サイト19編第三章 瞬きの代償
赤色灯が回り続ける通路で、俺たちはSCP-173と向かい合っていた。
動かない。
だが、“動けないだけ”だ。
「瞬き交代、三秒ルールだ」
俺は低く言った。
「俺がカウントする。フォックス、俺の合図で閉じろ。ファルコンは次だ」
「了解。目、乾いてきたぞ……」
フォックスが冗談めかして言うが、声がわずかに震えている。
「集中しろ」
シャドウは何も言わず、ただ視線を像に固定している。
こいつは表情一つ変えない。
だが、それが逆に怖いくらいだ。
『ハウンド』
オーバーウォッチの声が割り込んだ。
「聞いてる」
『SCP-173用の収容キットをサイト19内部の補給ドローン経由で送る』
『通称“収容レーザー”だ』
俺は一瞬、眉をひそめた。
「……ここで使えってことか?」
『ああ。10基すべてを設置することで、SCP-173は擬似収容状態に移行する』
『レーザーが全周囲をカバーしている限り、視認がなくても動けない』
フォックスが目を見開く。
「マジかよ……目を離していい石像とか、反則だろ」
『ただし、注意点がある』
オーバーウォッチの声が、いつも以上に低くなる。
『10基“すべて”が正常に稼働して初めて効果が出る』
『1基でも欠ければ、無効だ』
「……つまり」
「設置ミス=即死、ってことだな」
フォックスが、はっきり言い切った。
「その通りだ」
俺は深く息を吸った。
『ドローンは60秒後に到着する』
『それまで、視線を維持しろ』
「了解」
60秒。
瞬き管理をしながら、設置作業をするには、地獄みたいな時間だ。
――ブーン、という低音が近づいてくる。
天井の搬送レーンが開き、小型の補給ドローンが降下してきた。
側面には、細長い円筒状の装置が10本、固定されている。
「来たぞ」
「よし……じゃあ、始めようぜ」
フォックスが覚悟を決めたように言う。
「役割分担だ」
俺は即座に指示を出した。
「シャドウ、設置担当。ステルスは使うな、動きだけでいけ」
「フォックス、俺と一緒に視線維持」
「ファルコン、瞬き交代の補助とカバーだ」
「了解」
「分かった……!」
シャドウが、静かに一歩踏み出す。
SCP-173から、一瞬も目を離さずに。
レーザー装置を床に設置。
赤い光が、細く伸びる。
一本、二本――
「三本目、設置完了」
「瞬き交代、フォックス!」
「今だ!」
一斉に、俺とフォックスが瞬きをする。
ファルコンとシャドウが、視線を固定。
「……動いてない」
「次、俺が瞬きする」
緊張で、喉が焼けるように乾く。
四本目、五本目。
レーザーが像を囲むように配置されていく。
SCP-173は、まだそこにいる。
だが――
「……近くなってないか?」
フォックスが、低く呟いた。
「気のせいだ。見るな、位置を気にするな」
言い聞かせるように、俺は言った。
六本目。
七本目。
ファルコンの声が震える。
「ハ、ハウンド……俺、限界かも……」
「次で交代だ。耐えろ」
八本目。
九本目。
通路の空気が、異様に重い。
「……最後だ」
シャドウが、十本目を設置する。
カチリ、という音。
全装置が同期し、赤いレーザーが交差した。
――低い電子音。
《収容フィールド、起動》
その瞬間、俺はゆっくりと瞬きをした。
……何も起きない。
「……動かない」
フォックスが、信じられないという声を出す。
「マジで……止まってる」
俺は、ようやくマグナムを下げた。
『確認した』
オーバーウォッチの声が、わずかに安堵を含んで響く。
『SCP-173、擬似収容状態を維持』
『よくやった、ハウンド』
「……ああ」
俺は像を見つめながら、言った。
「だが、これで終わりじゃない」
赤色灯は、まだ止まらない。
サイト19には、
もっと厄介な“化け物”たちがいる。
「全員、次に備えろ」
俺たちは、次の地獄へ向かう準備を始めた。




