サイト19編第七章 優先順位
核弾頭制御室は、サイト19の最深部にあった。
分厚い隔壁。
警告表示。
そして――止まらないカウントダウン。
《核弾頭起爆まで:00:28:14》
「時間、ねえな」
フォックスが周囲を警戒しながら呟く。
「制御盤は中央だ」
俺は、室内に足を踏み入れ――
そこで、気づいた。
「……人がいる」
制御盤の影。
ぼろぼろのオレンジ色の服。
Dクラスだ。
「た、助けてくれ……!」
震える声。
だが、目は正気だった。
フォックスが、小さく息を呑む。
「……珍しいな。協力的なDクラスだ」
「話せ」
俺は近づきながら言った。
「解除コードは?」
「端末の奥だ……でも、途中で……」
その時。
――ジュウゥ……
金属が、腐食する音。
俺の背筋が、凍りついた。
床に、黒い染み。
壁が、溶ける。
「……下がれ!」
次の瞬間――
**“それ”**が、壁から這い出てきた。
腐臭。
歪んだ人型。
異常な存在感。
「SCP-106……!」
フォックスが叫ぶ。
SCP-106、“老人”。
捕まれば、戻れない。
Dクラスが、悲鳴を上げる。
「や、やめろ!来るな!お願いだ!!」
SCP-106の黒い腕が、伸びる。
ゆっくりと、確実に。
「くそっ……!」
俺は、反射的に前に出た。
「ハウンド、待て!」
フォックスの叫び。
俺は、マグナムを構え――
『ハウンド』
オーバーウォッチの声が、強制的に割り込んだ。
『止まれ』
「……何だ」
俺は、歯を食いしばった。
『そのDクラスは、助けられない』
「……っ!」
『SCP-106の拘束を、お前一人で止めることは不可能だ』
『お前が前に出れば、被害は“二人”になる』
Dクラスが、俺を見た。
「頼む……!俺、まだ……!」
俺は、一歩踏み出しかける。
『ハウンド』
オーバーウォッチの声が、低く、しかしはっきりと言った。
『……助けられなくて申し訳ないが⋯』
『Dクラスより、お前の身の安全を優先しろ』
世界が、止まったように感じた。
「……オーバーウォッチ」
俺の声は、震えていた。
「分かってる……理屈は……」
SCP-106の腕が、Dクラスを掴む。
「やめてくれ!!」
『ハウンド』
『お前が死ねば、核弾頭は止まらない』
『サイト19は消える』
俺は、拳を握りしめた。
爪が、掌に食い込む。
「……っ」
俺は、視線を逸らした。
その瞬間。
ズブリ
Dクラスの身体が、黒い床に引きずり込まれていく。
「うわああああああ!!」
声が、消える。
跡形もなく。
SCP-106は、何事もなかったかのように、再び壁へと溶けて消えた。
沈黙。
フォックスが、何も言えずに立ち尽くしている。
俺は――
その場に立ったまま、呼吸ができなかった。
『……ハウンド』
オーバーウォッチの声が、わずかに揺れていた。
『今は、核弾頭を止めろ』
「……了解」
俺は、制御盤へ向かった。
背中が、異様に重い。
助けられた命。
助けられなかった命。
「……クソが」
小さく、吐き捨てる。
それでも、進まなければならない。
残り時間:00:24:02
ここで止まれば、
あの犠牲は、完全に無意味になる。
「行くぞ……終わらせる」
俺は、核弾頭制御端末に手を伸ばした。




