第七話
「あら、素敵ね! ユリウスに全部任せて良かったわ」
自室で支度をしていると、部屋を訪れた母が感嘆の声を上げた。
支度といっても、侍女たちが私を飾り付けてくれているのであり、私自身はされるがままだ。
王妃の誕生日を祝う夜会当日。
兄が監修したドレスに身を包み、アクセサリーもつけ終えたところで、私は背後から私を見守る母に向き直った。
「ありがとうございます、お母様。でも、この衣装やアクセサリーは主張が激しくありませんか?」
窓から差し込む夕陽を受けて静かに輝くアメジスト。
連想される男性の顔を思い浮かべ、ため息をつく。
「そうかしら? 私はちょうどいいと思うわよ」
首をかしげる母に、私はさらに嘆息する。
婚約者相手ならわかるが、妹相手にここまでするものだろうか?
それを許してしまっていいものだろうか?
「んー、そうねぇ。もう少しオニキスを使っても良かったかもしれないわねぇ」
「お母様。宝飾品はもう十分です」
口元に指を当て考えた果てに出た言葉がそれだとは。
私の感覚がおかしいのだろうか?
――いや、そんなはずはない。
「そうね、数が多ければいいものでもないものね。でも、ネックレスやブレスレットもだけど、そのドレス本当にアンジュに似合っているわ」
そういう母は、紫紺から黒へとグラデーションを描いたドレスを着ていた。
父と母は、政略婚とは思えないほど仲がいい。
今回、ドレスが紫紺と黒の二色使いになったのは、私との釣り合いを考えてのことなのかもしれない。
「お父様にも見せに行きましょう。ユリウスは先に見ているから、最後にしましょうね」
楽しげな声に、私は笑顔を貼り付ける。
本当は、今すぐ兄の服を確認しに行きたい。
私と対になっているという衣装が気になって仕方ない。
「やっぱり、娘がいると楽しいものね」
しみじみと呟かれ、反応に困る。
どうしていいかわからない私の手を取り、母は父の部屋まで連れて行くのだった。
* * *
結果的に、兄との対面は母の言うとおり最後になった。
それも、会えたのは馬車に乗り込む直前だ。
「母上。なぜ、私からアンジュを遠ざけるのでしょう?」
「だって、美味しいものは最後まで取っておきたいでしょう?」
私を背後に置いた兄が、母に苦情を述べている。
母は母で、気にした様子もない。
父は黙したままだ。
「あなたがアンジュをすぐ自分の元へ引っ張っていくことがわかっていて、早々に会わせるわけないじゃない」
「お母様……」
拗ねた様子は大変愛らしいですが、言っていることがおかしいです。
馬車には4人で乗るのだから、引っ張っていくもなにもないのですが。
「ユリウス。夜会では、次期侯爵としてふさわしい行動をお願いね」
「心得ています」
本当だろうか?
兄の返答に疑問符を掲げた時。
「そろそろ時間だ。馬車に乗りなさい」
父が言葉を発した。
母は父のエスコートを受けて。
私は兄の手を借りて馬車に乗り込む。
「何度見ても、そのドレスはアンジュによく似合っているね」
「ありがとうございます。お兄様もその礼服、とてもお似合いです」
「そうかい? ありがとう。アンジュに言ってもらえるのが一番嬉しいよ」
目元を和らげ口元を緩める兄の表情に思わず見とれてしまう。
目尻のほくろが脳裏にこびりつき、離れない。
兄は、グレーのジャケットとズボンに白いシャツ。
イヤーカフとカフスボタンは銀色で、タイは紫だった。
兄の姿を見たときは、顔を覆いたくなったものだ。
似合っている。
とてつもなく似合っているのだが、その色彩はいかがなものか。
「この服が気になる?」
「……えぇ、まぁ」
自分の髪の色と瞳の色だもの。
この姿で一家揃って王族の方々にご挨拶するのかと思うと、気が重い。
「気にしてもらえて良かった」
そこで嬉しそうに笑うのはずるい。
おまけにその台詞も反則だ。
私の意識を兄が気にかける必要などないのだから。
「父上は、アンジュの姿をどう思われます?」
よほど自信があるのか、兄が尋ねる。
デザイン画から関わっているのだから、気になるのも当然か。
「上出来だ。紫と黒はヴァレンティン侯爵家の色でもある。アンジュにふさわしい」
「父上にそう言っていただけると、安心します」
私は全然安心できないけどね!
胸の内で悪態をつきながら、馬車の窓へ目を向ける。
陽はすっかり落ち家々の明かりが見える道を、馬車が連なって走っている。
その奥までは見えないが、着飾った貴族たちが思い思いに城へ向かっているのだろう。
「王城の夜会は、やっぱり規模が大きいわね」
伯爵家以上の貴族はほぼ全員参加するはずだ。
兄の目に留まるご令嬢もきっといるはず。
私は、そっと離れるだけでいい。




