第5話 謁見の間にいるお貴族様が悪役なのは王道です 5-1
「とまぁ、チゼイとはこういう初対面だったのです……。ロザリア王女」
「な、なかなかに、その……。し、刺激的な出会われ方をされたのですね」
お姫様の碧い瞳が、僕の視線とは合わず空を彷徨う。
返しの言葉まで選ばせるほどに、姫からしても困惑するようなことだったというわけかな。
完全に目が泳いでる姫の胸元で、すっかり姫のぬいぐるみと化した使い魔が、
「なんて運命的な邂逅かしら。鮮烈。必然。まさにそれはめぐり逢いでしてよ。ロマンティッ……クティッ……クティ……ック……」
チゼイと僕の顔を交互に見つめながら乙女に浸っている。
なんだこの獣は。ヨイショが過ぎるだろチゼイへの。
突如現れて、突然拉致しただけなのに。
「すっご~い、きゃるねるぅ~! そんなお姉さんみたいなことを思えるなんて。きゃるねるって大人なんだねぇ」
碧眼を煌びやかせ、姫まで使い魔側に寄ってきた。
「当然ですの。きゃるねる御姉様とお呼びになるといいかしら。よろしくて? わたくしは楚々《そそ》たるレディですのよ。そこをお忘れなく」
「さすがは『れでぃいいい』のきゃるねるだね。じゃあきゃるねるお姉さまだからぁ。きゃるお姉……きゃる姉ー……。きゃるねーなんかいいんじゃないかなぁ! ねっ、きゃるねー!」
「ナアッ!? なんたる呼び方、失礼しちゃうわね。わたくしを何だと思っているのかしら。使い魔ですのよ。敬いなさい。何度言ったら理解するのかしらこの小娘は」
その楚々たる御姉様とやらは、ぷんすか抗議を示してるようだが。短い手足をちょこちょこ動かすさまが、より一層ぬいぐるみ感を際立たすだけだった。
王女と使い魔がきゃっきゃっ騒ぐ傍らで、おろおろしながら少し不安げに見守る護衛のカティナ。我関せずと次はちょこぱふぇなるものを追加して食べ続けるチゼイ。
己が自由気ままに独自の歩みを貫く来賓室は、場所こそ豪勢な王城だが。中身はまるで、気心の知れた者たちのいつもの溜まり場のようだった。
そんな緩い一室の扉が開かれると一人の侍女が入ってきた。
歩み寄られたカティナは、耳打ちに小さく頷き、コホンと咳ばらいを一つ――
「あーお楽しみのところ失礼いたします、ロザリア王女。ヴァルベリア女王陛下がお呼びだそうです」
「えっ、お母さまが!?」
「はい。なんでも恩人である貴客に謝意を述べられたいと、謁見の間までお越し願いたいとのことです」
それを聞くやロザリアの顔が一瞬こわばったように伺えた。しかしすぐにお気に入りの使い魔を抱いている時よりも、一段と明るい笑みがこぼれ出てた。
この言葉に反応したのは姫だけでなくもう一人。そういつもの声高に叫ぶ者。
「これで目的達成ですね、勇者様! 大概は王様ですが、女王様でも構いません。これでやっと勇者様と一国の主が対面を果たすのです!」
「さすがはチゼイ様にアルディアン様。これは『舞台』ですの。役者でしてよ。君主という配役がお二人をお迎えするのは最初から決まっておりましたの。お分かりになりまして?」
右手を上に掲げるのが好きなチゼイだが、今回は指先でなくスプーンがシャンデリアの明かりで光輝いていた。
村を出た時もそうだし、王都に着いてからもどうなるかと思ったけどよくここまで来れたものだ。
王都に着いた早々、いきなり門番に女王様に会わせろとか言って……。勇者様御一行だぞとか言ってさ……。あやうく冒険が始まる前に捕まるところだったからな……。
まさに門前払い。経験したの初めてだよ。
「王道は報われるのです。幾度となく、諦めずに、曲がり角での行動が……こうして実を結んだのです!」
「当然でしてよ。理という秩序を刻み込む。これはいわば儀式ですの。世界が屈した証拠でしてよ。そこの処よしなに」
努力は報われるみたいに言わないでくれる。ってかさっきから合いの手がやかましいな。
そういえばこれもそうだった。パンを咥えて曲がり角に突進してたんだった……。
それに本来の目的は仲間探しだったような気が……。
まぁさすがに王女様を、仲間だなんて呼ぶこともパーティに加えるなんてことも、恐れ多くて出来ないけども。でも身分関係なく親しく接してくれる王女様を見てると、お知り合いになれたのは正直嬉しい気持ちだ。
「ではご案内いたしますので、こちらに……」
侍女が姿勢正しくそっと腕を伸ばすと、僕らは煌びやかな部屋をあとにした――
☆ ☆ ☆
「広い…………」
黒檀の重厚な巨扉が静かに開くと、それが僕の第一感想だった。
(村の僕の家、いくつ入るだろ……)ここ謁見の間は屋内なのに、そう思わせるほどまるで巨大な空洞だ。
高い天井を支える列柱が左右に連なり、上部の高窓からは光が差し込み床面を帯状に照らしている。
その床には真っ直ぐに伸びる真っ赤な絨毯。「女王はここぞ」そう言わんばかりに強烈な自己主張を放っているようだった。
「ひょえ~……。こんな世界もあるんだねぇ…………アッ」
あまりにも縁のない光景にきょろきょろしていると、つい反応してしまった。とびきり大きなシャンデリアに。しかもいくつもあることに。
僕の僅かな反応を逃すまいとチゼイがすっと近寄り(落下して下敷きになるのは――)
(しししっ、静かに。もぉ――)僕は被せるように人差し指を口元に寄せ、止めに入った。
謁見の間で、絨毯のまだまだ先とはいえ女王様も居るんだから。不吉なこと言わないでよホントにもぉ。
女王ロードの遥か先に目を向けると、当の女王陛下は誰かと謁見中のようだ。
話してる内容はよく聞き取れないけど身なりからして高貴なお方なのは間違いない。なにやら会話にも熱が帯びてるようでもあった。
(……先客かな)
アンフィラードの各部屋じゃそんなこと言ってなかったような。
姫様に教わった連なる前室のことだけど、まさか謁見の間へ行くのにいくつも部屋を抜けるなんて。
まぁおいそれと辿り着けたらそっちのが問題か。特にチゼイと使い魔なんて執拗に確認されてたもんな……一室ごとに。
「これは魔法少女の正装です」……そんな厳しい眼差しを向ける衛兵や侍従相手に、この言葉だけで押し通してたのはさすがはチゼイ。とは思ったけど。
使い魔の方はお姫様が抱っこしながら「この子はいいのっ!」この一言で片が付いていた。王女殿下のお言葉に物申すには中々に勇気がいるのだろう。
そういえばさっきから大人しいな使い魔が。姫様からの愛情疲れなのか、こういった場だから静かにしているのか。
そんな前室やら権威というものを改めて思い知っていたとき、前に立つロザリア王女が鮮やかな青いドレスの裾をふわりと揺らし振り返る。
「では、お母さまのところへ向かいましょうか」
僕は思わず声を潜め、
「えっ……いいんですか? まだ、誰かと謁見中のようですけど……」
どう見ても女王陛下と話し込んでるけど。それに只ならぬ緊張感までも漂ってるし大丈夫なのだろうか。
けれど姫様は事も無げに肩をすくめ、
「構いません。今日は正式な儀礼の場でもありませんし。ほら、人も少ないですよね? それにどうせ……あの公国の公子でしょうから……。本当は近寄りたくもないのですけど……」
形の良い唇を少し尖らせたロザリア王女は、真っ赤な絨毯の上をスタスタと歩み始める。
ほら、と言われても正式な場での人数すら知らない僕らは、ただただお姫様の言葉を信じその後ろをついて行った。
痛い……両脇に整列する衛兵の目付きが本気すぎて痛い……。おそらく精鋭中の精鋭、まず間違いなく女王陛下直属の近衛なのだろう。
刺さる視線は、もちろん僕にも向けられているのだけれど――「主役」は圧倒的にチゼイだ。
(心配だなぁ……お願いだから変なことしないでね)左右に結われた髪を揺らし、軽やかに歩くチゼイを覗きながら祈っていると、
「不愉快極まりないですわ。一体なんなんですのこの者らは。わたくし達はVIPですのよ? 改めなさいその目付きを」
祈り届かず。不安の種は他にも居たんだった。
ロザリア王女の綺麗な貝紫色の髪を足げにする獣。頭上から短い手を伸ばし、近衛たちへしきりに威嚇する獣だ。
「ちょ、ちょっとやめてよ、きゃるねる。ずっと大人しくしてたのに……。どうしたの急に、なんでここで悪態ついちゃうのよ」
僕が両手で制止のアピールをしても、被せるように使い魔が返す。
「アルディアン様。こういった不敬な者たちには、きちんと言って聞かせないとよろしくありませんことよ。躾も必要なんですの」
「ごめんねきゃるねー。いっつもおっかない目で見てくるんだよ……。ほんとヤになっちゃうよねー」
使い魔に甘すぎな姫様が、援護まで出す始末。
それに不敬って……。女王陛下の御前だよ。不敬なのは僕たちの方になっちゃうよ……。
あれ? そういえば使い魔とまともに話したのこれが初めてだ。きゃるねるって呼んだのも今が初めてだ。
などとまさに不敬罪に問われまいかのこの時に、どうでもいいことが頭をよぎるさなか――尊大な一人の男の声が広間に響く。
「おい、やかましいぞ。なんだ貴様らは。誰の前でくちを開いているんだ」




