第1話 パンを咥えて曲がり角でぶつかるのは王道です
『勇者様、いいですか? 『王道』とは起こるべくして起こる物語のことです』
そう僕に告げると、彼女はパンを咥え……十字路に突進して行く。
彼女の背中をこうして見送るのは何度目だろう。
そして……。
「チッ、いってえなぁ、なんだあこの娘っ子は、急に飛び出してきやがって」
人にぶつかる。
いや、ぶつかりに行った。が正しいのかもしれない。
これも何度目だろうか。
彼女に突進された肉付きのいい男がこちらを睨みつけている。
そして僕がとる行動は一つ。
「すいませんすいませんすいませんすいません……」
この謝罪連打も何度目か分からない。
ガタイのいい男は今一度舌打ちすると王都の大通りを闊歩し始めた。
良かった殴られたりしなくて。
一体全体どうして僕がこんな役回りを……。
――それもこれも全ては『魔法少女』である彼女が『王道』を求めて止まないからだ。
☆ ☆ ☆
「チゼイ、もうやめようよぉ。こんなことして、新しい仲間が見付かるわけないよ」
僕は手を大きく広げ、この国一番の大通りのとある角で彼女に訴えかけた。
「ほぉんなことはひゃひません、ふうしゃひゃま! プァンをくあえばばらはひり、はあひかどでひひとぶつほる」
「もぉ~~、なに言ってるか分からないよ~。パンを頬張ったまま喋らないで」
「そんなことはありません勇者様! パンを咥えながら走り、曲がり角で人とぶつかる。これは新たな出会いなのです! これは王道なのです!」
右手で空を指し、王都の真ん中で臆することなくチゼイが声高に叫ぶ。
通りすがる人々がチラチラとこちらを振り返っている。
「ちょ、ちょっ、恥ずかしいからやめて! こんな一番の大通りで、なにもぉ急に。みんな注目してるよ……」
僕は慌ててヤメヤメっと手を伸ばす。なにもこんな所で大声出さなくてもいいじゃない。
「なにを恥ずかしがることがありますか。仲間探しに恥ずかしいことなんて何一つありませんよ!」
「仲間探しにじゃなく、してる行為になんだけどな……」
彼女の言動に僕はガクンと肩を落とした。溜息も一つ追加でね。
この話しがなかなか通じない我が道を突き進む少女。
彼女の名は「凰堂雅 智贅」
ある朝、突如として僕の家に現れ、僕のことを『勇者様』と呼ぶ少々変わった子だ。しかも異世界から来たという。
なかなかにぶっ飛んでいる子ではある。まぁ他の言動からしても既に変わってはいるけど。
そしてそんな奇妙な言動から分かる通り、人目など一切気にしない。お構いなし。
チゼイにはどうやら羞恥心というものがないらしい。
まぁそれもそのはず。
格好がすでに只者ではないそれだからだ。
艶やかな桃色の髪。綺麗に左右で結われた髪束が、肩まで垂れ下がっている。
衣装はというと。
おへそ丸出しな、上下に分断された服。薄紅に染まった布だけで覆う胸。装飾などが施されてはいるが、この辺りではまずお目にかからない格好だ。
奇抜なのはさらに下半身だ。大きく膨らんだ裾まわりが、これでもかと視線を釘付けにする。
なんでもチゼイ曰く『魔法少女の正装とはこういう物なのです!』とのことらしい。
「さぁ勇者様、そんなことよりも今一度やりますよ! 新たな街で新たな出会い……これは王道なのです!」
そう彼女は告げると、左右に結われた桃色の髪をなびかせ路地裏へスタスタと入っていく。
「チゼイ、これ以上はもうよくないよ」
僕は精一杯に体を大きく見せて大通りへの行く手をふさいだ。
負けてられない。
身長では負けてるけどね。いや、問題はそこじゃない。
こんなので仲間が見付かるはずがそもそもないんだ。それに人様にぶつかるなんて。特定の誰かを狙ってじゃないにしろ、誰かにはぶつかってしまうのだから。
僕が止めないと。
しゃがんだ体勢のチゼイがパンを咥え直す。お尻を上げて、僕を見た。
来る!
真っすぐ向かってきたチゼイが僕の右側を抜けようと一度跳ねる。通さんと僕もすぐさま右に跳ねる。が、タンタンッ!と僕の左側を抜けて行った。フェイントだった。
クソッ!
悲鳴と共に振り向けば、今度は買い物中の主婦にぶつかっていた。籠から転がり落ちた野菜を拾い集め、僕が平謝りを繰り返したのは言うまでもない。
そして彼女は髪型を整えると不思議そうに言った。
「――――なかなか見付かりませんね」
「当たり前だよ!」
なんでだろうみたいに言われても困るよ。首を傾げたいのは僕だよむしろ。
「やっぱりこれってさ単なる迷惑行為だよね。曲がり角で人にぶつかって見付けるなんて、初耳だよそんな方法。しかもパンまで咥えて……」
この際だから疑問に思っていたことを色々とぶつけてみた。
「君のいた世界では本当にこうやって仲間を探すの?」
すると彼女は淡紅麗しい双眸で僕を見つめ、
「運命の出会いとは……唐突に起きるものなのですッ!」
右指をまた空に捧げてた。
キメポーズが好きな子だな本当に。
そんな呆れて肩を落とす僕には目もくれず、連なる敷き石をコツンコツンと踏み鳴らして、彼女は定位置に戻り始めた。
まだやるのね……。
靴音が止み構える彼女を見て、しかしここで不安がよぎる。
こんなことを続けていたら不審者だと思われてしまわないだろうかと。いや既に怪しさは十分だけども。行動だけじゃなく見た目からしてもう。
ここは王都でもあるし、しかもこんな大通りでもあるのだから、衛兵でも呼ばれたらなんて言い訳したらいいのか。
そうだ大切な事を思い出した。
「ねぇー、そこの冒険者ギルドに行ってさ、そこで冒険者さんに声かけようよーー」
僕は至極真っ当な意見を提示したつもりだ。
そもそも仲間探しと言ったらギルドで探すのが常識。田舎育ちの僕でも持ってる知識だ。どうしてこんな当たり前のことを忘れていたのだろう。チゼイのペースに流され過ぎていたからだ。
するといつでも行けます体勢だったチゼイが静かに立ち上がり、僕が指し示す先を一瞥すると、とんでもないことを言ってのけた。
「勇者様……。それは王道に反しますッ!」
「は、はいぃぃぃーーー!?」
腕を伸ばして、掌をめいっぱい広げて拒絶する彼女。
薄紅輝く瞳が僕を射抜く。いつものクリッとしたおめめはどこへやら。
そんな真剣な眼差しを向けるチゼイを見ていると、僕の現実的な提案のが間違いなの? とさえ思えてくる。
いやいやいや、圧倒されてる場合じゃない。
「王道に反するってなによ。もぉチゼイには何が見えてるの……。お願いだから現実路線でいこーよぉー」
「分かりました勇者様……。勇者様がそこまで仰るのならば、仕方ありませんね」
「あ、ありがとうチゼイ! 分かってくれたんだね!」
ちょっと変わった子ではあるけど、理解を示してくれて嬉しいよ。何だかんだ言ってもチゼイは優しい子なんだよね、きっと。
胸を撫でおろした僕は『それじゃぁー、冒険者ギルドへ向かぉー!』と右手を挙げた。
すると、チゼイは踵を返して少しばかり歩いたかと思うと、姿勢が見慣れた体勢へとみるみる変化する。
なんで……?
首を傾げる僕に向けられてたお尻が持ち上がると――三度駆け出した!
走る彼女の背中が遠ざかる。分かり合えたと思った、僕の気持ちと体を置いて。
「キャーーーッ!!!」
しまった、感傷に浸っていないで追いかけねば!
大通りとは全く逆。まさに裏道の曲がり角に大急ぎで向かうと。
「かかりました勇者様ッ!!!」
今日一番の大声が路地裏にこだます。
かかりましたって……。魚じゃないんだからそんな言い方しないでよ。
辿り着いた僕が目にしたものは、チゼイの背中と、その足元で倒れ込む一人の少女。
そしてあたかも対峙するように、複数の男が群がる光景だった――――




