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第6話 謁見の間にいるお貴族様が悪役なのは王道です 5-2


「おい、やかましいぞ。なんだ貴様らは。誰の前でくちをひらいているんだ」


 傲岸ごうがんなまでに眉をひそめ、振り返った男が僕らを睨みつける。

 女王陛下と何やら熱心に話をしてたお貴族様だ。

 目付きは鋭く「誰の前で」という言葉も、陛下の前というよりはむしろ「この俺様の前で」そう言ってるようだった。

  

 しかし姫様に気付くと、すぐさま表情が一変し。


「これはこれはロザリア王女殿下ではございませんか。ご機嫌麗しゅうございます」 


「ごご、ごきげんよう。セ、セールペンテ公子殿下……」


「どうされましたか? 次期女王であらせられる第一王女ともあられるお方が、まさか挨拶もまともにできないのでしょうか。先行き不安ですねーこの国は。やれやれ、さきほど躾がどうのなどと言葉が聞こえていましたが、一番必要なのはどなたなのでしょうかねーー」


 不遜に唇を歪め、姫の反応を楽しむかのように男は言葉を続けた。


「それに私のことはでお呼びくださいと、何度も言っているではありませんか。どうぞレグルスとお呼びくださいロザリア王女殿下。いずれ私とあなた様とは伴侶になるやもしれないのですから。この国のために陰ながらお支えしますよ。なんなら今からでも、この私が色々と躾けて差し上げましょうか……「ロ・ザ・リ・ア」」


 男は、既に自分の所有物かの如く。下卑た笑みと、ねっとりした眼つきで、姫の全身を舐めるように視線を這わせた。

 それを見たとき僕の拳にチカラが入る。

 ロザリア王女が嫌悪を隠さず身をよじると同時に――『その場にいた者たちの動きが交差する』


「無礼だぞ貴様! ロザリア王女殿下に対してなんだその()()の聞き方は!」


 護衛のカティナが怒鳴り込み、姫との間に割り入り楯となった。僕の足も踏み出しかけていた。

 しかし男は、ひるむどころかさらに激昂を飛ばす。

 

「貴様こそ黙れ! 護衛の分際でこの俺に物申すなど何事か! セールペンテ公国の公子・レグルスなるぞ! 身の程を知れ、下等が!」


 怒声のたびに肩と顎が揺れ、その権威を演じる所作が広大な間で卑しく響く。


 ……なんだコイツ。

 同じお貴族様でもこんなにも違うものなのか。ロザリア王女様とは雲泥の差だ。こんな奴が人の上に立つ者なのか。


 レグルスの剣幕たるや今にも掴みかかろうとする勢いだが、カティナさんも負けてはいない。片腕と背筋を伸ばし、凛として姫様の楯となっている。

 高身長がより大きく見えるほど、その威圧感には凄まじいものがあった。


 それにしても危なかった……。僕の足が反射的に前へ踏み出そうとしたとき、チゼイのが先に動いていたからな。後ろ手に、あの路地裏で男たちをのした「魔法のステッキ」を握りしめて。

 僕はカティナさん同様、姫様の前に立とうとしただけ。けれどチゼイは明らかに目的が違っていただろうから、咄嗟に彼女の手を取ったよ……。ここで鬼人になられちゃ困るからね。


 チゼイはそれでも身体をくねくねと奇妙に動かすので、僕は必死になって止めている。するとここでもう一人――いやもう一匹が動き出した。


「おだまりなさい、このヘビモドキが。先程から聞いていればなんですの。まったく品性のかけらもありませんことね。わたくしのお耳を卑俗な声で汚さないでいただけるかしら」


「誰だ、いま喋った者は!」


「それに公子ですって? なにを偉そうにおっしゃっているのかしらね。王を名乗れもしない公国の分際で、ましてやそこの公子ごときが。片腹痛いですわ。あれ……もしかしてですのよ? もしかしてその公国、王号を剥奪でもされていらして? よもや、そのような屈辱を受けてるなんてありませんことよね。でもあなたの浅ましい虚栄から察するに……。ふほほほほほ、傑作ですわね! お下劣なあなたが住まう国、いえ公国にはお似合いですこと! いい気味ですわね!」


 お姫様の頭上から大いにのたまう使い魔。ロザリアの美しく流れる貝紫の髪と、きゃるねるの光輪が妙に映える。

 しかも身体を後ろの僕らに向けて、誰が喋ってるか分からないようにしている策士だ。


「ふ、フフ、ふ、ふざけるなあこの愚民どもがあ! オオ、俺と、俺の国を愚弄するとはなんだあ! 貴様らなどとは生まれが違うのだ! 断じて許せんぞおお!」


 唾をあちこちに飛ばし、レグルスの双眸はつり上がり朱色にまで滲ませている。

 激昂を誘発したのはもちろん使い魔の言葉だが、さらにその怒りを増幅されているものがあった。

 両脇に整列している近衛たちから、この謁見の間にいる侍従やら他の者たちから、くすくすと笑い声が漏れ聞こえているからだ。


「お前か!」「お前なのか!」怒り狂うレグルスは、そう言わんばかりに手当たり次第に視線を叩きつけている。

 もちろんこちらにも向けられたが、僕とチゼイは静かに首を横に振るのみだ。


 本当はきゃるねるの()()を塞ぎたいところだけど、こっちはこっちでチゼイの手を離すわけにはいかないし。 


「あら、どうされまして? 這うように視線をあちらこちらにお向けになって。まるで卑しい蛇ですわね。あっ、どうぞご遠慮なさらないでください。そのまま地べたを這いつくばってくれてもよろしくてよ? でもそうなると心配ごとがありますの。わたくし「下」なんて見ませんので、もし踏みつぶしでもしたら……わたくしの綺麗な()()()が汚れてしまわないか。それだけが心配ですの」


 畳みかける使い魔。


「ツツツ…っ、……ぁあ! #$%&&*+!! ギギ?!?!?!☆&#%%$!ガッ……あ゛ァ゛ぁッ!! $%”#!!!!」


 壊れかけるレグルス。


 声はすれど対象が分からないって相当気持ち悪いのかもしれない。

 まさかロザリア王女の頭の上にちょこんと乗ってるぬいぐるみもどきが、その元凶だなんて想像もできないよね。


 しっかしよくもまぁ、そんなにも嫌味や皮肉がぽんぽんと出るもんだね。ある意味感心してしまうよ。

 きゃるねると口喧嘩するのはやめておこう。僕は密かにそう決めたのだった。



 ここで全員の姿勢が正されるほどの声が一つ、広大な謁見の間に静かに響き渡った。


「――およしなさい」


 澄み切った音色が場を満たす。

 穏やかさと慈悲深さを同居させ、届いた者の心を落ち着かせる……と同時に清冽さも内包させた声色。

 ざわめきも怒気も自然と沈み、周りの嘲笑も消え失せた。


 この場にいる全ての者の眼差しが吸い寄せられ、その瞳にはただ一人の女性が映るのみだった――――




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