壊する。 夫の帰りを待ち続けた妻の元に現れたのは、別人のように変わった夫と妊婦だった…。 ここから、スリラーが展開するのか、戦慄のサスペンスか、あるいは集団の狂気が生むホラーなのか、…
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