サイト19編第八章 地獄の底で手を伸ばせ
《核弾頭起爆まで:00:02:41》
制御盤の画面が、赤く点滅している。
「コード入力、完了……!」
俺は最後のキーを叩き込んだ。
――――――――――
《自爆シーケンス中断》
《核弾頭:安全状態》
――――――――――
「……っ、止まった!」
フォックスが、膝から崩れ落ちる。
「や、やった……!」
『確認した』
オーバーウォッチの声が、はっきりと安堵を含んでいた。
『核弾頭、完全停止。よくやった、ハウンド』
俺は、深く息を吐いた。
「……これで――」
その瞬間だった。
――ジュウゥ……
まただ。
床が、溶ける。
空気が、腐る。
「……くそっ」
振り返るより早く、黒い腕が床から突き出した。
「ハウンド!!」
フォックスの叫び。
俺はマグナムを向けるが、意味がない。
SCP-106が、完全に姿を現した。
「下がれ!」
だが――
ズルリ
足首を、掴まれた。
「ッ――!」
身体が、引きずられる。
『ハウンド!』
オーバーウォッチの声が、珍しく叫びに近かった。
「……っ、チームを――頼む……!」
次の瞬間、視界が黒に染まった。
落下。
終わりのない、腐った世界。
SCP-106のポケットディメンション。
床はぬめり、空間は歪み、時間の感覚が壊れている。
「……生きてる、か」
全身が痛むが、動ける。
「ハウンド!」
聞き慣れた声。
「……シャドウ?」
闇の向こうから、シャドウが現れた。
「お前……何してる」
「助けに来た」
即答だった。
「馬鹿か」
「仲間だ」
その一言だけだった。
だが、その直後。
――背後から、圧倒的な存在感。
「……来る」
SCP-106。
「チッ……!」
次の瞬間、シャドウも黒い床に引きずり込まれた。
「……二人か」
俺は、歯を食いしばった。
「……シャドウ」
「聞いてる」
この地獄で、冷静なのはこいつくらいだ。
その時。
「……ぁ……」
微かな声。
俺たちは、同時に振り向いた。
「……Dクラス?」
あの時、飲み込まれたはずの男。
壁際に倒れている。
「……生きてる」
呼吸はある。
気絶しているだけで、致命傷はない。
「……連れていく」
俺は即断した。
「……当然だ」
シャドウが言う。
俺はDクラスを背負った。
「出口を探す」
「SCP-106は?」
「……追ってくる」
その通りだった。
空間が、歪む。
壁から、黒い腕が伸びる。
「急げ!」
走る。
滑る。
腐臭が、背中に迫る。
「……あそこだ!」
歪んだ壁の先。
“裂け目”。
出口だ。
「行け、ハウンド!」
シャドウが後ろを押さえる。
SCP-106の咆哮が、世界を揺らす。
「シャドウ!」
「問題ない」
一瞬遅れて、シャドウが飛び込む。
――ズンッ!!
背後で、何かが掴もうとした。
だが――
光。
次の瞬間、俺たちはサイト19の床に転がり出ていた。
「……戻った……!」
フォックスが、目を見開く。
「ハウンド!シャドウ!」
ファルコンが、半泣きで駆け寄る。
「生きてる……よな!?」
「……ああ」
俺は、荒い息で答えた。
Dクラスも、床に下ろす。
「……生存確認」
シャドウが淡々と言う。
『……全員、生還確認』
オーバーウォッチの声が、静かに響いた。
『よく戻った……本当によくやった』
俺は、天井を見上げた。
さっき犠牲にしたと思っていた命。
そして、守れた命。
「……これで、終わりじゃないな」
「当たり前だ」
フォックスが、苦笑する。
赤色灯は、まだ回っている。
サイト19は、まだ地獄の途中だ。
だが――
俺たちは、生きている。
それだけで、十分だ。




