第二話
兄の行動が変わったのは、一か月前くらいからだった。
高位貴族はよほど問題が無い限り、10歳になるかならないかで婚約者が決まる。
だが、結婚適齢期後半の18歳になっても、私の元に婚約したいという者は現れなかった。
私のどこに問題があるのか気になったため、父の執務室へ直接、理由を聞きに行ったのがその頃だった。
「アンジュ……いや、アンジェリーク。お前は私と妻の血を引いていない。家の前にいたのを私たちの子として育てた。レティシアは、ユリウスを産んでからもう子を望めない体だと告げられてね。そんな私たちの元へ届いたのがお前だ。私たちは、お前を実の娘だと思っている」
私は、ここで初めて自分が孤児だったことを知った。
抱きしめてくれた父の腕が温かかった。
両親や兄の愛情を疑ったことはない。
だが、心の底が冷えた感触も忘れられない。
どれほど愛されていても、私は『違う』のだと知ってしまった。
「本当のことを話してくださりありがとうございます。お父様」
「いや、この話をすればお前を傷つけることは分かっていた。だが、これ以上隠し続けるのもお前に対し不誠実だと思った。……冷たい父親だと、怒ってくれて構わないのだよ」
兄同様、漆黒の髪に紫紺の瞳を持つ父が、私を放しながら告げる。
ぬくもりが離れていくのが寂しかった。
きっとそれは少しだけ、私の心がダメージを受けたから。
けれども、そのまま見捨てることも孤児院に預けることもできたはずの両親が、育てることを決断してくれたことに感謝しかない。
「やはり、泣かせてしまったな」
父の指が、私の頬を撫でる。
その言葉と仕草に、私は自分が泣いていたことに気づいたのだった。
私に婚約者がいないのは、孤児であり侯爵家の養女であることが要因なのだろう。
私への申し出は無いようだったが、逆に兄宛ての釣書が父の執務室に山となって積まれていた。
これは、ヴァレンティン次期侯爵という立場を考えれば納得だ。
ただ疑問なのは、それまでも何かと私に構おうとしてきて過保護で困った人だな……くらいに思っていた兄が、私が自分の生い立ちを知った後に、寝室にまで押しかけてくるようになったのかだ。
寝ようと思って寝室に行ったら、すでにベッドで寝そべっていた兄を見たときの私の驚きを想像してほしい。
「一体、何を考えているんだか……」
先ほどまで兄がいたベッドに身を沈め、息を吐く。アンバーの香りが、まだ残っていた。
「こんなもの、消えてしまえばいいのに」
私の中の、甘さと一緒に。
ランプの火を消し胸の痛みに気づかないフリをして、私は目を閉じた。




